エスケープ

 部屋に響く破砕音。

イヴェの『巣』は僕が突き立てた刃により、弾け飛ぶと、それと共に僕達を包む紫のかすみ掛かった『裏側世界バックサイド』は、現実の姿を取り戻した。


「や…った…… あ?」

 おやぁ? 僕の刃の切先スレスレに人の顔をした肉団子が?


「理事長!」という、リラの声が背後から聞こえましたが、リラさん?どうしました?

この肉団子……


「ひっ!人だぁあ!」

僕が肉団子に見えたのは、この学園の理事長だった。いやいや、太り過ぎでしょう!?

 僕は慌てて刃を手放すと形状はメダルに戻り、傍にカアクが姿を現した。

「心配あらへん、強欲の精神が破壊されたショックを受けてるだけや。すぐ治るわ」

 とはいうものの、理事長は椅子に座り、天を仰ぐ形で白目をむき口から泡を吹いていた。


「それにしても、良くやったな。リラも心の中で感心してたぜ?」同じく姿を現したナロゥの言葉に、「全く、自称神は嘘吐きしか居ないのね…」と、リラは無表情で呟く。

 次第に安堵で満たされていく中、真剣な眼差しでシヴはカアクに歩み寄った。

「カアク…ユウトくんのギルティーは『サガ』と言ったわね… その異常なまでの罪は何なのよ?」

 カアクは満遍の笑みを浮かべると、「いやぁ、ウチも正直わからんのや。やっぱりウチは優れた女神ということやな!」と、はぐらかす様に答えた。


 そんな中、後方で扉が開かれる木材の軋む音が聞こえ、その先に全員の視線が集まる。

 そこには扉に手を掛けて、硬直する女生徒の姿…彼女の顔色は見る間に変わっていった。

 ……この、状況…… 第三者が見たらどう思う? 答えは明らかだった。

 女生徒は悲鳴をあげると「ひ、人殺しっ!だ…誰かぁ!!」と僕を指差し腰を抜かした。


 いや、殺してはいませんが、不審者にしか見えませんよね?ここ女子校ですしね?

 でも、どうして僕だけ指差してるのでしょうか?

 彼女の悲鳴で集まって来る女生徒達。

ああ、ヤバい。いい匂いするけどヤバい!


 僕が狼狽する中、ツカサ先輩は毅然とした態度で口を開いた。「皆さん、落ち着いてください。俺達は理事長に呼ばれて来た者です。ここに到着した時には既に…… 学園長に報告しますので道を開けてください」

 先輩…どうしたらそんなに堂々と出来るんですか?


「私は一年の『大御オオゴ 莉羅リラ』です。この方の言葉に違いありませんわ。理事長は気を失っているだけと思いますが、念の為、どなたか救急車を手配して頂けますか?」

 リラさんも…凄いですね。皆んな信じ切って道を開けてるじゃあないですか!

 うん?ツカサ先輩に熱い視線が…目がハートになっている生徒さんもいらっしゃる。


 僕だって!

「皆さん……」話し出した途端に悲鳴が上がる。そう、決して黄色い歓声ではない。悲鳴シャウトだ。僕には黒い歴史シャドウになる事は間違いない!

「気にしないでユウト。さあ、抜け出すわよ」リラのさりげない忖度そんたくが僕の心にみた。


 二人の機転のおかげで、無事校門を抜けることが出来た時、僕は緊張が途切れたのか膝を落としてしまった。

 疲労は限界を超えているものの、吹き抜ける風は頬を撫で心地よいものだった。

「ああ、疲れた…それにまだお昼過ぎだったんだな」

 ここに来て数時間の出来事だったが、僕にはとても長い時間の様に感じられる程に過酷なものだった。

 …でも、みんなの役に立てた様で本当によかった。

 そんな充実感に浸っている中、僕のお腹から空腹を知らせる警報が鳴り響いた。

 …何故今なんだ…ああ、これじゃあ只のお腹空いた人じゃないか。


「ふふっ。頑張ったユウトにお昼をご馳走してあげるわ」

 そう言うリラは可笑しそうに笑っていた。


       【次回予告】

 おや、リラさんがユウトに優しいですね?

それは置いといて、果たして『巣』は、あといくつあるのか?

 暫し訪れる戦士達の休息!

  次回!『ファーストフード』

            お楽しみに!!


––– 僕の歴史に、また新たなる1ページ!

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