チャンスのつかみやすい村:1

「ちょいとそこのお兄さん。いい話があるんですが、聞いて行かねえですかい?」


「いい話、ですか?」「嘘だと思うけどな、僕は」



河原でお昼ご飯を作成して食していたところに、全身がフードで構成された服を着ている人間ようなものに話しかけられた。



「おやおや、お食事中でしたかな。こりゃ失礼、ハハ」


「いえ、いま食べ終わったところなので。対応しますよ」



雨夜は焚き火の方に向いていた体を、全身フードの『何か』に向ける。



「そうですか。私はとてもラッキーなタイミングで話しかけたのですね、ハハ」



全身フードの人間のようなものは、表情を変えずに笑うそぶりをする。



「それで、本題はなんですか?」


「はぁい。それでは本題に。あなた方はとてもラッキーです。あなた方はチャンスを掴むチャンスを得ましたぁ、ハハ」



その人間のようなものは、それほど大きくない自分のポケットから二つのツボを取り出す。


そのポケットには到底入りそうもない、大きなツボを。



「チャンス、ですか」「嘘だと思うけどな、僕は」


「まあまあ、そう疑わないでくださいな。ハハ。この二つのツボは、同じツボでございます。一つには、なんでも願いを叶えることのできるチャンスを掴むことができる星のかけらが。もう一つには、少し触れるだけでも普通の人間であれば死に値する毒をもつ『エンドサソリ』が、たくさんこのツボに巣食っています。ハハ」



表情を変えず、声だけ笑う全身フードの者。



「ピンセットで摘もうが、どんな入れ物に入ってようが関係ない。そのサソリが触れている物に触れるだけでも毒が周り、死に至ります。ハハ」


「へえ、そうなんですね」「どうでもいいよ、そんなこと」



雨夜は脇に置いていたカップに水を注ぎ、少し飲む。



「さあ、こんなチャンスは滅多に訪れることはございません。選択しますか、それとも選択しませんか? ハハ」



全身フードの者は、両手でそれぞれ持っている二つのツボを少しあげ、雨夜たちに答えを問うた。少し、風が吹く。



「ちなみになんですけど、僕がどちらも選択しない、と言ったらどうなりますか?」


「そうですねぇ。どちらを選択しますか? と聞いておりますので、選択しないとなるとこのツボを落としてエンドサソリを野に放ちますかねぇ。いや、もしかしかしたらですけどね、ハハ。手が滑るってこともあるじゃないですかぁ、ハハ」



全身フードの者の目が赤く光る。



「こりゃあ断れそうもないね、雨夜。どうする? どっちにしようか? 確率は二分の一だから、雨夜の運じゃあいい方は引くことができないかもね。そしたら雨夜と僕の旅は、ここで終わりだね」



ふっと雨夜は鼻で少し笑う。



「そんな寂しいこと言わないでよ、余石。それにもうわかったから大丈夫だよ。確信が持てる」


「ほう、確信が持てる、とな? ハハ」



全身フードの者は、表情を変えずとも少し興味のある態度をとった。



「本当に、雨夜? 大抵そういう時の雨夜って、いいことあった試しがないじゃないか」


「今回は本当に大丈夫だよ、余石。確信が持てるって言ったじゃないか」



余石に笑顔を向けていた雨夜が、全身フードの者に近い無の表情をしながらそちらに向く。



「じゃあ答えますよ。あなたの右手の方が、エンドサソリの入っている方だ。だから僕からみて左を選択する」


「・・・・・・・・・」



焚き火の火が揺らぐ。



「こちら、ですか?」



全身フードの者は、右手に持っているツボを少しだけ高くする。



「はい、そうです。そちらにエンドサソリが入っています。必ずです」


「・・・・・・ちなみになんですが、何故こちらだと思ったのでしょうか? ヒントも何もありませんが、間違えたらあなたは即死にますよ、ハハ」


「理由は二つあります」



そう言って雨夜は、余石の手すり部分を持って立ち上がった。



「一つはツボの色」


「ツボの色、ですかハハ」


「初めの一瞬は同じ色に見えたけど、ほんの若干。そうだな、0.2レベルくらい右手に持っているツボが明るいことに気づいた」


「ほう、それでそれでハハ」


「エンドサソリが触れている箇所半径1メートルが、毒により普通の人間が気づかない範囲で明るくなる、ということを何かで見たかな」


「・・・・・・それで、もう一つの理由は? ハハ」


「もう一つの理由は、あなたが右手につけている黒の手袋です」


「・・・・・・ほう」


「さっきチラッと手の甲が見えたのですが、クモに×のついたマークがついているのが見えました。これでそのマークが光っていなかったら左を選択していたのですが、そのマークがキラキラと輝いていたので確実だと思いました」


「ねえ雨夜、何が確実だって言うんだい?」


「エンドサソリ専用耐毒手袋だってこと」


「・・・・・・・・・」


「このフードの人が人間じゃないことも考えたんだけど、それだったらその手袋をしなくてもいい。人間でないなら、手袋なんかしなくても、毒に侵されることなんてないはずだから」


「・・・・・・・・・」


「その手袋の甲についている、クモに×のついたマークがキラキラしていなくて不透明だったら、偽物の手袋。だから反対側のツボ、もしくは両方にエンドサソリなんか入っちゃいない」


