第5話 仄暗い影2

「どちら様ですか、私に何かご用でも」

 吉田はそう言いながら、原田をギロリと睨みつけた。


 吉田の目力にたじろぐ原田を尻目に、新見が優しく声を掛ける。

「お忙しい時に突然すみません。野良と言うと家庭菜園か何かを」


 新見の屈託無い笑顔に、吉田は少し頬をほころばせた。

「えぇまぁ、小さな庭ですから。丁度プルーンが良く実りましたもので、収穫していたところです」


「ほう、プルーンですか、そいつは珍しい。家庭菜園で実るのですね」


「この辺りではそう珍しくありませんわ。日本にプルーンが持ち込まれたのは、明治初期に長野が最初でしたから」


「そうなのですね、それは知らなかったなぁ」


「気候が合わず初めは定着しませんでしたが、昭和初期に軽井沢で外国人宣教師により改良され、昭和40年代には水田転作用の作物として、本格的に栽培が広がったようです」


「これはまいった。博識ですね」


「ふふふっ、家のプルーンも私と一緒で、もう60を越えています」


「…………」

 原田は二人のやり取りに、目が点になった。


「それで、今日は私に何か」


「申し遅れました。静岡県警の新見と申します、こちらは富士吉田署の原田です」


「あらまあ、警察の方。それは失礼しました」

 吉田は原田に向け、笑みを投げ掛けた。


「……いぇ、こちらこそ」


「警察の方がどのようなご用件でしょうか」


「御光の家について調べております。破産解散を手掛けられた古田 芳郎弁護士ので、吉田 雅子さんが当時、信者達との橋渡し役をしてくれたと、感謝されておりましたので」


「いいえ、私は感謝されることなどなにも……ここではなんですからお上がりになりますか」

 警察手帳を確認すると、快く二人を家の中に案内した。


「よかったら、プルーン召し上がります?先程収穫したものを氷水で冷やしてありますのよ」

 奥の台所に向かいながら、吉田が嬉しそうに声を掛ける。


「採りたてですか、そいつはありがたい。頂戴します。プルーンと言うとドライフルーツのイメージしか無くて」


「収穫したものの半分は、乾燥させて施設に持って行くのですが、こうやって振る舞うのは久しぶりだわ」


「施設に...」

 原田は思わず新見の横顔を見詰めた。新見のその頬は、僅かばかり震えている。


「施設と言うとどちらですか」

 新見が尋ねる。


「ええ、ご近所の教会、諏訪修道院ですけど」

 思わぬ展開に、二人は目を見合わせた。


「諏訪修道院...そうすると吉田さんは椎名 恭平をご存知ですね」


 ゴロン……

 台所からプルーンが床に落ちる音が聞こえた。見ると、吉田の肩が小刻みに揺れ、その顔は天井を見詰めたまま動かない。


「椎名 恭平、加茂川 勝、片桐 浩一、大原 愛明よしあきそして、天野 礼子!」

 新見は尻上がりに声を荒げながら、5名の名を叫ぶ。

 吉田はその場から崩れ落ち、膝をついた。両掌を合わせたまま、変わらず天を仰いでいる。


 新見は続ける。

「先日三島市で天野 礼子さんが殺害されました...首を絞められて、犯人は椎名 恭平です。天野さんは司法解剖の結果、卵巣が片方ありませんでした、若い頃に妊娠の経験もあるようだ、加茂川氏に伺っても何も答えてくれません。しかし何かを隠している。破産解散で天野さんと失踪した片桐 浩一は、その後借金を苦に自殺をしています、その保証人となった天野さんは風俗に身を置いた!」


「あぁー神よ!私の罪は許されないのですね、これ程祈っても、神に奉仕しても、過去は精算されないのですか、あぁ……いつかこんな日が来るとは覚悟しておりました、今日なのですね……懺悔の日は。恐ろしい、恐ろしいことです、礼子さんが恭平君に命を絶たれるなんて……」


