チャンスのつかみやすい村:2

「うわっ」



細かい石の敷き詰められた地面。その地面から少し出ていた石ころにつまづき、雨夜はこけそうになった。



「大丈夫ですか、雨夜さん。入り口なので、早めに舗装しておかないといけないですね。ハハ」



整頓されている。雨夜はそんな印象を受けた。



「それでは雨夜さん、余石さん。先ほどの事で疲れているかと思いますので、この村のお茶所にでも向かいましょうか」


「・・・・・・そうですね、そうしましょうか」「それでよろしくーフーキ」



フーキが前を歩き、雨夜と余石がそれに続く。



「あら、旅人さん? 珍しいわね、これも誰かのチャンスが形になったのかしら。ゆっくりしていってね」


「何かチャンスを掴むことができたらいいですなぁ。ふぉっふぉ」



村人のそんな声に、雨夜は笑顔で対応する。



「やっぱり、ここの村の人はチャンスに敏感なんですかね?」


「雨夜さん、敏感・・・・・・なのかもしれませんが、そうでもないのかもしれません。さあ、つきましたよ」



入り口からそう離れていない、均等に並んだ家と綺麗な道路。そのすぐそばに小屋があった。建物自体はレンガ調で、おしゃれな雰囲気を醸し出している。



「おーあー客人ですかな? フーキ」



お店の前のカフェコーナーでくつろいでいた一人が、カップ片手に声をかけてきた。



「はい、村長。この方は雨夜さんと余石さん。私のチャンスを手に入れるための問題を颯爽と解いてしまわれた素晴らしい方々です」



フーキのその言葉を聞いた瞬間。周りにいた人々がざわつき始めた。



「あの者が、問題を解いた?」「そんな凄そうな人間には見えないが」「だまされているんじゃないか?」


「静粛に」



そんな言葉を、フーキに村長と呼ばれた人物は一言でその場を制圧した。



「雨夜さん、と余石さん、でしたかな。村のものが無礼な発言をしてしまった。申し訳ない」


「いえいえ、僕はそんなことでは怒らないですよ。そんなに頭を下げないでください」「雨夜は何にも考えてないから大丈夫だよー」


「おぉ、それはとてもありがたい」



村長と呼ばれた人物は、少し安堵の表情を浮かべる。



「さ、雨夜さん、余石さん。ゆっくりしに来たのが目的なんですから、何か飲みましょう!



