水練りの村:1

「……これは?」



どこに行くのかすらもわからないまま歩き続けていた雨夜は、道のわきからぽっと出てきた二人の子供に何かを突き出された。



「これはね! 水あめっていうの! おいしいよ!」「とろとろしてるけど、とっても甘いんだよ!」


「大丈夫? それ? そんなこと言ってその中には毒が混入していて、雨夜のことを殺そうとしてるんじゃないの? よくあるよ、そういう事」


「こら、余石。こんな子供がそんなことするわけないでしょ?」


「そんなこと言ってると、どこかで足元すくわれちゃうよ?」


「大丈夫だって。今までに嗅いできたどの毒の臭いもないし、色もない」



雨夜は余石の疑いを制し、子供たちに「ありがとう」と言ってから口に含む。



「うん、これはとってもおいしいものだね。甘くて口がとろけそうだ」



雨夜がそういうと二人の子供は満面の笑みを浮かべ、雨夜の手を片方ずつ持った。



「ねえ、私たちの村に来てよ! とっても楽しいよ!」「これよりもっと美味しい物もあるんだ」


「ほう、それは気になるね」


「雨夜、美味しいものがあるところにしか行かないもんね」


「そんなことはないよ、余石。妖のいるところに、僕は行くんだよ」


「それはどうだか」



二人はそんなやり取りをした後、雨夜は二人の子供に手を引っ張られ、まだ知らぬどこかへと導かれる。



ーーーーー



「なんか……凄いね、余石」


「ほんとだね、雨夜。これはさすがの僕でも驚くよ」



「柵」のようなものに触れると、ぽよん。と癒しの音を放った。少しそれは形を歪め、すぐに元の形に戻る。



二人の子供は「せーの」と顔を合わせながらタイミングを取り、



「「私たちの村へようこそ!」」



満面の笑みで両手を広げ、雨夜たちを歓迎した。



「久しぶりにこんなに歓迎されたかもしれないよ、余石」


「そんなことはないんじゃない? 結構歓迎してくれてると思うけどなぁ、どこも」


「旅人さん」



子供たちが声のするほうへと向き、嬉しそうな表情になる。村の奥のほうからゆっくりと歩いてくる二人の男性。一人はひげが伸び、トップの部分に毛のないスタイル。もう一方は最近切ったと言わんばかりの綺麗なスポーツ刈りだ。



「初めまして。私はこの村の村長をやっております、イワンと申します。そしてこちらの方が息子の」


「ヤンと申します。ようこそ、水練りの村へ」



ヤンは雨夜たちに深くお辞儀をする。



「こちらこそ、よろしくお願いします」「よろしくねー」



雨夜も軽く会釈をした。



「旅人さん。この村へは何をしに来られましたかな? 何か理由があって?」


「いえ、そんなたいそうな理由は特に。この子供たちに、おいしいものがあるよって教えてもらったので、来てみようかなって」


「おぉ、そうでしたか。この水練りの村では、水クロワッサンが名物でして。それはそれは、とても美味しいものですぞ」



村長は少しよだれを垂らしそうになっていたが、寸前で止まった。



「そっか。僕は食べられないけど、雨夜。味の感想教えてね」


「はいはい、わかりましたよ。っと、うわぁ」


「こっちだよ!」と、二人の子供に勢いよく両手を引っ張られる雨夜。余石は自分のペースで、そのあとに続く。


「こらこら、あんまり旅人さんを急がせるんじゃないぞ」


「はーい!」「わかった!」



村長の息子さんに言われた注意事を適当にきき流しながら、二人の子供は色んなところを案内してくれる。




ーーーーー




「はい、いらっしゃい。あら、あんたたち。その人は?」


「旅人でーす」


「こら、余石。初対面の人に向かって失礼でしょ」



元気なお母さんのような雰囲気を持った女性は「そんなの気にしなくてもいいのよ」と言いながら、僕たちを歓迎してくれた。



「この人たちにね、水クロワッサンをあげて欲しいの!」


「そうかい。じゃあ一つでいいかね。お金は良いよ」


「いえ、きちんとお金は払います。それは守りたいことなので」


「いいのよ、この子たちのお願いなんだから素直に甘えときなさい」


「雨夜は頭カチカチだからねー」



余石の小言をスルーした雨夜は、お金を支払わずにしぶしぶ水クロワッサンと呼ばれるものを受け取る。



「柔らかくないんですね」



村の柵が水のように柔らかくぷにぷにしていたので、てっきりこのクロワッサンも柔らかいと思っていた雨夜。意外だったのか、少し驚く。



「まあ、食べてみな」



水クロワッサンをくれた女性に言われるがまま口に運ぶ。



「普通の、クロワッサン……じゃない」



一口噛むと、サクッとした食感。その次に起きたこと。それは、口に入れたものすべてが液体になり、喉の奥に流れ込んだことだった。



「美味しいです。こんなの初めて食べました」


「そうかい、それは良かった」



その女性は、ニコッと笑った。



「そのクロワッサンはの、この村の伝統的な手法『水練り』の技術によって作られたのじゃ」 後からゆっくりと歩いてきた村長が、雨夜に語り掛けるように説明してくれる。



「水練りの技術、ですか?」


「そうじゃ。水を練り合わせてどんな物質にも変化させてしまう技術、それが『水練り』の技術じゃ」


「そうなんですか。それはとてもすごいことですね」「凄いよおっちゃん!」


「はは、そうじゃろうそうじゃろう。それではここでも何だし、家に来なさいな」


「こちらです」



雨夜たちは水クロワッサンをくれた女性と子供たちに別れを告げ、誘導されるがままに村を練り歩く。最初に目に入ったのは、普通の家。だけど、中が全て見えている。日の光が家の中に入り込み、煌めいている。よく見ると、ちらほらと天井や壁に穴らしきものが開いている家もあった。



「あの家も、全て水で出来ています。雨などは吸収して不純物を排出し、地震が来ても衝撃を吸収するので、壊れる心配はありません。もし何かがあって壊れた時でも、形状記憶の法則に基づいて出来ているこの技術は、温めると元に戻る性質があるので問題ありません」



その周りにある物も水、村に入る前に触ったあの柵も水。



「包丁などの普段使う道具なども、全て水で出来ております。さあ、つきましたよ」



雨夜と余石は、息子に招き入れられるがままに水の藁で出来た家に入る。誘導されて座る椅子も、ぷにぷにとしていた。



「この村はエコですね」



雨夜は最初に抱いた感想を村長イワンとその息子ヤンに伝える。



「そうじゃろう。この村は自然と共に生きておるのじゃ」


「ですが……」



ヤンの顔が少し曇った。



「ですが?」


「最近、その技術力が少し落ちているような気がするのです」


「技術力が落ちている?」


「はい。そうなんです。この村には何か問題が起きている」


「ちょっと待って。雨夜。その話はおっちゃんの髪の毛を切りながら聞いたら良いんじゃない?」


「……そうだね。失礼ですがイワンさん、いつから髪の毛を切っておられませんか?」


「そうじゃな。もう半年は切っておらんじゃろうか。しかし、何故急にそんなことをお聞きに?」



雨夜は一息ついてから、こう言った。



「私は旅をしている美容師でございます。その人にお世話になる代わりに、髪の毛を切ることを生業としております」



村長イワンは穏やかな目になり。



「そうであったか。では、よろしく頼もうかな」


「村長、私が話を」


「いや、大丈夫。わしがこの村で起きている問題について話してみよう。この人は信用しても良いような気がするのじゃ。そんな気がする」



村長イワンは息子ヤンの好意を制し、雨夜に正式にお願いをした。






った。

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