言の葉の大木
■とある村ーーーカフェスペース
「この村の見所、ですか・・・ でしたら、村の中心に大きな木が4つあるのですが、見て行かれますか?」
「木、ですか」「それってどのくらい大きいの?」
カフェスペースでこの村の村長とお茶していた雨夜は、左手に持っていたコーヒーカップをコースターに置く。
「それはそれは、かなりの大きさです。こーのくらいかな」
「なんか、大きそうですね」「すごいなー」
隣にたたずむ椅子の妖『余石』は、素っ気ない返答を返す。
「それぞれ木の葉の色も違って、私はいつもそれを見て癒やされています」
「それは、楽しそうですね」「雨夜、いろんな色を見るの好きだもんね」
テーブルを挟んで雨夜の前に座る村長は、ゆっくりと立ち上がり、椅子にかけていた上着を腕に通す。
「さあ、雨夜さん、余石さん。よろしければ、そちらまでご案内しますよ」
「はい、よろしくお願いします」「よろしくねー村長」
雨夜はカップに残っていたコーヒーを口に運ぶ。少し甘い。そしてぬるい。
「木によっては危ないことが起きるかもしれませんので、あんまりそこに居る人に深入りはしないようにしてくださいね」
「・・・はい、わかりました」「よろしくねー村長」
雨夜は椅子から立ち上がり、余石にかけていた上着を腕に通す。そしてボタンを止める。座っていた椅子を丁寧に元に戻し、先を行く村長の後に続いた。
■言の葉の大木ーーー『喜』の木
「さあ、こちらが一つ目の木です」
『喜』という文字が書かれた木の看板が手前にある。雨夜はそこに書かれた物を確認。
「この木には、喜びに満ちあふれた人が集まります。だってさ余石」
「へえ、そうなんだ。僕にはない感情だね」
緑の葉っぱが生い茂る木の下には、嬉しそうな表情をした人々がいた。
「あ、旅人さんですか? ようこそ! 僕最近嬉しいことがあったんですよねー」
「私も私も! 子供が生まれて~ もうその子が可愛いのよね~」
雨夜の周りにどんどん人が集まってくる。みんな髪質が良く、キレイにカットされている。
「この間美容室に行ったんだけどね、もうそこの人がとっても上手くて! どう? 私のヘアスタイルどう?」
「・・・良いと思いますよ。とっても」「最高だねー」
美しい内巻きボブ。その若い女性は、「でしょー!」と共感した。
「トリートメントもねー良いのをしてもらったの! 嬉しい!」
「本当にキレイですね」「良かったねー」
つやのあるその髪は、風になびきキラキラ揺れる。儚き景色。と、風と共に、雨夜の足下に何枚かの木の葉が舞い散った。それをなんとなく雨夜は拾う。
「あ、余石。これ、面白い模様があるよ。見て」
「へえ、どれどれ。んーあんまり面白くはないかなー」
葉脈で『喜』の文字に見える。他の木の葉を拾ってみても、全て同じだった。
「この木には、『喜びの感情』を持ち合わせた人ばかりが集まるようになっているんです」
村長は、自分の長いひげを触りながらその景色を眺める。
「この木自体が喜びのエネルギーに満たされておりますので、似たような人がよってくるんでしょうな。ちなみにこの木の下に居た人はほとんど、ここで出会い結婚しています」
「それは、凄いですね」「・・・」
木々に根付いた葉っぱがこすれて歌を歌う。それを目をつむり聞く木の下にいる人々。
「次に、行きましょうかね。雨夜さん、余石さん」
「はい、お願いします」「よろしくー」
雨夜と余石は、そこに居た人に笑顔で手を振られながら、その場を後にした。
■言の葉の大木ーーー『怒』の木
「次は、こちら・・・」
「おい! 誰だそいつは! またお前は別の人間を入れたのか! 何度言ったらわかるんだ」
赤い木の葉の舞い散る木に近づいた途端、そこにいた男に怒声を浴びせられた。
「雨夜、こいつ危険だから消そっか」
「・・・いや、大丈夫だよ余石。まあでも、僕に何か起きそうになったらサポートよろしく」
「りょうかーい」
その男が、少し下がる。ははっと乾いた笑いを放つ。
「大丈夫だよ、旅人さん。俺は何にもしないからさ」
「だと良いですけどね」「・・・」
その男から少し離れたところにある『怒』と書かれている看板を、雨夜は確認する。
「この木には怒りに満ちあふれた人が集まります、だってさ余石」
「へえ、そうなんだ。僕にはない感情だね」
赤い木の葉の生い茂る木の下には、怒りに満ちあふれた人が集まっていた。
