第109話 ギウの実力

 現場は混乱に満ちている。

 私はその混乱を整理すべく、アルリナに訪れた理由をアイリに尋ねた。



「アイリ、どうしてここへ? 遊んでないで答えなさい」

「うっ、冷たい言い方。昔のお兄ちゃんは優しかったのに。議員になってから、すっかり人が変わって……ジクマのおじさんが悪い」

「私の話はいいから。それと、人前で閣下をおじさん呼ばわりしない」

「う~、わかったよ~」


 地面に突っ伏していたアイリは立ち上がり、土埃を落とす動作を見せてから、口調を事務的なものに変えてノイファンを見据えた。



「アルリナの代表ノイファン様の要請を受けて、ハルステッドは王都から派遣されました。この勇者アイリ=コーエンがレイア=タッツ艦長代理としてご挨拶を申し上げます」

「要請? ノイファン殿?」


「魔族のことです。アグリスはカルポンティと大陸の方で手が一杯で、半島に手を回す余力がないようでしたので。それに手を借りるなら、アグリスよりもヴァンナスの方が話が通りやすいですから」


「なるほど、それで。だが、少し遅かったな、アイリ」

「なにが?」

「半島に侵入した七匹のうち、六匹はすでに退治を終えている」

「ええ~!? 誰が、どうやって? アグリス以外で半島内にそれだけの戦力を持つ組織ってないよね? もしかして、ワントワーフかキャビットが軍でも動かしたの?」



 この疑問にノイファンはちらりと私たちを見て、軽く手で指し示す。

 彼の仕草の意味を知った警備隊や町の人々は騒めき、驚きの視線を私たちに集める。


「まぁ、なんだ。私、というか、私たちが退治した」

「え~、うそだぁ。だって、お兄ちゃん、へなちょこじゃん!」

「へなちょこと言うな。もちろん、私がやったわけじゃない……彼が一人で退治した」


 そういって、ギウに手を向ける。

 本当はフィナとギウだが、フィナがここにいることを知られるわけにはいかない。

 そういうことで、ギウが全て退治したことにする。


 ノイファンはフィナの存在を知っているが、テイローの一族だとは知らない。

 彼から見れば、なぜギウだけの手柄にしたのだろうか? という疑問を抱くだろう……そこは後程、適当な言い訳をするとしよう。



「へ~、この人がぁ~」

「ぎ、ぎうっ」

 アイリはギウの全身を舐めるように見つめ、ギウはその視線に怯えている。

 

(さすがにギウ一人で退治した、では説得力に欠けるか?)

 と、思っていたが、予想外にアイリは納得した声を上げた。



「たしかに、あなたなら十分にできるでしょうね」

「ん? どうしてそう思う?」

「こちらのギウさんって方、私よりも強い。レイ並の強さくらいはあるかも」

「なっ!? 彼が凄腕だということは十分に承知しているが、さすがにそれはないだろうっ」

「なら、試してみる?」



 アイリは石畳に突き刺した大鎌を手に取った。ギウもまた、銛を持つ手に力を込める。


「二人とも待て。まったく、私の周りにいる者はどうしてこうも好戦的な者ばかりなんだ……」

「ばかり?」

「なんでもないっ。しかし、アイリ。本当にギウがレイと同等だというのか?」

「刃を交えなくても相手の力量くらいは測れるもん。こんな人がいるなんて、世界って広いな~」


 アイリは感心したような声を漏らしてギウを見ている。

 私もまた驚きを交えギウに視線を振るが、その視線には複雑な思いが内包していた。



(ムキとの争いで、ギウを危険な目に遭わせたくないと思っていたが、彼がレイと同等の力量を持つならば五百の傭兵くらい物の数じゃなかったのでは? 私の立ち回りはなんだったんだろう……いや、あれはあれで事をうまく治めるのに必要なものだったっ。うんっ)


