第65話 おとり捜査

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「それで、結果は?」


「葛藤してる。でも行ってくれるはず」


 俺は真田に現状を通話で報告しながら、ショウと共にあることを調べていた。目黒隊員を催眠薬で眠らせ、目黒基地近辺に放置しておいた。もちろん、警察にも匿名で通報した。これも目黒隊員の考えた作戦通り、さすが頭脳班。


 また目黒隊員のズボンのポケットにはメモが残されており、そこには「爆弾を仕掛けたのは嘘だ」と書かれている。威力業務妨害罪には問われること間違いないが、下手に恐怖を煽るよりもこっちの方がいい。


 今はヘリコプター内に搭載されてあるパソコンを使って、サチアレのデータを直接手に入れている。真田の情報提供よりも早く、リアルタイムで薬物使用者の動向をチェックすれば犯人も見つかるはず。最も、佐野が薬物使用者である証拠を掴めればいい。


「了解、明日には東京に帰るよ。それで証拠を集めたらどうするんだい、ネットにでも載せるのか。それとも警察に告発するか」


「ショウの考えだけど、JDPA_Dと警察と自衛隊が集う会議場に証拠を持っていく。買収された司法なんて挟まずに正々堂々と戦うつもり」


「なるほどね、僕の助けが必要になったらいつでも言ってくれ。何なら同席もしたいが、そこら辺は君たちに任せるよ。でも銃撃戦とか一方的に襲うとかは止めた方がいい。相手が薬物使用者だとしても、周りの一般市民は絶対に巻き込まないように。じゃないと君たちも捕まってしまう……時間だ、また今度話そう」


 そう言って電話は切れた。ショウは「証拠を突きつけて戦う」という作戦を考案したが、まだ証拠というものが集まってきていない。サチアレのデータが改竄されているくらいで、春崎カンナに関する情報も少ない。元編集長が無事、弁護士に会えていればいいけども。


「ここ最近の東京における熱反応の回数を調べてみた。一般の薬物使用者に関するデータはそのままだが、12月9日の昼の数値が1だけ改竄されている」


 12月9日って、あの日じゃないか。そうか、あれから数日しか経ってないんだな。俺はサチアレの日付を遡って、12月9日のデータを覗いてみた。すると昼過ぎ、東京の住宅街で熱反応が確認され、数分後に爆発を起こしている。あの日、俺たちが国際指名手配を受けた日。捜査官の格好をした男と俺は戦った。


 やっぱりアレも佐野が絡んでいたか。薬物使用者が捜査官の格好をして潜入していたのか、その逆かは分からないが、これで1歩真相に近づいた。


「俺は鎌切さんのいる警察署に行ってくる。お前はここで調査しておいてくれ。料理は好き勝手にしていいが、ステルス機能は解除するなよ」


 それだけ言ってショウは出ていった。ショウの翼にもステルス機能が搭載されているが、上手く起動しなかったため彼は何の機能もつけずに飛んでいる。とは言っても日は暮れて外は真っ暗、翼の機動音は前よりも小さくなっているし、真っ黒なスーツを着ているからバレにくいだろう。


 鎌切さんのいる警察署には……多分、ヴィスティン社の元編集長がいる。他の警察官は佐野の息がかかっているかもしれないが、鎌切さんにはかかっていない。だから俺は鎌切さんのいる警察署に向かうよう言った。「恵比寿の警察署に行け」とな。弁護士もそこにいるはず。


 ヘリコプター内に設置されてあるキッチンで簡単な卵料理を作り食べていると……突如、サイレンが大音量で鳴り響いた。


「熱反応あり! 薬物使用者、出現!」


 人工知能の女性らしい声が大きく響く中、俺はサチアレを使って熱反応の起こった位置を調べた。場所は廃墟都市からそう離れていない立体駐車場、中では1人の高温保持者が暴れ回っているのか、熱反応の位置が揺らいでいる。能力は不明だが、JDPA_Dが来る前に倒さないと。