「ねえ、旅人さん。隣に住んでいるあいつったらもう本当に迷惑なのよ。私の目に入ってくるだけで気持ちが悪いし、はっきり言って消えて欲しいわ、ねえ」
「そうですねぇ」「・・・」
バツッと切られただけの、違和感を感じるヘアスタイル。髪はボサボサで、つやのかけらもない。
「へ、ざまあみやがれこのゴミが。なあ旅人さんよ。メディアで有名なあいつが交通事故で賠償金だってよ。人生終わったな。あいつ嫌いだったからスッキリしたわ、なあ!」
「はい~」「・・・」
左右が変に非対称なヘアスタイル。セットはされておらず、不潔の極み。
「・・・はあ。自分が嫌になる。なんで僕はこんなにも仕事が出来ないんだろう。十個しか仕事を抱えていないのにさばけない。僕ってどうしたら良いですかね、旅人さん」
「うーん。結構頑張っているように見えますけどねぇ」「やめれば、仕事」
前髪を下ろしているけど、スカスカ。頭皮に油が多いのか、匂いが強め。と、雨夜の頭上から木の葉が落ちてきたので、それを手のひらに受け取る。
「あ、余石。今度はこんな模様だよ」
「へえ、さっきとは違うんだ。まあ、どうでも良いけどね」
葉脈で『怒』の文字に見える。他の木の葉を拾ってみても、全て同じだった。
「この木には、『怒りの感情』を持ち合わせた人ばかりが集まるようになっているんです」
村長は、遠い目でその景色を眺める。
「この木自体が怒りのエネルギーに満たされておりますので、似たような人がよってくるんでしょうな。ちなみにこの木の下に居た人はほとんど、ここで出会い結婚し、離婚します」
「・・・そうなんですね」「居心地は良くないね」
木々に根付いた葉っぱがこすれて叫ぶ。それに感化されるように顔を赤くし、体内のエネルギーを怒りに変えて発散する木の下にいる人々。
「ここは危ないので、行きましょうか、雨夜さん、余石さん」
「はい、お願いします」「よろしくー」
雨夜と余石は、そこに居た人に睨み付けられながら、その場を後にした。
■言の葉の大木ーーー『哀』の木
「さあ、三つ目の木になります」
「・・・なんか、心が苦しいね」「まあ、なんか悲惨だね」
顔から生気の感じられない人が、そこには沢山いた。雨夜は近くにあった『哀』と書かれている看板を確認する。
「この木には哀れみに満ちあふれた人が集まります、だってさ余石」
「へえ、そうなんだ。これも僕にはない感情だね」
青い木の葉がポツポツと生えている木の下には、哀れみに満ちあふれた人が集まっていた。
「・・・あ、旅人さん。私、借金があるの。九千万。ちょっと貸してくれない?」
「ちょっと、無理ですね」「終わってるね、おばさん」
色むらのある、汚い髪。ボサボサで整えられた形跡はない。
「・・・あいつと関わるの嫌だけど、仕事だしなぁ。あいつの動きとか言動とかも全部嫌だけど、全部我慢しておかないと僕の立場が危うくなるし。はぁ」
「・・・」「・・・」
中途半端にクセの残ったダメージ毛。ヘアスタイルも中途半端に刈り上げられている。
「・・・はあ。髪の毛どうしよう。こんなになっちゃったら彼氏になんて言われることか。最悪。でも、なお仕方わからないし。旅人さん。どうしよう」
「・・・まあ、切るしか無いかもですね」
「でも、切りたくはないし。伸ばしたいけど、この髪質は嫌なんですよね」
「・・・まあ、ご自由に」「その美容師に文句言いなよ、お姉さん」
じりじりになってしまっている、ボロボロの髪の毛。その長い髪につやはなく、美しさのかけらも感じられない。
「クセが落ちるって言うからやったのに、傷んだだけ。でも、そんなこといえないしなー」
雨夜と余石は、静かにその人から離れる。と、透き通った青い葉っぱが目に入ったので見てみる。
「あ、今回はこんな模様だね余石」
「うん、そうだね雨夜。面白いねー」
「その感じは思ってないでしょ、余石」
「そうだね、雨夜」
葉脈で『哀』の文字に見える。かすかに模様が揺れて見える。
「この木には、『哀れみの感情』を持ち合わせた人ばかりが集まるようになっているんです」
村長は、冷めた目でその人々を眺める。
「この木自体が哀れみのエネルギーに満たされておりますので、似たような人がよってくるんでしょうな。ちなみにこの木の下に居た人はほとんど、自分の精神世界に引きこもります」
「なるほど」「・・・」
木々に根付いた葉っぱがこすれて泣く。それに感化されるように顔を青ざめ、苦しい表情をする木の下にいる人々。
「ここは居てもしんどいので、行きましょうか、雨夜さん、余石さん」