フーキにそう言われたので、雨夜はおすすめを、とだけ言い、村人の囲う少し大きなテーブル席に腰掛けた。



ーーーーー



「それで。雨夜さんと、余石さんでしたかな」



雨夜の目の前に、オススメであるコーヒーが置かれる。脇の皿には、バイオコンペイトウと思わしき粒が三粒添えられていた。



「ええ、私が雨夜で」「僕が余石だよ。よろしくねー」


「よろしく。私はこの村の村長であります。早速ですが、フーキの言ったことは本当なのでしょうか?」


「はい、本当ですね。問題を出されたので答えた方が面白いかなと思いまして」


「そうとはいえ、中々普通の人には出来ないことをやってのけたのですから。謙遜しなくてもいいのですぞ」



村長の言葉に、いえいえと手のひらを振りながら雨夜は返答する。



「この村のことを、フーキから何か聞いてはおられるのですか?」


「はい、ちらっとだけですが。{チャンスを簡単に掴むことのできる環境だ}と」


「そうなんです。私どものさいき村は、チャンスを掴むことが簡単にできてしまう環境が整っています」


「ねえ村長。どんな風に掴むことができるんだい?」



余石がそう問うと、はっとした顔になった。



「そうですね。そこから話をしないといけませんね。例えばなんですが、あるものが歌手になりたいと思います」


「はい」


「そしたら沢山のことをしなくてはいけなくなります。練習、路上パフォーマンス、業界への働きかけ等々様々です」


「うん」


「それを自分がしなくても、なりたいと願った瞬間にその話が順番に舞い込んでくるようになります」


「そうなんですね」「そうなんだ」


「はい。全て自分で何もしなくてもチャンスが舞い込んできて、そのときそれを掴まなくてもまたチャンスが舞い込んでくる。いつ何時もチャンスであふれーーー」


「ねえ村長。さっきから気になってたんだけどさ」



余石が話に切り込んだ。


「はい、何でしょうか?」


「さっきからあっちの方でペコペコしている者は何なの?」



その言葉につられ、村長はそちらを向く。雨夜もそれに習った。



「ああ、あの方がチャンスを舞い込ませてくれる者なのですが、どうも最近おかしくて」



村長はすぐに目をそらし、コーヒーカップを口元に持って行く。



「フーキ」


「はい、何でしょうか雨夜さん」


「髪の毛、いつから切ってないの?」



雨夜の意外な問いに、少し詰まらせながらもフーキは答えた。



「ええっと、そうですね。一年くらいは切っていないかもしれないです」


「じゃあ、切りましょうか。村長さん、椅子とクロス等は準備がありますので、髪の毛を切らせてもらえる環境はありますか」



村長は、はてなの浮かぶ表情。



「雨夜、自分の身分を説明してないよ」


「ああ、そうだったね、余石。村長さん。私は髪の毛を切ることを生業としております美容師です」



そう言うと、村長は納得した表情になった。



「準備させてもらいます、雨夜さん。こちらに人の少ない広い空き地がありますので、そちらをお使いください」



ーーーーー



だだっ広い、空き地。所々に草木が生えており、土煙が少々。



「ここだけ舗装されていないんですね」


「はい、ここを舗装したら完璧に砂埃の立たない村になるのですが、そういう訳にもいかず」


「・・・・・・」「・・・・・・」


「ではフーキ。すっきりしてもらいなさいな」


「はい、村長!」



その返事を聞くと村長はほほ笑み、元の場所へと去って行く。ここにいるのは、雨夜と余石、そしてフーキの三人。



「さあフーキ。余石に座ってご覧なさいな」



雨夜の声かけにフーキは素直に従う。フーキは座った瞬間、力の入っていた表情が少し崩れ、リラックスしている様子になった。



「余石さん。あなたに座ると、なんだか心が洗われたかのような気持ちになりました、ハハ」


「そうでしょ? 僕はとっても凄いからね」



余石は力を感じない無機質な声で、そう答えた。


雨夜は首に黄色のタオルを前から巻き、その上からカットクロスをフーキに羽織らせる。そしてその上から、髪の毛が首の奥に入らないようにする白いネックシャッターを取り付けた。



「へえ、凄く丁寧につけてくれるんですね。髪を切る人は皆、ざっくばらんとしているのかと思っていました」


「僕は丁寧なことを売りにしている美容師ですからね」「一人一人違うよー」



ボサボサのフーキは、ほえーっとしている。



「さあフーキ。今から髪の毛を切っていくんだけれど、いつもはどんなヘアスタイルに切っていますか?」



雨夜のカウンセリングが始まる。



「うーん、その。ヘアスタイルって言う言葉を久しぶりに聞くぐらい髪型には鈍感なので、いつもは適当に自分で短くしている感じですね」


「文房具ばさみか何かでですか?」


「はい、そうですね」


「さっき出会った時みたいに、いつもフードを被っているんですか?」


「はい、髪の毛を押さえるといった観点から見ても、自分で適当に切った方がお金もかからないし、合理的です、ハハ」


「そうですか、では全部髪の毛を刈り上げてしまってボウズにするのはどうでしょうか? 今の長さまで伸びるのにはとても時間がかかるから、楽だと思いますけど」



雨夜のその提案には、さすがのフーキもだじろいだ。



「いや、さすがにそれは髪の毛が無い人みたいに見えて嫌かもしれません、ハハ」


「と言うことは、フードを被っているときに髪があるように見せたいけど、楽な方がいい。そんな髪型があれば楽そうですね」



フーキは顎に手を置き、少し考え。



「そう、なります、ね。ハハ。自分はそう思っていたんですね。初めて気づきました。凄いですね、雨夜さんは」


「それほどでもありません」「まだカウンセリングの途中だよー」


「なので前髪部分をかっこよく見せつつ、フードを被って見えない部分を全部刈り上げてしまう。そうしたらフードを被っているときに髪の毛があるって他の人も認識できるし、フードの中がもっさりとしないからイライラしない。どうでしょうか」



