今度は死がふたりを分かちませんように。

月船みゆ

今度は死がふたりを分かちませんように。

「なんじゃそりゃあぁっぁぁあーーーーー!!!」

 私は悲鳴をあげた。


 久しぶりの実家。見慣れたザ・田舎の日本家屋の客間。家の中へ勝手に侵入した愛する柴犬の真田又兵衛左衛門はむちゃくちゃ尻尾を振ってくる。


 大きな黒い箱が置いてあった。


「ピアノじゃん?! 誰が弾くの!!」


 私は、客間の皮のソファに身を沈めている、柔道を得手とし、いつも真面目であった父のほうを見た。


「僕ですぅ」


 その聞きなれない、甘ったるい、高めの男声。声の源に目をやると、父の腕にしなだれかかっている完全なる和風の美青年がいた。着物さえ着ている。

 

 その美青年を片手で抱き寄せる父。


「やだ重さんったら♡ こんな昼間から」、ととろけた表情を浮かべる美青年。

「千歳きゅんの趣味なんだよなー♡」、と美青年の肩を撫でる父。

「うふふ、申し訳ないかと思ったけれど♡ ご好意に甘えちゃった」

「申し訳なくなんてないよ♡ 千歳きゅんはここに住むんだから」

「重さーん♡」

「千歳きゅん♡」


 二人は熱く抱きしめあっている。

 実家に帰る前、千葉の東京ディズ●ーランドのある舞○駅近くでバカップルをみたけれど、そのくらい熱く抱きしめあっている。キスまでしだした。


 なんなんだこれ。私は目がちかちかした。

 母は、居間にある仏壇の写真の中で着物を着ながら笑顔を浮かべていた。


 父曰く、千歳きゅんに「目覚めて」しまったのは二年前の秋だという。


 妻を失って二十年、そもそも妻以外の女性など考えられなかった父は、ぽっかり空いた心を埋めるために、さまざまなことをずっと続けていた。


 仕事に熱中する、犬を飼う、海辺でサザンオー●スターズを歌いながら爆走する、腹筋を十個に割るために筋トレを一日中する、新聞の片隅にあるクロスワードパズルを解いて特典をもらうために新聞社に答えを送付する、娘に父上と呼ばせる。


 ある程度良識の備わる年齢になった私は、クロスワードパズルを解きつつ、海辺で腹筋しサザンオー●スターズを歌いながら爆走する父を見て、「普通だと思ってたけど、冷静に考えるとヤベェな」という感想を抱いてしまった。

 あんまりにやばすぎると思って夜も眠れなくなり、家から出て行った。


 娘もそばにいなくなった父の前に現れたのが、千歳きゅんなのだそうだ。


 たまたま父が市役所に行った折、あのダンジョンのような場所で迷っていたところを親切にしたのだという。

 千歳きゅんはちょうど高校を卒業し、裁縫系の専門学校に通うため、転入届を出していた。


 彼の瞳を見た瞬間、世界に華やかな色がついた。彼のことしか考えられなくなった。

 いままで男性なんて眼中になかったのが、「それもありかな」と思ってしまった。

 気づいたら、名前と連絡先を聞いていた。

「千歳」という名前を聞いた途端、父の心にあった大坂城が陥落した。


 それから二年。順調に愛を育んだ二人は、この度、千歳きゅんの成人を機に同居することにしたのだという。娘には恥ずかしすぎて黙っていたらしい。


 ……という説明を、新しい恋人といちゃいちゃしながら、父はした。ちなみに私は百分の一に端折って話している。


「さて」、と父が千歳きゅんを客間に置いて、台所へと立った。


「今日のお夕飯は、お刺身だそうですよっ」


 千歳きゅんが私に満面の笑みを浮かべる。

 何、人懐っこく笑顔を浮かべてるんだ、人の父を華麗に奪い去ったくせに。

 そう思うでしょお母さん!! そう言ってくれ! この間男をどうにかしなさいよっ! 