 過ぎ去った出来事を引きずっても仕方がない。話はどんどん前に進めよう。


「ともかく、報告によると山脈を越えた魔族は他になく、残すはあと一匹。ただし、吸血型で……」

「うん? なにか問題があるんだ?」

「ああ、ある。だが、ここでは」



 ちらりと周りに視線を振る。

 すると、ノイファンが続きは自分の屋敷で、という申し出をしてきた。

 その申し出を受けて、私たちはノイファンの屋敷へ向かうことにした。

 その途中、心配事が頭をよぎる。

 心配事とはフィナのこと。

 彼女は今どこで、何をやっているんだろうか……。




――ノイファンの屋敷への道中



 屋敷へ向かう道すがら、私は飛行艇ハルステッドのレイア=タッツ艦長についてアイリに尋ねた。



「アイリ。レイアは?」

「事務処理。急遽決まったこのアルリナの派遣について色々忙しいから、代わりに私が代表を。それに魔族についての協議なら現場で動く私の方が話がスムーズに進むし、勇者の肩書を持ってるから艦長の代理として申し分ないし」

「ほっ、それは良かった」


 私は文字通りホッと胸を撫で下ろす。

 このあからさまに安堵する様子を見たギウ・エクア・ノイファンは、その意味が気になったようだ。

 しかし、彼女との関係はあまり触れたくないこと。だから、私は軽く触れるだけで話を終わらせようとした。



「ハルステッドのレイア=タッツ艦長。彼女とは相性があまり良くなくてね」

「彼女? 艦長さんは女の人なんですか?」

「ああ。私は彼女ことが昔から苦手で……」


 私が眉を顰めてこう答えを返すと、エクアは私の表情を読んでこれ以上深く尋ねようとしなかった。

 その代わりに、先ほどの会話で何かを思い出したようで、別の質問をアイリに尋ねる。

 おかげでこの話は終える。



「昔と言えば……あのアイリ様?」

「うん? アイリでいいよ」

「さすがにそれは……先ほど、ケント様は昔と変わられたと仰ってましたが、昔はどのようなお人だったんですか?」


「そうだねぇ~、昔はすっごく優しかった。今みたいに私を突き放つようなこともなく」

「というと?」

「んとね~、私が任務から帰って来て、お兄ちゃんに挨拶をすると頭を撫でながら優しくこう言ってくれるの。『アイリは頑張り屋さんだからね。無理しては駄目だよ』って」

「そ、そうなんですか。今のケント様からは想像もつきませんね」



 エクアは少し目を開き気味で私を見ている。

 それに対して、私は苦笑いを見せてからアイリに言葉を返す。


「アイリ、昔話はやめてくれ」

「いいじゃん。たった数年前の話だし。はぁ~あ、こんなことならお兄ちゃんが政治家になること反対しておけばよかった」


「そのご様子だと、アイリ様は反対じゃなかったんですか?」

「うん、色々あって、お兄ちゃんが大変な時だったから。少しでも目標というか、やるべき何かを手に入れられたことが、自分のことのように嬉しかった……結果、こんなに冷たいお兄ちゃんに変化しちゃったけど……」



 この会話にノイファンが混ざる。

「以前、ケント殿から中央議会の恐ろしさを少しばかり聞きましたが。なるほど、聞きしに勝る恐ろしさのようで」

「そうなんだよ~。胡散臭い人格改造セミナーみたいな場所。いやそれよりもひどい、洗脳かなぁ」


「君たちは好き勝手に私のことを……」

「ギウギウギウ」

「今の私を好んでくれるのか? ありがとう、ギウ」

「そんな、私も今のケント様を嫌ってなんかいませんよ」

「私も昔のケント殿に興味があっただけで、今のケント殿に何ら含みはありませんよ」



 と、次々にフォローが入る。

 その中でアイリは深紅の瞳でギウをじっと見つめていた。


「どうした、アイリ? ギウを睨んで」

「睨んでるわけじゃないけど。どうしてみんな、ギウさんの言葉がわかるんだろうと思ったの」

「それは何となくだ」

「私も感覚で何となく」

「はは、私はケント殿やエクアさんのようにはわかりませんがね」


「なんとなくねぇ~」

「君もギウと過ごせばわかるようになると思うぞ」

「それは面白そうだけど、そうもいかないから。別件の任務があるし」

「うん?」

「魔族のことも含めて、屋敷についてから今の話もするよ」

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