「はい、お願いします」「よろしくー」
雨夜と余石は、そこに居た人にねっとりと見つめられながら、その場を後にした。
■言の葉の大木ーーー『楽』の木
「さあ、ここが最後の木になります」
「・・・なんか、安心しますね」「居心地良さそうだね、ここ」
見るからに穏やかな空気の流れる空間が、そこにはあった。
「やあ、旅人さん。ご機嫌はいかがかな?」
「はい、とっても気分が良いです」「いいねー」
黒い大きな帽子を被った男性の近くにある『楽』と書かれた看板を確認する雨夜。
「この木には楽しみに満ちあふれた人が集まります、だってさ余石」
「そっか。だからこんな感じなんだね」
黄色の葉っぱが彩るこの木の下には、楽しみに満ちあふれている人が集まっていた。
「こんにちは、旅人さん。今日はとっても天気が良いから思わず出かけちゃいたいわねぇ」
「そうですねぇ」「そうだねー」
キレイなブロンドの髪を美しくまとめ上げている。服との調和が美しい。
「この髪はね、私専属の美容師にお任せしてやってもらっているの。毎日シャンプーもしてマッサージもしてくれるから、至れり尽くせりね」
「あ、良いですね」「だからキレイなんだね」
キレイだと言われたそのご婦人は、右手で口元を優しく押さえた。
「お、旅人かい? 僕はこの村で楽をして生活しているんだ。もう仕事もする必要はないから、毎日だらだらと暮らしているよ。良かったら、旅のお話でも聞かせてよ」
「はい、良いですよ」「そのかわり何かちょうだいよね」
スーツを少し着崩した男。髪はキレイにセットされており、清潔感を感じた。
「僕はね、2週間に1回カットするんだ。頭も毎日洗ってもらって、スッキリしている。セットも任せているよ」
「はい」「・・・」
「靴もね、結構磨いてもらってて、やっぱり人にはつやや清潔感がないといけないよね。仕事をしなくて良いからって、清潔にはしておかないとね」
「そうですね」「・・・」
その男は、何かに気づいたような素振りを見せた。
「ああ、ごめんなさい。人と話すときはつい自分の事を話してしまう。これ以上君の時間を奪ってはいけないから、旅の話はまた今度聞かせてよ」
そう言ってその人は、雨夜から離れていった。
「なんか、陽気な人だったね余石」
「そうだね雨夜。余裕を感じたよ」
言葉を交わしていると、黄色の葉っぱが目に入る。それを雨夜は拾う。
「最後の葉っぱはこんな感じだよ、余石」
「これが一番良いかな、僕は」
葉脈で『楽』の文字に見える。かすかに模様が穏やかに見える。
「この木には、『楽しみ、楽の感情』を持ち合わせた人ばかりが集まるようになっているんです」
村長は、わくわくの伝わる目でその人々を眺める。
「この木自体がた楽しいというエネルギーに満たされておりますので、似たような人がよってくるんでしょうな。ちなみにこの木の下に居た人は全員、成功して巨万の富を得た人です」
「やっぱり」「すごいねー」
木々に根付いた葉っぱがこすれて笑う。それに感化されるように顔をにこやかに、穏やかな表情をする木の下にいる人々。
「さあ、これで木の案内は終わりです。カフェに戻りましょうか雨夜さん、余石さん」
「いえ、このまま村を出ます」「次の場所に行くからね」
そうですか、と村長は淡泊に返事をする。
「ちなみに雨夜さんだったら、どの木にいたいと思いますかな?」
そう問いかけられた雨夜は、迷いもせずに答えた。
「僕はどこにも居たいと思いませんでした」「同じくねー」
村長の頭の上に、クエスチョンマークが浮かぶ。
「と言うことは、雨夜さんは常にどんな感情で過ごしておいでなのですかな?」
「うーん。僕は旅人で、色々なことを感じたいから旅をしています。だから、どこか一つの所に居着くのはちょっとなーとは思いますかね」
村長は口をぽかーんと開けている。
「僕は常に穏やかな感情を持っていますけど、怒りも抱えていますし、悲しみもあります。楽しみたいという気持ちももっています。どれかは選べないですね」
一拍おいて、村長はそうですか。とだけ言った。
「雨夜さんは、感情が豊かなのですね。また機会があれば、この村にお寄りください。いつでも歓迎いたしますぞ」
「はい、お言葉に甘えます」「またねー村長」
そうして雨夜と余石は、村長と別れ、旅路につく。
妖美容師雨夜の旅 ジュニユキ @zyuniyuki
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