自動販売の村:2

■おじさんのカット


「僕は、雨夜と申します」「余石だよーよろしくねー」


 

丁寧に、雨夜はお辞儀をする。その人は少し会釈し、名を名乗った。



「俺は哲治だ。よろしく」


「哲治さんですね。よろしくお願いします」

 


ふわっとカットクロスがつけられる。首から髪の毛が入らないように、ネックシャッターをつけた。



「この椅子に座ったら、何だか久しぶりに心が落ち着くわ」


「そう。ありがとねー哲治ー」

 


余石の、無機質な返事は、風に流れて消える。



「それで、ヘアスタイルなんですけど・・・」


「何でも良いよ」

 


哲治は、雨夜の声を遮るように言う。濡れた髪が、首に張り付く。



「何でも、ですか」


「ああ、俺は何でもいい。何でも良いから、こんなになるまで放っておいたんだろうが」

 


哲治の少し語気を強めた言い方に、少しばかりの沈黙が起きる。



「わかりました。では、当分切らなくても良いくらいの長さで、かっこよくさせて頂きますね」


「・・・よろしく」

 


雨夜は持ち出した少しの荷物からシザーケースを取り出す。そして、ハサミとクシを取り出し、両方右手に持つ。



「・・・」


「・・・」

 


つむじから毛が流れている方向を見ながらクシで梳かし、雨夜は哲治の髪が右から左に流れやすいことを確認した。



「それでは、切っていきますね」


「・・・」

 


雨夜は髪の毛を分け取る為に使うクリップを取り出し、サイドからバックサイドに分けとっていく。反対側も同じように分け取り、刈り上げ始める。



「哲治さん。この村にはお一人で住まわれているんですか?」


「・・・悪いか」


「いえ、全く。他には人が居なさそうだなって思ったので、聞きました」

 


短くなっていく。濡れた毛が地面にポトリと落ち、その場にとどまる。



「この村は、なんだかさみしい感じですね」


「・・・」

 


っちゃ。ハサミとクシが当たる音。



「機械が、とっても多いですね。便利そう」


「俺に取っちゃ、俺の仕事を奪ったゴミどもだ」

 


さく、さく、さく。頭皮から髪の毛が切り離される。



「仕事を、奪われたという事ですか?」


「・・・ああ。俺はこの村で商売をしていた。みんなと」


「みんなと、ですか」

 


刈り上げ部分の荒切りが終わり、微調整に入っていく。



「商売が、俺の生きがいだったんだ。それを、あんな糞みたいな機械に奪われたんだ」

 


えり足部分をキレイに剃っていく。産毛が摘み取られていく。



「哲治さんは商売人だったんですね」


「だったじゃねえ。今も俺は商売人だ」

 


左の刈り上げがいったん終わり、右サイド~バックサイドの刈り上げに入る。



「よく、伸びてますね髪の毛」


「・・・ああ」

 


しゅきしゅきしゅき、ハサミがこすれるたびに、髪が地面にポトリと落ちる。



「ここには元々、沢山の人が居たんだ。毎日賑わっていた」


「はい」


「俺が商売を好きなように、みんなも商売が好きだった」


「はい」

 


荒切り。段々と短くなる髪をクシでなでると、髪が頭皮とリズムを奏でる。



「ある日の事だ。四角い動く箱がこの村に現れた。「この村は自動化する」と言って、いきなり機械を置いていったんだ。意味がわからなかった」


「・・・」

 


刈り上げの細かい調整に入っていく。集中し、なじむようにカットしていく。



「いきなりその機械を置かれてから数日後、村のみんなは忙しくなくなった」


「仕事が少なく、なったんですね」


「ああ、普段の半分も仕事がなかった」

 


刈り上げ部分が終わり、上の長さを切り、他の髪を切る際のガイドを作る。



「でも、忙しくなくなったんだったら良かったんじゃないですか? 忙しいとしんどいし」


「知ったような口を聞くな」


「・・・すみません」

 


ガイドに合わせて、放射線状に髪の毛をカットしていく。哲治の髪は細く、絡みやすい。



「村のみんなは、どんどんその仕事量になれていった。機械もどんどん増えていき、やがてほとんどの仕事があの機械に取られてしまった」


「・・・」

 


しゅきしゅきしゅき、っちゃ。リズムよくカットしていく。どんどんすっきりしていく。



「そしたらどうなったと思う?」


「・・・わかりません」


「みんなお金を稼げなくなってしまったんだ」

 