「ステルス機能は解除しないで」


「了解しました、ボス」


 人工知能にそれだけ告げて、俺は廃墟都市を後にした。JDPA_Dに見つかる前に倒さないと、面倒くさいことになるぞ。奴らは俺たちの殺害を何よりも優先している。例え目の前で薬物使用者が市民を襲っていたとしても、奴らは俺たちのことを狙うだろう。そこまでして消したいか、なら佐野が出てこい。


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 全力で夜の街を駆け抜けてきたが……誰もいないぞ。ここは廃墟都市からそう遠くない立体駐車場の中、おかしいな、確かにこの位置から反応が出たんだけどな。階数は分からないが、そもそも人がいた形跡すら感じられない。


 研ぎ澄まされた感覚が剥奪されたとしても、何となく分かるものがある。それは、人の嘘と感情。これは今まで生きてきた中で培ってきたもの。俺の両親が消えてタライ回しにされた時、彼らはいつも「こんなに可愛い子、うちで育てたいけどね」と言っていた。もちろん嘘、俺が居ないところでは文句を言っている。


 流石に小学生を目の前にして悪口は言えなかったんだろう。でも、俺には聞こえていた。嫌なことに、耳が良かったから。転々としていたから友達もできなかった、でもそれは人のせいにしても仕方ない。受験に合格したのに「北海道に行ってくれ」と言われたこともある。必死に勉強して勝ち取った合格は無駄になった。


 そういうことの積み重ねの延長線上に、俺がいる。だから人の嘘は大体分かるんだよ。少なくとも、ヘラヘラと生きてきた奴らの嘘はな。くっそ、これも罠だったという訳か。俺をおびき出すための。俺の良心で遊びやがって、コソコソと隠れてないで出てこい。


 と、その時。背後に配置された車から物音がした。振り返って見ると、そこには馴染み深い人物が銃を構えて立っている。


「星田健誠、殺人の容疑で逮捕します」


 そこにいたのは、瀧口波音さん。STAGEの先輩で、右も左も分からない俺に1から教えてくれた、恩義のある人。ただ、ある時から俺とすれ違い、NEXUSにも加入せずにどこかに消えていた。眼鏡をかけて真面目そうな、でもどこかで冗談を挟む、あの瀧口さんだ。どうして、彼女がここに。


 彼女は防弾チョッキを着て、ハンドガンを持ち、徐々に俺との距離を詰めてくる。また、照準は俺の頭に合わせている。少しでも抵抗すれば、彼女は容赦なく俺のことを撃ち殺すだろう。俺は両手を頭の後ろに当て、尋ねた。


「何で瀧口さんが?」


「貴方だったら来るでしょ、薬物使用者が暴れてると思って。おとり捜査、今はそれしか言えない」


 彼女は冷酷な目をしたまま、ボソッと呟いた。彼女の腰には手錠がある、本当に俺を逮捕する気なんだな。俺は膝をつき、また尋ねた。


「何で殺さないんですか?」


「……私の判断」


 なるほど、特に命令が下された訳でもないのか。彼女は嘘をついていない、本当のことを言っている。冬の冷たい空気が流れる中、彼女は白い息を吐きながら俺に問い掛ける。


「私のお父さんの話ってした?」


 何で彼女は急にそんな質問をしてくるんだ。言われてみれば、彼女の父親の話なんて聞いたことないな。何度が俺の両親の話はした、彼女が興味津々に聞いてきたから。研究者だけどそのままどこかへ消えたこと、何の研究をしているかすら分からなかったことなどを、覚えている範囲で。


 彼女はそれを聞いて相槌を打つだけで、答えたりはしなかった。それでいて、俺も「瀧口さんは?」って聞き返したりしなかった。聞き返せる雰囲気ではなかったから。


「言ってないよね。誰にも言いたくなかったから、聞かれても答えないようにしていた。でも、貴方なら言える。初めて人に言いたいと思った」


 彼女は俺の側に立ち、俺のこめかみに銃を当てたまま耳元で話しかけてくる。


「私のお父さんね、殺されたんだ」


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