第134話 友を思えばこその

 天国と地獄が交差するうたげは終わり、私とマフィンは彼の屋敷で魔族に関する話と水のことについての話を詰めていた。

 森にいる可能性の高い魔族に関しては、キャビット側では無理に手を出さず、私たちで処理するという話になった。


 水に関しても快い返事を頂いたが、その代わりにキサの両親への橋渡し役を強くお願いされた。

 特に話がこじれた時に仲を取り持ってほしいと。

 この調子だと、数年後の結婚式には仲人を頼まれそうだ。



 薬とキサのおかげで話はとんとん拍子に進み、キャビットとの会合は成功の内に終えた。

 日を跨ぎ早朝、いまからトーワへ戻ることになるのだが、その帰り道を少々遠回りすることに。



「帰りはアルリナとアグリスを結ぶ本街道を通って、アルリナを経由しトーワに戻ろうと思う。フィナには護衛のためについてきてほしいのだが?」

「別にいいけど、なんで本街道に?」

「本街道の状態を見ておきたくてね」

「ふ~ん、そういうこと。いいよ」


「ありがとう。カインとキサは先にトーワへ戻って報告を頼んでもいいか?」

「構いませんよ。帰りの供はキャビットの皆さんに頼みますので」

「うん、エクアお姉ちゃんにちゃ~んと伝えておくね」

「ふふ、よろしく頼んだぞ」



 こうして、私たちは二手に分かれた。

 私たちもカインたちと同様に森から本街道に出るまではキャビットに案内された。

 森のわき道から本街道に出て、その道をじっくりと拝見する。



 本街道はキャビットの森と、西側の海がちらりちらりと見える林に挟まれていた。

 道はよく整備され、地面は土であっても整っており、馬車や荷馬車が車輪を傷めることなく行き交っている。

 道幅も大きく、馬車が数台横に並んでもおつりが出るくらいのもの。

 また、旅の者や行商人たちも多く見かけ、トーワの旧街道とは比べ物にならない賑やかさだった。



「想像以上の人通りだ。羨ましい限りだな」

「あのアグリスと港を繋げる道だもんね。最近まで放棄されてたトーワと比べても仕方がないよ」

「たしかに。しかし、これだけ人が多いと、盗賊たちも手を出しにくそうだが?」

「と、油断している隙をついて現れるのが盗賊ってもんよ……魔族もね」


「そうだな。油断は大敵か。それでは、南に向かい歩き、アルリナへ向かおう。森の途中から出たが、どの程度の距離だろうか?」

「ちょっと待ってね。ここまで案内してくれたキャビットに目印を書いてもらってるから」



 フィナはポシェットから地図を取り出し広げて目を細める。


「え~っと、歩きで五時間くらいかな」

「五時間……馬がないのは辛いな」

「なに言ってんのよ、この程度の距離で。はいはい、歩きなさい。少しは領主として鍛えとかないと。へっぽこなんだから」

「だから、へっぽこはよせと、ん?」



 アルリナの方角から、小さなの女の子を伴った行商人の夫婦が近づいてきて挨拶を交わしてきた。


「その銀眼と銀髪。もしかして、トーワの領主のケント様ですか?」

「ああ、そうだが」


「そうでしたか、私たちアルリナとアグリスの間で行商をしている者ですが、ケント様の噂はかねがね聞いております」

「ケント様のおかげで、あのムキ=シアンが居なくなり、商売がやりやすくなりました。ありがとうございます」


「いやいや、大したことではない」

「ねぇ、けんとさま?」

「ん、どうしたんだい?」


 小さな女の子が私を見上げるように見つめ、両手に持った白い花を渡してきた。

「これ、おれい」

「これはこれは。ふふふ、ありがとう、大切にするよ」

 私は女の子の頭を撫でる。

 女の子は少しむずがって、夫婦の後ろに隠れてしまった。

 そして、頬を赤くしながら、こっそりと私を見ている。


「ふふ、可愛い盛りですね」

「はは、お恥ずかしい。領主様に対して、失礼でしょうが……」

「いえいえ、そんなことはない。それでは、良い旅を」

「ケント様も」



 行商人の親子と別れ、彼らの背中が小さくなったところでフィナが話しかけてきた。

「人助けって、悪くないよね」

「そうだな」

「でも、なんでかそういうの嫌う人がいるんだよ。力を持っている人ほど」

「力を持つとその力がどの程度のものか行使したくなるのだろう。結果、傷つく人が出てくる」

「その気持ちはわからなくもないけど、弱い人を傷つけて感触に浸るのは間違ってる」


「そのとおりだ……」

 私は女の子からもらった花を見つめ、神妙にフィナの名を呼ぶ。


「フィナ」

「なに?」

「君はスカルペルにおいて、その才は天より高く、太陽よりも輝いている。誰よりも力を持っている君は、しっかりと道を歩めよ」

「それぐらいわかってるよ」


「自分ではそう思っていても、横から見ていると非常にあぶなっかしい。古代遺跡を前にしての自信と、グーフィスへの態度を見て、私はそう思った」

「何かおかしかった?」


「君の心根はやさしい。親しくなった者に対してはその優しさを見せるが、その反面、自信過剰であり、自分の気に食わない者や、弱い心を持つ者に対する理解に欠けている。もっと己を律し、人の心に興味を持つべきだ」



 この言葉にフィナは眉を顰める。

「話を振ったのは私だけど、こんな説教される謂われないんだけど?」

「私だってこんな口やかましいことは言いたくはない。だが、以前よりも君を近くに感じ、言葉を渡した。友としてな」


「それは嬉しい気持ちだけどさ、余計なお世話だよ」


「……もう少し、きつく言えば、君はテイローのおさだ。その責は重大。賢いというだけで務められる椅子ではないぞ。君は感情の一つの側面のみから内包される心を理解する義務がある」

「おばあちゃんみたいに説教臭いなぁ~。ちゃんとわかってるって、もう~」



 フィナはうんざりといった様子で前を歩き始めた。

 私だけではなく、常日頃からファロム様や他の重鎮からも釘を刺されているのだろう。

 そして、彼女自身、物事と心の有りようや大切さは理解しているようだ。

 だが、それでも私は彼女のことを危うく感じてしまう。

 

 アイリとの会話で、フィナは悪徳貴族を懲らしめたという話が出た。

 それも非合法な方法で。

 言葉は荒く態度もデカいが、彼女はとても純粋なのかもしれない。

 同時に恐ろしい才能と力を秘めている。

 純粋さゆえに、それが暴走しないか不安を感じる。


 私が政争の末に、自分を変えてしまったように彼女もまた……。

 と、ここまで考えて、私の思考がフィナの指摘通り、二十代の若者から離れていることを痛感し、それは声として小さく漏れ出た。



「ふふ、たしかに年寄り臭いな、私は」

「うん、すっごい年寄り臭いっ。特に何気ない会話から説教に入るところが」

「聞こえたのか……」

「うん、聞こえた」

「はぁ。まぁ、物心ついた頃から中年に囲まれ研究を行い、それが終えたら中年老人だらけの政界に飛び込んだからな。それゆえに、若さが欠けているのかもしれない」


「ふふ~ん。なら、私から若さを学びなさい。人に説教なんてうざいだけだよ」

「ふっ、よく言う。君だってグーフィスに説教してただろ」

「あれはあいつがグチグチと、ケントっ!?」

「どうし、っ!?」



 突然、横っ腹に激しい衝撃が走った!?

 その衝撃で世界がぐるぐると回る。

 歪む景色の中で私が目にしたのは、飛び散る白い花と……桃色の毛を纏った魔族の姿だった。

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