第81話 クリスマス編9「破滅へ」
----------
それから4時間後に、俺は目覚めた。
佐野を倒した後、体を修復させていたのだが、どうやら俺はそのまま眠ってしまったらしい。腹に刺さった剣によって空いた穴は塞がっており、欠けた歯も元通りになっている。呼吸もできるし、足も動かせる。でも、完治した訳じゃない。すり傷や打撲といった細かい怪我は治っていなかった。
多分、大きな傷を集中的に治したからだろう。腹の穴とか放っておくと死ぬからな。すり傷程度じゃ死なない。たった4時間でここまで修復できるとは、未知すぎるな、俺の体は。アドレナリンを摂取したからか、あの時から力のレベルが違う。
辺りは現在も封鎖されているが、敵はいなくなった。佐野は爆発し、セルやランドも巻き込まれて死んだ。ついでに佐野の罪も暴かれた、だから近くにいる銃を構えた捜査官は俺に照準を合わせていない。みんな、臣を探している。緑の仮面を被った、SoulTの男を。
奴は佐野を裏切って殺した、何故だ。あの場で何で俺を殺さなかった。用済みだとか言ってたな、よく分からない男だ。よく分からないからこそ、脅威。奴が今をSoulTに誘った、つまり奴はSoulTの結成者。何か奴らとは別の思惑があるはず。
それはさておき、今は俺たちの話をしよう。結果、国際指名手配は取り消された。それだけじゃなく、佐野から逃れるために起こした様々な犯罪が一旦帳消しになった。目黒基地で目黒さんを誘拐したことや、捜査官を殴り倒したことなど、それら全てが「佐野に立ち向かった故の行動」と認定され、今のところは無罪。
でも、全国に爆弾を仕掛けた……という嘘の情報を流したことについては、もしかしたらお咎めがあるのかもしれない。どうなるかも分からない、捜査官に渡された資料にはそういったことが書かれている。
「起きたか」
どこかから声がして振り返ってみると、そこにはショウがトラックの荷台に座っていた。気づかなかった、俺の感覚が鈍ってきているのかも。
「無事か?」
「何とか」
「良かった。これから俺は佐野に操られた捜査官たちと会わなきゃならない。お前も来い、みんな待ってる」
俺はショウの手を借りてトラックの荷台に乗り、そのまま警視庁庁舎に向かった。バリケードも撤去され、大通りの歩道には操られていた民間人たちが泣きながら家族に電話をかけている。首にはマフラーも。本来の使い方だ、マフラーは俺の首を絞めるためにあるんじゃない、携帯電話も。
雪は降り止み、冷たい風が顔のすり傷を痛めつけていく。ああ、痛みを感じているんだ、感じられるようになったんだ。戦えば戦うほど、痛覚が感じられなくなってくる。いつか人間じゃない別の生物になりそうだ、ランド以上に。
そういやSoulTにも、人間を超えた何者かがいるとか言ってたな。池袋で出会ったSoulTのメンバーは4人、でも今は5人いると言っていた。俺が池袋で会っていない1人が、その化け物かもな。嫌だ、人間の姿を保っていたい。まぁ、薬物使用者として能力を手にした時点で、人間じゃないのかもな。
警視庁庁舎に到着して、俺は瀧口さんに会った。彼女は怪我もなく元気そうにしていた、でも俺の傷だらけな顔を見て一気に青ざめていった。血が垂れているのにガーゼも当てずに立っている俺を見て、彼女は労いの言葉よりも先に叱りの言葉をかけた。
「能力に頼らないで、ちゃんと治さないと」
そして彼女は俺の手を引いて、医務室に連れていった。医務室に常駐している方々は、催眠の解けた民間人の保護に回っており、ここには俺たちしかいない。彼女は綺麗なガーゼを俺の顔のすり傷に当てて、出血を止めている。そんな大した怪我でもないのに、でもそれが彼女の付き合い方なんだろう。
「23時30分、あれから4時間しか経ってないのに、もう傷が塞がっているんだね」
米軍基地で受け取ったニンジャスーツは所々破れており、肌が露出している。剣が刺さっていた腹部は血で赤いものの、完全に塞がっており傷は見えない。でも、瀧口さんは俺が自ら腹を刺した瞬間を会議室のモニターから見ていたらしい。
「作戦だって分かっていたけど、星田くん、お腹に剣刺して苦しそうだったから。急いで現場に向かおうとしたけど、真田さんに止められた。彼が代わりに様子を見に行ったはずだけど、会った?」
戦闘に集中していたし、バリケードがあったから真田の様子とかは分からなかったな……そういや、俺は真田とある約束をしていた。『終わったら君に話したいことがある』って、会議室で言われたな。彼はまだ会議室にいるはずだ。
「瀧口さん、今日はありがとうございました。これから真田と話さないといけないので」
「分かった、どうせ明日も仕事はある。でも星田くんは休んでもいいよ、顔の傷、早く治してね」
それだけ話して、俺は特別大会議室に向かった。そうか、明日はクリスマスだけど仕事がある。聖なる夜なのに、佐野の後始末に追われることになるとはな。休んでもいいとは言われたが、無理しなければ行ってもいいだろう。後始末を全て終わらせてから、ゆっくり休みたい。