 床に伏せ、号泣する吉田に新見は歩み寄り、優しく肩を摩った。

「やはり、そうでしたか……」


 原田は話の行方を想像し、視線を落とした。


「椎名 恭平は、天野 礼子のこども……なのですね」


「…………」


「そして、父親は大原 愛明。教祖光洋の息子だ」


「警部、父親は片桐ではないのですか……」

 困惑する原田に、新見は黙って頷いてみせた。


 ・・・


「私は光洋様だけに仕えて参りました。私の魂を救ってくれた、あのお方の為だけに...天子てんしが礼子さんを気に入っていたのは、知っておりました。でも、私は知らぬ振りを通していたのです……あの男は悪魔です。美也子様のご病気をよいことに、信者の女性に次々と手を出して。そんな折り、天昇の儀が終わって直ぐに、光洋様に頼まれたので御座います。このままでは御光の家に跡取りが出来ぬ、雅子よ、天子の力になってやってくれと」


「そうすると、天野さんは天子愛明の子どもを生む為だけに、利用されたということでしょうか」


「いいえ、あの男の性癖は尋常ではなかった。特に未成年であった礼子さんには、その執着ときたら常軌を逸しておりました。浩一くんは二人の関係を知っていた、自分ではどうすることも出来なかった、けれど、何時も礼子さんに寄り添ってあげていたのです」


「いつ頃妊娠したのでしょうか」


「礼子さんの妊娠には、周りは誰も気がつきませんでした。体質でしょうか、暫くはお腹が目立たなかったのです。ある日腹痛を訴え倒れまして、調べたら卵巣への腫瘍が見つかって、その時は既に、妊娠15週に入っておりました。良性疾患であった為、摘出は腹腔鏡手術で取り除くことが出来たと聞いております、ただその後、17歳という年齢もあったのでしょうか、流産の危険が懸念されまして、妊娠24週目で早産させられました。忘れもしません、平成11年5月16日、その日私は礼子さんに頼まれて、子どもにと、ロザリオを渡されたので御座います」


「その一連の医療行為を、加茂川氏が引き受けたのですね」


「はいそうです。大原 愛明の息子として……。美也子さんが難病だっただけに、さぞ悔しい思いをされたことでしょう」


「5月16日ですか、火災の2ヶ月程前ですね」


「赤ちゃん、恭平くんは生まれてからは病院の保育器で育てられ、火事の前日に、愛明夫婦のもとに戻されました」


「前日ですか……夫婦は亡くなられていますが、赤ちゃんを助けたのは...光洋氏なのですね、それで、大火傷を負った」


「はい、その通りです」


「退院後の天野さんは、どう過ごされていたのですか」


「妊娠と出産のことは、他の皆は知ってはおりませんでした。彼女は体力が回復すると直ぐに、通常の業務に戻りました。ただ、出産以後は天子からは相手にされず、それはそれでまた、悲しみがあったのではないでしょうか」


「…………」

(5月16日、ごがつ、じゅうろく……そうだったか!)


「警部、遅くなりました。今、話しても宜しいですか」


「ああ、大木、ご苦労だったな。病院に恭平は居なかったのだな」


「はい、おりませんでした、それと、徹郎氏は、昨日亡くなられました」


「何だって……」


「病院の話では、今朝亡骸を、諏訪修道院が引き取りに来たと。葬儀、告別式は明日の午前中に教会で執り行われるそうです。前夜の通夜はありません」


「多分、姉の指示でしょう。修道院でシスターをしております」


「そういう関係でしたか」


「恭平くんは、5年ほど光洋様の親族と養護施設を転々としましたが、流石にそれではと私に相談されて、姉のいる児童養護施設、諏訪修道院に移ったので御座います」


 ・・・


「警部、これからどうします」

 世田谷署員に労いの挨拶をし、帰る車両を見送りながら大木が尋ねた。


「諏訪修道院には話は出来ぬな、今乗り込んで、万が一恭平が居なかった場合、彼の逃亡を助ける可能性がある。かと言って、吉田 雅子を全面的に信用も出来ないし、とにかく今晩は修道院を張り込むしかないな。修道院から出てくるか、修道院に入るところを押さえるしかない。ここでとり逃がしたら、全国に指名手配だ」


「……承知しました。交代で見張りをしましょう」

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