 私は仏壇の母の遺影を見たけれど、微笑むばかりで答えてくれない。


「……あの人が、料理を作るなんて」


 美青年はニコニコと笑った。どこかその笑い方、見覚えがある気がした。

 というより。父、この美青年に料理をすべて任せていたな。なんたる横暴。いままでずっと、料理上手だったのに。


「僕はその間、ピアノを弾きますぅ」


 マイペースすぎるだろ美青年。

 美青年は、客間においてあるアップライトピアノの蓋を開けた。赤のキーカバーを取り、隅の方へ置くと、本当に嬉しそうに椅子に座る。


 その長い指で奏でられたのは。

「ちいさい秋みつけた」。母が私によく聞かせてくれた曲だ。

 私は、あまりに幼いときしか一緒にいられなかったから、母が保育士だったらしい、ということと、ピアノの音しか覚えていない。あったはずのアップライトピアノは父が売った。

 この曲だけは、よく覚えている。小学校で習って、歌詞がついているのだと知った。それまで、ピアノソロが普通だと思っていた。

 どこか物悲しげな曲調。和音の美しい、……。


 ……は?

 なんでこの男、母のレパートリーを知っているのか。


「母も弾いてました」


 いきなり沸いた美青年に、私は本能的な拒絶を示す。棘のある口調になった。


「そうだね」


 美青年がこちらに振り向いた。


「よく弾いてた。夕ちゃんが好きだ、弾いてくれっていうから」


 などと馴れ馴れしく……。


 ——夕ちゃんが好きだ、弾いてくれっていうから。


 好きだって言った記憶は、ない。


「あのときはねぇ、バナナが好きでね。毎日毎日バナナバナナってうるさくて」


 あのとき? 


「あと、わりと電車が好きだったよね。毎日、アパートの窓から見て……」


 何度も言うがここは日本家屋の一軒家である。


「服は緑が好きだったね。緑色が好きだから」


 私は息が詰まりそうになった。

 喉が苦しい。

 美青年の顔をよく知っている。私のスマホの写真のフォルダの、一番最初を陣取る人。


 母の遺影に目を転じた。

 そして、想起される母の名前。


 ——千歳。


「ごめんね」

 美青年は百もの星が輝くように笑った。

「大きくなったね」

 そんなわけあるかい。


 死人が、生まれ変わってその記憶も保持してるなんて、あるかい。ファンタジーじゃないんだぞ。


「ママ……」


 でも、すべてママしか知り得ないことだ。


「ママ……!!」


 私は美青年に抱きついた。

 その瞬間、扉が開いた。

 エプロンをつけた父である。


「千歳きゅん! 今日の刺身だけど……」


 沈黙が走った。父の新たなる恋人である美青年に抱きつく娘。修羅場である。


「うわーっ! 千歳きゅん、そんな!! 俺を捨てるのか!?」


 すると美青年は立ち上がり、ひしっと父を抱きしめた。


「そんなことしない……重さん! 生まれ変わっても愛してるから」

「本当?」

「本当。……証拠、見せてほしい?」


 美青年は父にしなだれかかり、囁いた。その胸筋で盛り上がった乳首のあたりをしなやかな指でぐりぐりとして。

 父の鼻の下がものすごく伸びた。


「千歳きゅん、そんなぁ。もう、見たくてたまりません! 千歳きゅん、たまにものすごく色っぽい……♡ あ、というわけで父は急用ができたから夕子、飯は適当に。刺身切ってあるから」


 美青年に連れられ、父は二階の寝室へとあがった。繰り返し美青年と口づけを交わして。


 ——ママ。


 私は呆れざるを得なかった。

 前世でもこんなバカップルだったんだろうか。

 生まれ変わっても、愛してるってママが言うと迫真だよ。


 今度は死がふたりを分かちませんように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今度は死がふたりを分かちませんように。 月船みゆ @haru-0423

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