第89話 喉をガラスで切り裂く

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 ガシャン!!


 ガラスの割れる音と同時に、俺は物陰から外に出た。ジャッカルと目が合うも、すぐには襲ってこない。獣として俺を威嚇しているのか。グルルと鋭い牙を震わせ、鋭い目で俺を睨みつける。坊主頭からは血が、俺を探すのに必死で頭をぶつけたんだろう。これなら、獣の方が賢そう。


「グラァ……」


 と、奴は発した。喋れないのか、それとも奴なりの威嚇なのか。どっちでもいい、俺は持っていたガラスの破片を腰のベルトに差して隠し、何も持たずに奴に近づいていく。奴も四足歩行のまま、俺に迫ってくる。この勝負、どっちが先に出るかで決着がつく。まるで、ガンマン勝負。


「グアッ!!」


 先に出たのは、ジャッカル。奴は鋭い爪を向け、俺に飛びかかってきた。甘かったな、やっぱり本物の獣の方が賢い。俺は腰に差していたガラスの破片を手にし、奴の首の根元と顎に突き刺した。


 グサッ!! ザクッ!!


 肉の断ち切れる音と共に、奴の首から大量の血が噴き出した。もがいて破片を抜こうにも、思うように手が動かないのか、ただ悶えることしかできていない。返り血で真っ赤に染まった俺の顔を見て、ジャッカルは食欲が戻ったのか俺の顔に口を近づけようとするも、上手くいかない。何故なら、顎はもう機能していないから。


 破片を抜き、奴は地面に落ちた。これだけじゃ終わらない、手のひらや足にガラスを突き刺して動けないようにしておく。コイツは裸足だったから既に出血していたが、追い討ちをかけておいた。手のひらにも、聖釘を打ちつけるように深く刺す。


「グラララァ……」


 何か言っているが日本語じゃないから聞き取れない。俺は破片を抜き、ジャッカルの頬に両方から刺した。これで、奴は二度と物を噛めなくなった、両親と弟の彼女と犬を喰い殺したジャッカルに対する、永遠の罰だ。猿ぐつわじゃ足りない。


「ううううううんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんふふふんふんふんふんんゆゆゆゆゆ」


 喉も頬も刺され、声らしき声が出なくなったジャッカルはそのまま眠った。死んではいない、これでも死なないとは……異常だな。ここの刑務所は薬物使用者を収監していない、というか薬物使用者は殺されるから。なのに薬物使用者並に厄介な犯罪者が多すぎる。斎藤誠も、そうだったな。


 俺はガラスの破片を取り、腰に差してから奴らの元に向かった。


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「先生のお力があれば、どこまで爆発させられますか?」


「分からないな。少なくともこの忌まわしき刑務所は消滅する。小さな島であれば消せるだろう。そうなれば、私たちが実権を握る可能性もある。SoulTとやらを倒すことだってできる……星田健誠を消せばの話だがね。ジャッカルを殺した後は、私を殺すつもりか、星田健誠」


 山崎の前では気配を消すのも難しいな。ここまで返り血に染まっていれば、気づかない方が難しいか。それにしても、ジャッカルの血……どこか獣みたいな生臭い臭いがするな。人間の返り血なんて何回も浴びてきた、その度に涙を流しながら洗っていた。今はもう慣れた、悲しさは感じても、涙は流さない。


「ジャッカルは殺してない。だがお前は殺す」


「威勢が良い、しかし私には近づけないぞ。あと1歩前に出てみろ、爆発を食らい君は死ぬ。君が死ねば1分後に爆発が起きる。瀧口波音は君の爆発に巻き込まれて死ぬ。君が動かなければ、私の子分に殺されて君は死に、瀧口波音も死ぬ。だが、君がここで自分の手で瀧口波音を殺せば、見逃してやろう」


 なら、死んだ方がマシだ。瀧口さんは第B棟の医務室にいる。奴らはそこに向かって彼女を殺すだろう……待てよ、医務室にはアレがある。防弾チョッキじゃなくて、アレ。アレさえ手に入れば、俺は無敵となる。でも、これ以上投与すれば……最悪の場合、死ぬ。悪魔の論文でそう語られていた、しかしガリレオの2人はアレをスプレーにして口にかけていた。


 このままこの場で爆発して殺されるか、殴られて殺されるか、瀧口さんの元に行って……一か八かでアレを摂取するか。全てを諦め爆発に巻き込まれて死ぬよりも、一筋の希望にかけて、奴らを殺してやりたい。


 俺は両手を挙げ、叫んだ。


「……瀧口波音を殺す」


「いい台詞だ、感動した。もう一度聞きたいが、リクエストしてもいいか?」


「……ッ、瀧口波音を殺す」


「おぉ、重みが違うねぇ。同僚を自らの手で殺そうと決意した男の言葉、詩集にしたい、ミリオン作家になれるぞ」


 やっぱりこいつも猟奇的すぎる。俺は奴の古文に腕を掴まれ、そのまま引きずるようにして連れていかれた。


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「瀧口さん、ごめんなさい」


 第B棟の医務室、そこに彼女はいた。防弾チョッキを着て、助けに行こうとしていたみたいだが、すぐに子分によって取り押さえられ、防弾チョッキを剥がされてベッドに連れて行かれた。


「離して! 離して!」


 そう叫ぶ瀧口さんを横目に、俺はハサミを探した。これは奴に命じられたもの。俺を運びながら、山崎はこう聞いてきた。「グーとパーとチョキ、どれで相手に勝ちたいか?」と。ジャンケンの話を、殺人のセオリーに重ねたいんだろう。そう察した俺は「チョキ」と答え、それで今はハサミを探している。


 医務室にもハサミはあったが、それは見なかったことにしておく。目的はハサミじゃないから。医務室の隅にあったダンボールの中には大量のボールペンとハサミが。それだけじゃない、奥の薬品棚には……アレが。2つを手にした俺は、瀧口さんが捕まっているベッドの横に行き、ハサミを袋から取り出した。


「久しぶりだね、瀧口波音。この男がこれから何をするか答えてみなさい」


「……知らない」


「素直じゃないね。正解は殺人、今から君のことを殺すんだ。星田健誠くんに提案したんだ、このまま2人とも殺されるか、星田健誠くんだけでも生き残るか。そうしたら、1分もせずに彼は決断した。君を殺すとね」


 瀧口さんは奴にそう言われても、優しい表情で俺に目を合わせてきた。ジャッカルの返り血で真っ赤に染まった俺の顔を見ても、彼女は優しい目で俺のことを見てくるのだった。彼女は俺を信じている、だから俺も、自分のことを信じてみる。


「どうした、もっと苦しめ。2人とも!」


 奴がそう叫んだ瞬間、俺は瓶を机にぶつけて叩き割り、中に入っていた液体をすくって、顔に塗った。俺が探していたのは、暴れる囚人を止めるための鎮静剤の横に入っていた、アドレナリン。


 同時に、俺の体は青く光り、辺りを包み込んだ。


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