第111話 幾許の

 ノイファンの屋敷の会議室で、魔族に関する話し合いを終える。

 その結果、半島に残る桃色の毛の魔族は私たちで対処することに。


 半島内にある町や村には魔族を目撃次第、アルリナに連絡が届くようにしてもらい、その報を受けて、ギウを中心とした私たちが討伐に出るという形で話は落ち着いた。


 ノイファンは仕事があるらしく屋敷に残り、私たちだけでアイリを見送る。

 港の転送ポイントまで歩く途中、アイリは突然、背の高い建物に挟まれた人気ひとけのない路地裏にひょいっと入り込んだ。



「アイリ?」

「ここならいいかな? フィナ、いるんでしょ?」

「なに!?」


 私の驚く声が路地裏に木霊する。反響する声は空に上がり、空からは声に応える声が響く。

「あ~、やっぱ、ばれてたか。ハルステッドじゃなくて、アイリの方が気になっちゃったからなぁ」


 建物の屋上にフィナの姿が。

 彼女は建物にくっついたパイプに鞭を巻きながら降りてきた。

「っと、久しぶりね、アイリ」

「ほんと久しぶり。殺したいぐらいにっ」


 アイリは深紅の瞳に殺気を籠める。対するフィナは、紫の溶け込む蒼の瞳に余裕の色を浮かべている。


「あ~ら、アイリ。まだ根に持ってんの~。器ちっちゃ~い」

「あんなふざけた罠を仕掛けておいて水に流せると思ってるの?」



 私は二人の会話の間に入る。

「待て、二人とも。君たちは知り合いなのか?」

「一年位前に、アイリがちょっかい掛けてきたのよ」

「ちょっかい? 犯罪行為を取り締まろうとしただけでしょ!」

「ブクブク肥え太った貴族様に、少しばかりダイエットを勧めただけよ」

「それを泥棒っていうの! ま、あの豚が縛り首になったのはざまぁだと思うけど」



「待ってくれ、ちゃんと説明してくれるか? こちらは何が何やらさっぱりなんだが?」



 このように問いかけると、二人は簡単な説明を交えてきた。

 一年前、フィナは悪徳貴族を懲らしめたらしい。非合法な方法で。

 そこでアイリが調査に乗り出し、フィナを捕まえようとしたが、罠に嵌まり取り逃がしてしまったと。


 アイリとしては非道な方法で私腹を肥やしていた悪徳貴族に同情するべき点はない。

 むしろ、アイリの追跡調査で、悪徳貴族は縛り首になった。

 問題は、フィナが仕掛けた罠。


 フィナは巧妙な落とし穴を用意し、そこへアイリを落とした。

 そのあと、上からぬるぬるした溶液を大量に流し込んで、脱出を困難にしたようだ。

 アイリはその時のことを思い出したのか、怒りに体を震わせている。



「あの時の気持ち悪さといったらっ。今すぐにでも、首を刎ねてやりたい!」

「なによ、ちょっとぬるぬるしただけじゃん。怪我もさせなかったし」

「わざわざぬるぬるに悪臭を付加してたのがムカつくの!!」

「あっれ~、そうだっけ~?」

「この~~~」


「なるほど、ある程度はわかった。しかし、問題は……」

 私はアイリとフィナをちらりちらりと見る。その意味を知ったフィナが答えを返してきた。

「はぁ、ヴァンナスに私があんたと一緒にいることがバレちゃったね」

「ああ、面倒な話になる。どうしたものか……」



 私たちは今後の対処に頭を悩ませる。

 すると、アイリはきょとんとした表情を見せて疑問を口にした。


「何か問題でもあるの、お兄ちゃん?」

「現在、フィナの手を借りて……このクライル半島に存在する古代人の遺跡の発掘を行えないかと考えている」

「っ!?」

「私一人ではどうしようもないが、フィナがいれば発掘が可能かもしれない。それをヴァンナスに知られたくなかった」


「そっか。やっぱりお兄ちゃんはヴァンナスを信用してなかったんだ」

「信用していないわけじゃない。だが、彼らが私たちの知らぬ何かを隠しているのは確かだ。私の……私たちの身を守るために必要な措置を取りたいと願っている。それで、アイリ」


「わかってるよ、お兄ちゃん。私はフィナと出会わなかった。そうして欲しいんでしょ」

「頼めるか?」


「お兄ちゃんの頼みだもん。それに、私たちもヴァンナスに思うところがあるし。おまけにあいつら、私たちに隠れて何かの作戦だか計画だかを進めてるっぽいし」

「中身は?」


「それはわからない。なかなか探りを入れるのが難しくて。私たちとしても外でヴァンナスを牽制できる存在がいると頼もしいから、お兄ちゃんたちのことは秘密にしとくよ。こいつを野放しにするのは不本意だけど……」



 と言って、フィナを睨みつけた。

 そのフィナはきつい視線など全く意に介さず、私たちの会話に興味を示してくる。


「なになに、今の会話? もしかして、勇者御一行様はヴァンナスに反旗を翻すつもり?」

「そんなわけないでしょ。そんなことをすれば、国は混乱し、多くの人を苦しめることになる。今の会話はあくまでも私たちの身の安全のため」

「その安全ってぐたいて――」

「フィナに話す理由も義理もないから」

「クッ、ケチ」

「ケチで結構。さっさと失せなさい」

「この~、むかつく~」

「フッ」


 フィナは歯ぎしりをして、アイリは得意な顔を見せた。

 少しはぬるぬるのお返しができて、アイリは満足と見える。

 アイリは私に向き直る。



「この路地裏での会話はなかったことにする。それでいいんだね、お兄ちゃん」

「ああ、頼む」

「あとは~、フィナ、ちょっといい?」

「なによっ?」

「お兄ちゃんを頼んだよ。お兄ちゃんって戦闘の方はへなちょこだから……」

「たしかにへなちょこだもんね。わかった面倒見てあげる」

「へなちょこのお兄ちゃんを守ってくれるのは嬉しいけど、妙な関係になるのは許さないから」

「ないない。へなちょこな奴に興味ないし」


「君たちなっ。人をへなちょこへなちょこ言い過ぎだ!」

「ぷふ」

「ぎうう」


 後ろからエクアとギウの笑い声が聞こえる。

 前の二人も、口元を押さえながら体全体を小刻みに揺らす。



「まったく、へなちょこで悪かったなっ。アイリ、そろそろ戻らないといけないんじゃないのか?」

「うん。あのお兄ちゃん……」

「わかっている。おいで」


 アイリが私のそばに近づく。

 私はアイリの背に合わせるように身をかがめ、彼女の頭を撫でた。


「アイリ、無茶はするな」

「わかってる」

「レイたちにもよろしく伝えておいてくれ」

「うん、時間ができたらこちらへ来れるようにジクマおじさんにきつく頼んどくから」

「ふふふ、ジクマ閣下はアイリだけには甘いからな。それじゃ、行こうか」

「うん」



 私は最後にもう一度アイリの頭をそっと撫でて、屈んでいた身体を元に戻した。

 そして、二人そろって路地裏から出ていく。

 この時ばかりは、エクアとギウ。そしてフィナさえも、私たちの誰も相容れぬ雰囲気を察し、口を挟まず沈黙を保ってくれた。




――アルリナの港



 港には警備隊が残っており、アイリの姿を確認するとすぐに円陣を組み、転送ポイントの確保を行った。

 円陣を組んで転送ポイントを確保するのは昔からの習わしで、特に技術的な意味はない。


 町の者たちはアイリと私たちを遠巻きから見学している。

 時折、アイリに声を上げる者がいるが、彼女は手慣れた様子で手を振って応えていた。



 アイリは円陣に入り、私はその傍に立つ。

「達者でな」

「お兄ちゃんも……アイリからハルステッドへ。転送を」


 アイリが襟元にあるハートのバッジに手を置いて言葉を唱えると、彼女が光に包まれる。

 光の中のアイリが私に手を振る。

 私も手を振って応えると、光は雨の降るような粒子に代わり、彼女の姿はぼやけ、光の球体となって、ハルステッドへ吸い込まれていった。


 私は振っていた手を下ろして、踵を返す。

 それと同時に、町の者たちが話しかけてきた。

 その内容はどれも同じ。

 私とアイリはどのような間柄なのか?


 そしてその疑問はもちろん、ギウやエクアも。フィナに至ってはかなり突っ込んできた質問をしてきた。


「どういう関係なの? お兄ちゃんって? あんた、なにもんよ?」

「研究所時代に彼らと深く関わることがあってな。それでとても親しく、肉親のような間柄になった。そう、彼らは私の家族のような存在。とても、大切な人たち……」


 私は空を見上げ、空に浮かぶ巨大な飛行艇ハルステッドを見つめる。




――飛行艇ハルステッド


 アイリを収容したハルステッドは進路を大陸ガデリに向けて、アルリナから離れていく。

 ハルステッドの外を見渡せる甲板かんぱんにはアイリの姿があり、彼女はアルリナを、その町にいる兄のように慕うケントの姿を見つめていた。


「お兄ちゃん。久しぶりに会えてよかった」

 家族のようなケントとの再会にアイリは喜びを噛みしめる。

 と、そこへ、荒っぽい海風が渦を巻いて、アイリの銀の髪を乱した。

 しかし、彼女は乱れた髪ではなく、口元を手で押さえる。


「ゴホンゴホン……はぁ、海風が原因だったら本当に良かったんだけど。魔族の活性化のせいで、力を使うことが多くなったし。私は、私たちは、あと、どのくらい生きられるのかな……?」

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