「・・・・・・私が人間だと思う理由は、何ですか?」


「僕が人間だから。人間でないものだったら、余石が何か僕に言ってくれるはずだしね」


「・・・・・・ハハ。ハハ!」



全身フードの者は、高らかに声をあげた。



「正解です! 初めての正解者です! 私は今とても喜んでいます! ハハ!」



全身フードの男は空を見上げ、そして両手をツボ共々あげた。



ーーーーー



「申し遅れました。私、ここから近くにあります、さいき村からきました。名をフーキと申します」



両手にツボを抱えたまま、さっきとは打って変わった真摯な空気を感じ、雨夜は少々たじろく。



「僕の名前は雨夜と申します」「余石だよー よろしくねーフードの人間フーキ」


「よろしくお願いします。雨夜さん、余石さん。それと今更なのですが、ツボが重いので降ろさせてもらいますね」


「あっ」



雨夜が止めようとするのも間に合わず、フードの人間フーキは右手に持っていたツボを放り投げる。



「ちょっとー! エンドサソリが地面に触れちゃうじゃないかー!」



余石が珍しく大きな声で文句を言った後、ツボが地面に激突。そして粉々に砕け、中から。



「・・・・・・お菓子?」



カラフルな小さい粒がたくさん地面に散乱する。



「エンドサソリ、ではないようですね」



雨夜がそう言うと、フーキはフードをゆっくりと取りながらこう言った。



「はい、あなた様を試すために色々と仕掛けさせて頂きました」



そんなことを言っているフーキの髪の毛は、伸び放題だった。



ーーーーー



「あ、これ美味しいですね。甘くて口の中でさっと溶ける感じ。後味もさっぱりとしている」



雨夜はフーキに勧められたカラフルな粒を食していた。



「驚かせてしまい、すみませんでした。ツボの中身は両方とも、地面に着くと自然に還る『バイオこんぺいとう』だったのです。流石の私でも、エンドサソリを準備することは簡単ではありません」


「そうなんでふね」



聞き流しながら、次々に雨夜はバイオこんぺいとうをボリボリ頬張る。



「フーキさん」


「何でしょう、雨夜さん」


「ということは、その右手につけている手袋はエンドサソリ専用耐毒手袋ではないということでしょうか?」



雨夜がそう問うと、フーキは右手の手袋を触る。



「いえ、これ自体は本物のエンドサソリ専用耐毒手袋です。こうして問題を出されたかたに、エンドサソリが入っているんだって思いこませ、この二択に必ず参加してもらいたかったからなのです」


「それは僕のような中途半端に知識のある人間すらも信じ込ませるために、ですか」


「その通りです。やはりあなたはこの手袋の存在を知っておられましたか」


「たまたま、前読んだ本に書いてあった。それだけですよ」



二人はハハハと笑いあった。



「それにしても雨夜さん。ツボの色がほんの少し明るいのがわかったのは、あなたが初めてです。すごく目がいいんですね」



それはそうですよ、と雨夜が言いカバンからハサミを取り出す。



「僕は美容師ですから。染めの経験も豊富です」



そう言うとフーキは、納得したと言う表情で頷いた。



ーーーーー



「ねえフーキ。ところで何でも願いを叶えることのできる星のかけらはこれの事かい?」


「余石さん、その通りでございます。このバイオコンペイトウが、その星のかけらでございます。と言っても、それ自体はただの食べ物なのでそれ自体で願いが叶うわけではありませんが。はは」



雨夜は最後のバイオコンペイトウを口に頬張り、奥歯でゴリゴリ噛む。



「これ自体に何の効力もないとしたら、どうやって願いを叶えるんですか?」



フーキは雨夜のその問いに、こう答えた。



「私の住む村には、チャンスを簡単に掴むことのできる環境が整っています」


「チャンスを簡単に掴むことのできる環境ですか?」


「はい。なので、雨夜さんと余石さんがよろしければ、私どもの村にご案内させていただきます。そこで自分の欲しい、チャンスを掴んでみてください」


「ねえ雨夜。これも嘘なんじゃないの? この人は嘘ばっかりなんじゃないの?」


「余石。今のフーキの声色から察するに、多分嘘じゃないと思う。でも、嘘のような気がする」


「どっちなの、雨夜? 中途半端だなぁ」


「そう、その通りだよ余石。中途半端な気持ちを感じるんだ」


「・・・・・・そこまで、ですか」



フーキは何かに対して感心しているような素振りを見せる。



「その中途半端な語気には、何か理由を感じるんだ。それに少し触れてみたいと思った。それにそろそろ休憩したいと思っていたしね」


「今お昼ご飯を食べて休憩してたじゃないか。ま、雨夜が言い出したら止まらないのは知ってるから、何でもいいよ」



雨夜はフーキに向けて、左手を差し出す。



「と言うわけで、その村に案内をお願いします。何のチャンスが降ってくるかは知らないですけど、なんだか楽しみです」



その言葉を聞いたフーキは同じく左手を差し出し、握手した。


「雨夜さん、余石さん。それではさいき村に、ご案内します。あなたにチャンスが降り注ぎますように・・・・・・」

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