第96話 青い仮面と猛獣

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「また会いましたね、星田健誠さん」


 長い黒髪の、青い仮面を着けた奴は倒れた俺のそばに立ち、粉々になったガラスを素手で拾い集めている。只者でないオーラを感じる。もしかして、こいつが……結界を作り出したのか?


ゾウ、彼の名前だよ。そして自分は、ボウ


 奴はあの獣を指差して、雑だと言っている。なるほどな、あの獣もSoulTの一員ということだな。佐野が言っていた、人間の形を捨てたSoulTのメンバー、それはこの獣のことだった。池袋の時に居なかったのも、目立つから。人間を超越するために、人間を捨てたか。


 亡は手に持ったガラスを空中に放り投げ……武器にした。奴がガラスの破片に手をかざした瞬間、それらは鋭い牙となり、ドリルのような形状へと変化した。そして、奴のかざす手の中に収められている。こいつは結界を作り出す他にも、ガラスを空中に浮かせ、武器にすることもできるのか。


「雑、貴方は今を探しに行きなさい」


 今を探す、奴は本当にSoulTを抜けたのか。なら、渋谷を結界で囲ったのも……逃げた今を取り戻して殺すためなのか。真田、臣のやることだ、有り得なくもない。雑は無言で、北西の方へ向かった。


「今が居ないからねえ、彼とは対話できないのよ。星田くんなら分かるでしょ、今の能力」


 亡は警戒心を解くように、軽い口調で話しかけてくる。しかし奴の手にはガラスの武器があり、うかつに話し返すことはできない。俺は立ち上がり、拳を構える。俺の前にはSoulTが2人、奴らは強大な力を手にしている。それに助けは来ない、連絡はしたが結界のせいで入って来れないだろう。


「そんなに戦いたいのなら、仕方ないね」


 奴は落ちていたガラスの破片を全て、尖ったドリルのような形に変化させ、宙に浮かせた。入り口を塞いでいた雑はどこかへ消えた、こうなるとタイマンだな。しかし、奴は結界を作り出すだけじゃない。ガラスを投げてくる、しかも刺されば激痛を伴うドリル型。


「後悔しないでね」


 奴は、何十本ものガラスを一気に投げてきた。俺はそれを、反射神経を研ぎ澄ませながら避ける。上体を反らして、足を思いっきり蹴り上げて、壁を蹴って横転。着地して、後ろに下がりながらタワーを出て、逃げる範囲を広くしておく。


 ビュンッ!!


 風を切り裂く音と共に、真正面から何十本ものガラスが飛んでくる。それを俺は避けるのみ、対抗の手段とか余計なことは考えない。刺されば激痛を伴い、そのまま殺される。飛んできた破片をキックで蹴り落とし、地面に手をついて回転をかける。


 余裕だ、集中すればするほど、スロー再生のように遅く見える。SoulTといえども、奴は結界を形成しており、そっちに気を取られているんだろう。反撃も視野に入れるべきか、ガラスはドリル型になっているから握ることはできない。蹴りで軌道を変えるくらいがやっと。


 ただ、その時。数百m先に、逃げ惑う学生がいた。俺の真後ろ、数百m先とはいえ、俺がこの、左腕から50cm離れたところにあるガラスの破片を避ければ、それは彼らに当たる。ドリル型で推進力は高いから、今から叫んだとしても、間に合わない。これが、奴の狙いか!


 俺は右足で思いっきり地面を蹴り上げ、ガラスの破片を左腕で受け止めた。手のひら、手首、腕に突き刺さったドリル型のガラスは、元の破片の形に戻っていた。奴の力があるからか、破片は思った以上に深く刺さっている。血もポタポタと流れている。


 医者ならこういう時、「止血のために刺したままにしておけ」というだろう。しかし俺には意味がない、だから俺は踏ん張って破片を抜く。その瞬間、激痛が走るが気合いで我慢し、傷に手を当てる。そうすると、少しすれば傷は回復する。


「ほう、高校生を庇ったのね。いい度胸してる」


 奴は余裕そうにほざいている。しかしガラスは全て投げ終わった。ガラスを武器に変えることはできても、無から武器を作り出すことはできないんだろう。少しずつ傷が治っていく、待ってろ、少ししたらお前を倒し、みんなを解放する。


 しかし、そう簡単には終わらない。


「雑、彼らを殺せ」


 亡がそう発した瞬間、北西の方から巨大な重低音が響き渡る。ズシン……と地面は揺れ、近くのビルのガラスは割れて今にも崩壊しそう。これは……雑の足音か。しかもさっきよりも速い、雑は全速力で駆け抜けている。目標は、彼らか!


 俺も全速力で走り、雑の前に立ち、構える。


「うおおおおおおおおお!!!」


 声を出し、迫ってくる雑を真正面から気合いで受け止めた。象がチーター並みの速さで走ってきている、巨体のせいで奴の走ってきた道は割れている。ラグビーでスクラムを組むように、またはボクシングで下から相手を狙うように、腰を落として両手で守る。


 あまりの勢いに地面は割れ、衝撃で足も折れそうだ。吹き飛ばされそうになっても、必死に食らいつく。象がなんだ、俺に勝てると思ったら大間違いだぞ。100m以上押されても、まだ負けていない。


 そして俺は、透明な壁に叩きつけられた。500m以上は押されていたということか。でも学生たちは逃げることができた、よかった。足は今にも折れそうなほど疲弊しているし、手も血だらけだ。なのに雑は余裕そうに、地面を足で叩いている。奴は人間じゃないから対話できない、故に何を言っても無駄。


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