フーキは雨夜の提案を、頷きながらすんなりと受け入れた。



ーーーーー



「さあ、切っていきますね」「切っていくよー」


「はい、よろしくお願いします」



雨夜は腰にシザーベルトを巻き付ける。そこからくしを取り出し、まずはフーキの絡まったボサボサの髪を毛先から解いていく。



「結構絡まってますね」


「はい、ご迷惑をおかけします、雨夜さん」


「いえいえ」



簡単に解きほぐすと、雨夜はスプレイヤーでフーキの髪の毛を少しずつ濡らしていく。



「結構くせ毛なんですね」


「そう、なんでしょうか? ボサボサだとしか捉えていないので、よくわからなかったですね、ハハ」



濡らすと思った以上に伸びたその髪の毛は、肩の辺りを超える長さだった。


雨夜は前髪の部分を分けとる為に、まずはクシで頭のてっぺん付近が頂点になるよう計算し、三角に分けとる。そしてその三角部分をダックカールクリップで優しく留める。



「ほぉ、そんなに綺麗に分けるんですねぇ。やっぱりプロは違いますね、ハハ」


「そんなことはないですよ」「そんなことはないよー」



雨夜はハサミを取り出し、まずは長すぎるその髪の毛たちを適当にサクサクと切っていく。



「フーキ、それでなんだけど、さっきのペコペコしていた者はどんな者なの?」


「・・・・・・ああ、さっきの者ですか。この村に住まう、妖ですね。ハハ」


「チャンスを掴むことができるのは、あの者のおかげなんですか?」


「はい、そうですね。「チャンス」と言う名の妖なのですが、あの者の髪の毛を掴んだ人にチャンスが舞い込んでくるのです」


「そうなんですね」「それ何かの本で読んだことあるかもー」



床に落ちる、髪。とても長い毛が次々に落ちる。



「そうですか、見たことありますか。嬉しいなぁ、ハハ」


「でも、自ら村の人に対してペコペコしていたからなんだか変ですね」「まるで自分から掴ませているみたいだ」



フーキは表情を曇らせた。



「あんな風になってしまったのは、一ヶ月ほど前からなんです」


「一ヶ月ほどまえ、ですか」


「はい。元々、妖「チャンス」は目に見えないほど早く動き続ける妖なんです。動きの速い人、行動力のある人がどんどんチャンスの前髪を掴んでいき、沢山の人が成功していきました」


雨夜はある程度いらない部分を削ったので、刈り上げの作業に移行する。



「ですが、村人たちがだんだんとチャンスを掴もうとしなくなっていってしまったのです」


「そうなんですか」「なんでー?」


「はい。最初は皆チャンスの前髪を掴もうと必死に、血眼になってやっていました。妖「チャンス」もその事が嬉しかったらしく、簡単には掴めないよう集中してその事に取り組んでいました」



ハサミで丁寧に下から刈り上げていく。頭皮は焼けていないので、青白い肌が露出していく。



「でも、ほとんどの村人が諦めが早く、だんだんと文句を言ったり何もしなくなる人が増えてしまったんです、ハハ」


「そうなんですね」「フーキはどうしてそんなに妖「チャンス」に詳しいの?」



ハサミの入っている後頭部が、滑らかな断面を描き始める。



「・・・・・・そうでしたね。その事をまだお話ししていませんでしたね、ハハ」


「私は一度、妖「チャンス」の前髪を掴み、施しを受けたことがあるのです」


「おお、そうなんですね」「それでそれで」


「昔、私のお母さんが不治の病に倒れました。この村の医者も、ほかの村から来た医者も、もうどうしようもない。後は死を待つのみだ。と宣告しました」


「ええ」


「そんなことを言われた私は、もう絶望しかありませんでした。そんなある日、村に原因不明の砂埃が立つようになりました。


「それが妖「チャンス」だったんですね」


「はい、初めは私も含めて村のみんなは困惑しました。風で砂埃が立っているのとは全く違う「それ」に怖さまで感じたほどです」



後頭部が綺麗に刈り上がり、サイドにハサミを入れていく。



「ですがある者が、たまたま手を差し出したときに前髪に触れ、そして握ることが出来たのです」


「へえ、それでその人はどうなったの?」


「はい、妖「チャンス」に「あなたはチャンスを掴みました」と言われ、その後その方は夢だった都会でバリバリ稼ぐチャンスをもらい、見事叶えたのです」



フーキの髪はとても硬く、「髪を切る」という動作にも集中を要する。



「それは凄いなぁ。フーキもそれで前髪を掴むことをがんばったの?」


「はい。初めはその者が何をしてくれる者なのか皆わかっていませんでした。ですが私は考え、恐らくあの者は何か願いを叶えてくれる存在なのかもしれないと思いました」


「うんうん」


「チャンスを掴んだ彼は前髪を掴んでいたことを思い出し、あの早さで動く彼を掴むにはどうすればいいかを分析し、失敗しながらもやっていきました」


「そうなんだ」


「諦めそうにもなりましたが、お母さんを助けるにはこんな者に頼るしか方法がないと思い、しんどかったですがそれでも続けました」


「うん」


「するとある日、沢山の経験から導き出した自分なりの掴む方法を実践すると、掴むことができました」


「やるじゃん。それでどうなったの?」


「はい。妖「チャンス」に「あなたはチャンスを掴みました」と言われ、その次の日に見知らぬお医者さんが村に現れ、お母さんを見てくれました」


「うんうん」


「そのお医者さんはどんな病気をも治してしまう万能薬を持っていて、それを煎じてお母さんの口に運びました。すると数日もすれば、あんなに苦しんでいた母の表情がどんどんと和らぎ、どんどん元気になっていったのです」


「それはよかったなぁ。凄い凄い」



左サイド、右サイドが刈り上がり、ふうっと雨夜は一息。



「後ろとサイド刈り上がりましたけど、ちょっと触ってみてください」


「はい、ハハ」



雨夜の指示通りフーキは自分の後頭部に右手で触れる。


少しこわばっていた表情が安らかになったようにも見えた。



「うわぁ。何にも無いですね、ハハ。こんなにすっきりしたのは初めてかもしれません」


「でしょー」


「そこは僕が答えるとこだよ、余石」


「はいはーい」



雨夜は最初に分けていた三角ベースの施術に取りかかるため、ダックカールクリップを外し、横スライスにカット。縦にもとり、ランダムに動くようにハサミを入れていく。



「今はお母さんも元気に過ごしているんですか?」


「はい、おかげさまで元気に過ごしています、ハハ。先週もこの村から少し離れた木陰で一緒に本を読んだんです。それがまた心地よくて、ハハ!」


「今までで一番楽しそうな笑い声ですね」「楽しそうじゃん」



それは雨夜と余石がフーキに出会って初めての、笑顔だったかもしれない。



 ーーーーー



「さあ、出来ましたよ」



雨夜はフーキの首回りについていた髪の毛を取り払い、カットクロスを剥がす。



「フードを被ってみてください」



雨夜の指示通り、フーキは自身のフードを頭にすっぽりと被る。



「え、いつもよりフードが大きく感じますね、ハハ。不思議だ」



雨夜は小さな手鏡をフーキに持たせ、自分の顔を見てもらう。



「フーキさんはいつもフードを被っているとのことでしたので、清潔感を保つために、見えない部分は短くさせてもらってます」


「はい」


「見える部分ーーー前髪をあるように見せることで、ヘアスタイルを作っているようには見えるけど、機能的でもある。恐らくフーキさんに合うスタイルはこれが一番だと僕は考えます」


「はあ、凄いですねぇ、ハハ。僕のためにそこまで考えてくれた髪を切る人は初めてかもしれません」


「雨夜は最高だからねー」


「余石。感情がこもってないよ」


「はーい」



雨夜がフーキに、余石から立ち上がるように誘導する。フーキの全身に力が戻っていく。



「はあ、すっきりした。ハハ!」


「それは、良かったです」「じゃあフーキ、妖「チャンス」の所まで案内してよ」



フーキは穏やかな表情。



「はい。雨夜さんと余石さんにもチャンスが降り注いで欲しいので、是非前髪を掴んで上げてください」


「いや、前髪を掴むためではないんだ」「雨夜はそんなんじゃないよー」



フーキは戸惑った。



「え、それじゃあ何のためにですか、はは?」


「それは、決まってるじゃないですか」「髪を切るためだよー」


「え、でも妖「チャンス」は人間ではないですよ? あなたのような普通の方では何も出来ないのではないですか、はは」



大丈夫だよー。と余石が言った。



「僕の生業は、「妖美容師」妖を施術することに長けている人間ですから」



フーキはなんだか納得した表情だ。



「わかりました。詳しくはわかりませんが、ご案内します。こちらです、どうぞ、はは」



頭のすっきりしたフーキは、雨夜たちの先頭を行き、舗装された道を歩き始める。

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