「……元気そうで何より。電気は付けないでくれ、この部屋を借りるとは誰にも言ってないから」
真っ暗な特別大会議室の中には、真田しか居なかった。どうやら現場検証などは早めに終わったらしい。被害者は捜査官しかいない……大人の事情か。真田は俺を見るなり心配そうな顔をしながらも、机に腰掛け、笑って声をかけてくれた。
「それより、話したいことって?」
「まぁ、まずはお疲れ様。君たちに内緒で、証拠を追加しておいてよかったよ。おかげで佐野は完全に排除された、佐野の深い犯罪もこれから暴かれていくだろう」
そういえば、俺が証拠を突きつけた時に、見たこともない証拠の写真や映像がプロジェクターから次々に映し出されていた。あれは真田の仕業だったのか、おかげで佐野の犯罪を完璧に暴けたからよかった話ではあるが。
「僕が話したいのはそれだけじゃない、SoulTについて、君はどこまで知っている?」
真田は急に表情を変え、真剣な眼差しで質問をした。どこまで知ってるかと言われても、今の正体と能力くらいしか知らない。あとは、奴らは5人組で、あと1人は人間を捨てた姿をしている……ってくらいか。
「今の正体と能力、それと5人組ってことくらい」と答えると、彼はニヤリと笑いながら机の上に置いてあるバッグに手をかけた。
「それにしても佐野は厄介だったね、疑問を持つ生物を操っていたのだから。君が倒されていたら、今度こそ日本は奴らの手に渡っていた……まぁ、そんなことはさせない。僕がさせない」
彼の急な表情の変化についていけずに戸惑っていると突然、彼は手を止めて、大きな声で話しかけてきた。
「佐野はいない、佐野が裏で管理していたイメータルも消えた。でも世界の闇は消えることもない、人間がもう一度最初からやり直さない限りはね」
俺と真田の距離は相当離れている。大きな会議室の中で、彼はある物をバッグから取り出した。でも、離れている俺には暗くて何も見えなかった。彼は人の顔と同じくらいの大きさをした何かを持ったまま、電気スイッチの前に立った。
「今まで、君のそばで全てを見てきた。健全な薬物使用者の正体を探りたかった、でもそれは無意味。君も結局は、囚われた世界の一員に過ぎない。失望した、でも楽しかったよ、佐野を蹴落とす作戦は。無駄じゃなかった、僕たちにとっては」
そう言って、彼は会議室の電気をつけた。
彼が持っているのは、緑色の仮面。
「さぁ、破滅に向かおう」
俺はすかさず、腰に差していたハンドガンを手に取り、構えた。何がどうなっているんだ、真田が……臣の着けていた仮面を持っている。操られているのか、誰に、佐野は死んだだろ、それ以外にもいるのか、どこかに隠れているのか?
「真田を解放しろ」
俺はハンドガンを構えたまま、少しずつ真田に駆け寄っていく。操られているのか、詳しいことは分からない。でも真田が臣な訳がない、だって臣はSoulTで、真田は捜査官。それに臣は髪の毛がない、あのハゲ野郎と真田が同一人物な訳がない。
そうか、俺の同僚を操るつもりか、SoulTは。佐野を使って世界を操っても失敗したから、今度は仲間を操るのか。どこまでも腐ってやがる、佐野とSoulTは。
「はは、笑えないね。僕は真田……いや、真田なんて人物は存在しない。僕は、臣。SoulTの結成者にして、"世界の救世主"だ」
次の瞬間、構えていたハンドガンが一瞬にしてバラバラになった。目にも留まらぬ速さで分解されたのか、何がどうなってんだよ。グリップは床に落ち、弾は粉々になり風に流れて消えた。また真田は仮面を着けており、髪の毛は無くなっていた。
「君は素直だなぁ、でも計画には必要ない」
これは真田の声だ、紛れもない。佐野を撃ち殺した臣の声と同じ。仮に臣の正体が真田だとして、何で正体をバラすんだ。このまま潜入しておけば、もっと大勢の人を支配できたはずなのに。意味が分からない、合理的な行動じゃない。
「じきに僕らは神となる、その時に会おう」
その瞬間、世界が真っ白になった。
----------
俺は路地裏のゴミ箱の中で目を覚ました。さっきまで会議室にいたのに、目の前が真っ白になったかと思いきやどうしてこんなところに。土砂降りで傘もない俺は全身に水を浴びている。冬だから余計に寒い、ニンジャスーツも穴だらけだし。
日付は12月25日、もうクリスマスじゃないか。屋根のあるところで携帯を開くと、何百もの通知が携帯に届いていた。これはJDPA_Dからの指令か。それはさておき、真田はどうなったんだ。あいつが臣の正体って言いたいのか、そんなことある訳ないだろ。でも、あいつは目の前で仮面を着けた。口調もまるで同じ、認めざるを得ないのか、これは。
数あるJDPA_Dからの指令通知を開く前に、瀧口さんからのメールを見ると、とあるニュースが目に飛び込んできた。
『SoulT、小田原城を爆破』
奴らは……俺が育った街を、破壊した。
----------
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます