第64話 暗闇のニンジャ

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 俺がDWを飲んだ時に思い出したこと、か。秋葉原の戦いで全身が焦げた俺は、赤い液体を飲み眠った。その後、病室で目覚めた。溢れに溢れたエネルギーのぶつけ場所が分からずに、病室を飛び出して戦ったりしたな。


 確か、その時変な音が聞こえた。


 とてもとても生々しい「グチュ」という音。それが耳元に聞こえていて、嫌だった。それと見知らぬ男の声。「私に感謝してくれ」と言っていた。それから……俺は両親に会っていた。俺を置いていった父と母が家で俺と遊んでいる様子が見えていた。


 星田稔ほしだみのる星田良子ほしだりょうこ、俺の父と母は俺と家で遊んだ後、どこかへ消えた。「悪魔に連れ去られた」なんてことも言っていた。俺もその時は幼かったから「パパみたいな研究者になりたい」と言っていた。何で、これをあの時思い出したんだ。


 これを彼らに話していいのかどうか、考え悩んでいると、ショウが助け舟を出してくれた。


「俺たちには時間がない、だから早く武器をくれ」


「そうだったな、君たちは国際指名手配犯。長く滞在すると"日暮"に怒られるからな。早く武器を選んでここから出ていけ」


 追い出されるように、俺たちは海軍基地を後にした。もちろん、何個かの武器や装備は持ち帰った。ショウが昔着ていたパワードスーツと、それとは別に存在する怪力スーツ。DP由来のハンドガンとナイフにスタンガン。収納式の盾に剣も、使えそうなものは、とにかくヘリコプターの中に入れていった。


 それにしても日暮って何なんだよ、特に説明もないまま、俺たちは追い出されてしまったし。というか、ショウもDWについて知らなかったのか。やっぱり闇が深すぎる。飛び立つヘリコプターに大佐は手を振ってくれたが、長官はホログラム投影のためここにはいない。


 今は目の前のことに集中しよう、せっかく装備と武器をくれたんだし。


「お疲れ様でした。こちらの方で通り魔事件について調べておきました。被害者女性のうち、1人だけ無職と表記されている方がおり、彼女の名前を辿っていくと、とある削除されたページに繋がりました」


 俺とショウが武器を貰っている間、ヘリコプター内に留まっていた目黒隊員はSoulTについて調査してくれていた。被害者女性の職業と年齢と名前は明かされているが、SoulTの今の彼女と思われる人物のみ無職となっている。本当に無職の人間かもしれないが、彼女の名前を調べると様々なページに行き着いた。


 普通のパソコンで削除されたページを閲覧することは不可能だが、最新鋭のCPUを使うことによって、一瞬でもネットに公開された情報を一瞬でバックアップしている。これは数十年前に開発された技術だが、表には明かせない。


 そのCPUが搭載されたパソコンで調べていくと、"春崎カンナ"という人物にまつわる記事が4件ほどヒットした。どうやら彼女は捨て猫や社会浮浪者に関する問題を取り扱っており、実際に保健所や法人に取材をしていた。しかし、それらの記事も抹消されている。新聞社のホームページにも載っていないし、社会的に消し去るよう圧力をかけたのか。


 今の話が本当なら、彼女が働いていたとされるヴィスティン社の編集長に話を聞いてみるか。ヴィスティン社、海外でも新聞社として展開している企業で、インターネットが普及したこの時代でも変わらずに新聞を発行し続けている。よし、帰ったら彼に会おう。


 同時進行で、佐野克己の薬物使用疑惑についても調査を進めていた。真田から送られてきたサチアレのデータを元に、東京都で発見された薬物使用者の数値を確認し比べていく。ありがたいことに、ここ数年分のデータを送ってくれた。サチアレから直でデータを盗めるなんて、不思議だな。


「池袋の事件で、お前はSoulTの4人と薬物使用者1人を相手にしたんだろ。その日、佐野はどこにいた?」と、ショウに聞かれた。


 池袋の戦いで元格闘家を倒した後、池袋駅前でSoulTの4人を見た。黒いローブと仮面をしていて、とても不気味だった。それで佐野がどこに居たかは分からない、作戦概要も詳しく説明されていないし。佐野はその時警視総監じゃないから、作戦本部とかに居るんじゃないのか。


「……分からない」


「逆だ。5人目のSoulTのメンバーが現れなかった理由。もし佐野がSoulTのメンバーだとしたら……の話」


 なるほどな、佐野が薬物使用者でSoulTのメンバーだったら、池袋の時は作戦本部に居て俺の目の前には行けなかった。そういうことなら、5人目のメンバーが現れなかった理由にもなる。ただ、今回の件にSoulTは関与していないと今が言っていた。今の発言の全てを信じる訳じゃないが。


「……どちらにせよ、証拠を集めないと話になりませんからね」と、目黒隊員がボソッと呟いた。


 その通り、憶測を話しても何も進まない。証拠を集めないで佐野を倒せば、俺たちは正真正銘の犯罪者となる。むしろ佐野が被害者、これは良くない。奴を社会的にも倒す、これが俺たちの目的だ。


「残り1時間で目的地に到達します。自動運転続行、ステルス機能は解除しますか?」


 そう、このヘリコプターにはステルス機能が搭載されている。というか、さっき海軍基地で搭載してもらった。アメリカの技術は凄いな、これで誰にも見られることなく日本に辿り着ける。目黒隊員を基地に戻してから、おのおの単独で行動しよう。


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 寒そうに手を擦り合わせながら、運転席に座って妻に連絡しようとした男の背後を取り、首に手を置いてからボソッと呟く。


「後ろを見るな、前を向いたまま話せ」


 ここはヴィスティン社の地下駐車場、俺が脅しているのは……通り魔事件が起こった当時の編集長の"江副隆文"、今の彼女のボスとして一緒に動いていた。捨て猫に関する記事にも江副の名が最後の方に書かれていた、取材同行として。


 俺は海軍基地で貰った、ショウのスーツのプロトタイプを着ている。真っ黒で目立たない格好になっており、基地では"ブラッドニンジャスーツ"と呼ばれていた。忍者に対する誤解が生まれるな、これだと。そこに真っ黒の仮面を被っているから、彼からすれば真っ黒な人らしき何かに襲われているという、恐怖の感覚しかないだろう。


 タバコ臭い車内で、ぽっちゃりとした彼に問いかける。


「小声でいい、春崎カンナという人物を知っているか?」


「……知らない」


 口では知らないと答えているが、彼は冷や汗をかいている。それは恐怖に対する汗じゃない、嘘がバレる可能性のある不安から溢れている汗。俺は安全ピンを取り出し、彼の首に当てた。自白強要、これじゃ証拠にもならないのは分かっている。それに死なないのも分かっている、それでも彼は恐怖心で満たされているだろう。


「言うなって言われてんだ!」


 何も聞いていないのに、彼はここまで答えてくれた。やっぱり政府の圧力があったのか、彼女の名前を完全に抹消するように働きかけていたとは。続けて彼は話した。


「俺も悪いことをしてるってのは分かってる、でも家族を人質に取られてんだよ。頼むから見逃してくれ……じゃないと娘が殺される」


 なるほど、奴らは最低だな。娘を間接的に人質にして編集長を脅したとは。なら「無理やり自首しろ」とは言えない。大切な人を守るための行動なのは分かったから。しかし、別の提案はしてみる。


「お前を脅した人物を捕まえたい。もしも良心が残っているのなら、家族を連れて恵比寿の警察署に行け。"免許更新"を忘れずにな」


 それだけ言って、俺は車を後にした。家族を人質に取るなんて、許せない。「真実を言えば娘を殺す」なんて言っているのか、佐野は。こんな奴が警察のトップに居ていい訳がない。絶対に潰してやる。


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