第110話 知恵ある魔族たちへ

 軽い世間話を交えつつ歩き、ノイファンの屋敷にたどり着いた。

 屋敷は赤いレンガ造りの三階建て。


 その一階の会議室――普段は商工会の面々が話し合いをしているこの場所で、魔族に関する話を行うことにした。


 このやり取りで、まず魔族の群れに統率者がいて、そいつが格闘術を使ったことを伝える。

 驚きの情報のはずなのだが、アイリはあまり驚くようなことはなかった。

 むしろ、こちらが驚くべき情報を漏らす。



「実は、クライエン大陸でもそういった連中が増えてる」

「そうなのか?」

「もともと、そういう兆しはあったの。でも、数年前までは問題視するほどじゃなかったし、下手に騒ぎ立てて民衆を不安にさせるわけにはいかないっていう話もあって、あんまり広がることなかった。だけど、最近は……」


「目に見えて増えているわけか」

「うん。すでに中央議会の議題に挙がるようになって、今では公然の事実となってる。魔族は進化しているんじゃないかって……」

「そうか……」



 ズシリとした重みを感じさせる空気が身体全身にし掛かる。

 以前の知性なく無秩序な魔族でさえ手強い相手であったのに、知恵をつけたとなると我々種族には手に負えない存在となる。


 アイリは私とノイファンへ顔を向けて、半島に侵入してきた魔族について尋ねてきた。


「現在、半島内にいるのは一匹だけ?」

「ああ、そうだと思う」

「今のところ、桃色の毛で覆われた魔族以外の目撃情報や被害報告はありませんから」


「そうなんだ。それなら、ギウさん」

「ギウ?」

「最後の一匹をお任せできますか?」

「ギウ、ギウギウ」



 ギウは身体を前に揺すって答えた。その答えを聞いたアイリは安堵した様子を見せるが、私には何故という疑問が浮かぶ。


「アイリ、君は半島の魔族を退治しに来たのだろう。それをギウに任せるとはどういうことだ?」

「実をいうとね、半島の魔族退治はついで」

「ついで?」

「そう、ついで。私の本当の任務は大陸ガデリの魔族対策。ガデリに向かう途中にアルリナから要請を受けてね。それで、半島に現れた魔族をパパっと片付けて、ガデリに向かうつもりだったの」


「ガデリ? どうして――」

「ガデリ!? アイリ様、ガデリで何か問題でもっ?」


 エクアが突如声を荒げて私の声をかき消した。

 この声にアイリは少し驚いた態度を見せる。


「急にどうしたの、エクア?」

「私、ガデリ出身なんで、それでっ!」

「ああ、そういうこと。最近ガデリで魔族の数が増えてるんだって。あの大陸は魔族が少なかったのに……」



――スカルペルには、大陸が五つある。


 半島から西。ヴァンナス本国が座る『クライエン大陸』。

 半島を抱える『ビュール大陸』。

 半島から南にある『ガデリ大陸』。

 半島から遥か東にある『オシャネシー大陸』。

 そして、ビュール・ガデリ・オシャネシーの中央に位置する『フォルス大陸』。


 このうち、魔族が多く存在するのは、クライエン大陸とビュール大陸。

 他の大陸には僅かしかいない。

 その僅かでも十分に脅威なのだが、アイリの話ではここ最近、ガデリ大陸で魔族の数が増しているようだ。



 エクアはその理由を尋ねる。

「どうして、そんなことが?」

「わからない。今、魔族で起こっていることは全て謎なの。増えていることも、知恵をつけていることも。他の大陸とはあまり交流がないからわからないけど、おそらくあっちの方でも変化が起きてるんじゃないかな」


「そんな。ガデリは魔導士の数が少なく、錬金術士の方も……そんな大陸で魔族が増えたら、ガデリはっ」

「落ち着いてエクア。そのために私がガデリに派遣されるんだもん。魔族退治の経験豊富なヴァンナスの兵士もつれてね、ふふ」



 アイリはにこりと微笑む。その微笑みにエクアは落ち着きを取り戻したようで、アイリに頭を下げる。

「申し訳ありません。取り乱してしまい」

「いいよ。自分の故郷に危機が迫ってたら誰だって取り乱すもん。それにガデリの召喚一族はかなりの腕前って聞くよ。私たちと彼らが力を合わせれば余裕余裕」


 アイリは言葉に優しさを乗せる。それを受けてエクアはぺこりと頭を下げて感謝の意を伝えた。

 そこからアイリは微笑み崩し、表情を真剣なものへと変え、私へ向き直る。



「っと、そういった事情でなるべく早くガデリに向かいたいから、現場で対処できるならやってもらいたいの」

「それでギウに任せようと?」

「そういうこと。だめ?」

「ギウ、いけそうか? あの魔族はかなりの強敵だったが」

「ギウ」


 ギウは銀に輝く胸を誇らしく前に張った。

 自信はあるようだ。


「あまり無茶なことをしてほしくはないが、君に自信があるというならば止めはしない。アイリ、残る魔族はこちらで対処する。君はガデリを救ってやってくれ」

「もちろんっ、そのための勇者だも、ゴホンゴホン」

 

 アイリが目元にピースサインを置く動作を見せた瞬間、急に咳き込み始めた。

 軽い咳に皆が大丈夫という程度の心配を交える中、私は席から立って、アイリに駆け寄り背中をさすった。


「大丈夫か!? まさかっ」

「ち、違うよ。海風に当てられて、喉をちょっとね」

「本当に?」

「本当だって。もう~、お兄ちゃん心配し過ぎ~。最近受けた健康診断だって問題なかったんだし」

「ならいいが。あまり無茶をするんじゃないぞ」



 そういって、アイリのふわりとした銀の髪を撫でた。

 すると、彼女は頬を桜色に染めて、うれしそうに声を上げる。


「あはは、久しぶりにお兄ちゃんに頭を撫でてもらえた~」

「そういうことを口に出して言うんじゃない」

「いたたた、指に力込めないで耳からいろいろ漏れちゃうから」

「まったく、何でもないならいいが、体には気を使え」

「わかったって。もう、心配性なんだから。ほら、お兄ちゃん。みんなが驚いているよ」

「え?」



 私の過剰な心配にエクアとノイファンがぽかんとしていた。

「えっと、これは恥ずかしいところを見られたな」

「くすっ、そんなことありませんよ。少しだけ、昔のケント様のお姿を見れた感じでよかったですから」

「ええ、妹を思う兄の姿といったところでしたね」


「む~、まいったな、これは」


 私は照れ臭さを誤魔化すように頭を掻いた。

 それを皆が暖かな笑い声で包む。

 その中でギウは……。


「ぎう……」


 なぜかアイリへ、とても悲し気な視線を送っているような気がした。

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