放射線状に切り終わったので、刈り上げ部分をなじませる作業に取りかかる。



「お金を、稼げなくなったんですね」


「ああ、そしたらさ。何にも買えないんだよ、みんな。だからさ、井戸の水を飲むことしか出来ない」

 


微調整。なじませないとダサくなるので慎重にハサミを入れていく。



「なんだか、大変なことになったんですね」


「・・・ああ」

 


なじませるのと合わせて、すきバサミで髪の毛を根元からすいていく。満員電車から人がとある駅で降りていくように、髪がどんどん動きやすくなっていく。



「だからどんどん、人がこの村から離れていった」


「お金を稼ぐために、ですね」


「・・・ああ」

 


しゅきしゅき、しゅきしゅき、しゅきしゅき。



「・・・」


「・・・」

 


均等にすき終わったので、チョップカットでさらに髪の毛を動きやすくしていく。



「哲治さんは、この村に残ったんですね」


「残ったんじゃない、残らされた」


「残らされた・・・?」


「一人残って機械の管理をしろと言われた。俺は寡黙だったからという理由で、選ばれた」

 


髪にどんどん隙間が生まれ、のびのびと動きやすい環境になっていく。



「・・・そうなんですか」


「・・・ああ」

 


カットが一通り終わり、最終確認をしていく。バランス、量感、質。全てを確認する。髪の毛を払い、清潔なぬれタオルで首元を拭いていく。



「よし、キレイになりました」

 


ネックシャッター、カットクロスを取り、小さな手鏡を持ってもらう。



「・・・まあ、良いんじゃないか」


「ありがとうございます」

 


左に流した刈り上げスタイル。完成した雨夜は、大きく息を吐いた。



■宿


「で、雨夜。妖の名前と居場所は聞いたの?」


「聞いたよ、余石。『オートル』だってさ。場所は村の上の方。山になってた所」

 


宿に帰ってきた雨夜は、体を清潔にしてからベットにぽんと座る。余石はその隣に。



「どんな妖かも聞いたかい雨夜?」


「四角い形をした機械で、上の部分にながーい髪の毛のような物があったってさ、余石」


「そっか。それだけ情報があれば、問題はなさそうだね雨夜。さあ、人間の雨夜は寝ないと何も出来ないんだから、ゆっくりお休み」

 


雨夜は少し穏やかな表情になり、布団にゆっくりと入る。



「はいはい。人間の僕はゆっくり寝させてもらいますよ。お休み、余石。明日は早いから、準備しといてね」


「了解、雨夜。おやすみー」

 


ゆっくりと、夜は更けていく。



ーーーーー



陽がゆっくりと上がる頃。



「おはよう、余石。さあ、行こうか。余石? おーい、余石。起きてるのはわかってるよー」


「・・・」


「・・・カットが終わったらキレイに拭いて上げるよ」


「お、雨夜気が利くね。さ、早くいこーか」


「さすが、都合良しの余石だね」

 


雨夜は服を着替え、旅路を整える。キレイに布団を畳み、部屋をある程度整頓し、外に出る。壊れた機械の声が「ありgとうgzイマシた」と感謝の言葉を言う。



「お世話になりました」

 


雨夜は機械の音声に、丁寧な言葉と態度を示した。



■自動販売の村ー山になっている部分


「あ、あの者が妖『オートル』じゃないかな雨夜」

 


四角い表情のある箱。の上に伸びきった黒髪。見た感じ直毛で、量が多いように感じる。



「多分、そうだね余石。だってほら」


「じdーじdーじdーじdーじdーじdーじdーじdーじdーじdー」

 


正常な発音ではない音を、その四角い箱は発している。同じ音程で、音をかすらせながら、同じ事をひたすら言っていた。



「何か、言葉を繰り返している。余石、この者」


「うん、『厄』を抱えてるね」

 


二人には、普通の人が見えない『何か』が見えている。



「ほら、そこの箱の方」

 


余石がそう言うと、妖『オートル』の動きが止まる。

 

二人はいつものように、慣れ親しんだ知り合いに話しかけるように、こう言った。



「ここに座りなさい」「僕に座りなよ」

 


そう言った瞬間、余石の周りに出ている青色のオーラに似た何かが強まる。するとその『箱の方』は大人しく余石に乗るように腰掛けた。



 ーーーーー


 瞬間、世界が変わる。


 ーーーーー

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