第6話 俺は、戦う
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半ば強制的に、俺は鎌倉に向かう護送車に乗せられた。ガラスが無いため、外の景色を見ることはできない。今どこにいるのかも分からない。もちろん鎌倉に向かっているのは分かるが。いや、もしかしたらこのまま処分される可能性もあるのか、深く勘ぐっていかなければ……。
一応拘束器具はないが、これといった武器もない。戦闘時に支給された装備(ヘルメット・防護服等)しか手元にない。武器の入ったリュックは無い。どうやって戦えばいいのか。尚更、これから戦闘があるのかどうか、気になる所存ではある。
「貴方の戦闘の映像を見る限り、ほぼ素手で戦っていた。一応予備の武器としてこれも渡しておくけど、基本は素手……らしいわ」と彼女は言う。
ついでにハンドガン2丁俺に渡してきた。二丁拳銃、全身鎧の奴に効くのかどうか。全身鎧で刀も持っているんだろう。鎌倉武士とでも言えばいいのか、俺の力が明確では無い以上……これ以上考えるのはやめよう。ネガティブな思考のまま戦闘には挑めない。
「着いたよ、武士が出現するとされる地点に」
護送車のドアを開けると、目の前には海が広がっていた。ここは海岸か、横を見ると灯台のある島が見える。あれは、江ノ島か? 海岸にしては人が居ない。今は海開きの季節、湘南となればサーフィンでも海水浴でも有名だが……。
「今日はもう既に避難させた、魔法陣の目撃情報が昼過ぎにあったからね」
現時刻は17時、昼過ぎに魔法陣の目撃情報があったのなら、薬物使用者は既に近くにいるのか。何処かで潜伏しているか、もしくは警察の到着に勘付きどこかに逃亡したかのどっちか。
どちらにせよ、薬物使用者のおおよその位置の特定はJDPA_D本部が今やってくれているはず。俺たちが今すべきことは……。
「海岸付近には警察かJDPA_Dの隊員しかいない、一旦ここで能力を使えるかどうか試してもらってもいい?」と彼女が言う。
確かに、まだ自力で能力を引き出せるかどうか知らない。一旦、ここでやってみよう。
安全のために彼女や隊員から離れ、海に近い砂浜で力を込めた。どう魔法陣を生み出すかなんてもんは分からない、全ては感覚だ。感覚を研ぎ澄ませ、力を生み出すことに集中した。
「まだか?」
「もう2分は経つぞ」
「待ってあげよう……」
全身に力を込めても、力が生まれる気すらしない。魔法陣なんて以ての外、何も起きない。
もちろん、力を込めるだけではない、ある程度工夫をした。ヒーロー物のように変身ポーズをとってみたり、その場であたかも目の前に敵がいるようにシャドーボクシングをしてみたり、海水を頭から浴びてみたりと。その場でできる物は何でもやってみた。が、できなかった。魔法陣すら出現しない、能力も使えた気がしない。
「本当に能力を持っているのか?」
「実戦で役に立たなければ……と思っていたが、現時点でこれくらいか」
耳が痛い。力が使えないのは事実だ、否定もできない。
しかし、俺だってやり方も分からない。実験をやる訳でもなく、いきなり戦闘は無理がある。これなら薬物使用者本人に使い方を聞きたい。ここに出没するあの武士らしき奴に聞いてみたいさ。
「小町通りにて薬物使用者出現の報告あり、直ちに現場に向かえ」
耳に入れていたイヤホンに情報が入る。能力も使えないまま、俺は現場に向かうこととなった。
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如何にも”和”を感じさせるような鎌倉駅、その駅前には普段ならバスが停まっているのだが、今日はJDPA_Dの特殊車両が停まっていた。観光客で溢れかえっている小町通り内も封鎖されており、警察かJDPA_D隊員しかいない。
巨大な鳥居をくぐり、薬物使用者が居るとされる小町通りに入る。隊員による魔法陣の目撃情報があったのは、小町通り内。
鎌倉駅と鶴岡八幡宮の間のちょうど中間点。俺たちも今そこにいる。若宮大路という小町通りに隣接している大通りに逃げ出さないように、既に道を車で遮断しているのだが如何せん奴自身の目撃情報がない。
ガシャーン!!
と、ガラスの割れる音が聞こえる。小町通りの中間の位置で魔法陣の目撃情報があったはずだが、音が聞こえたのは鎌倉駅の方向から。何か襲撃があったかもしれないと、我先に現場に向かった。
駅前では既に戦闘が繰り広げられていた。赤い甲冑を身にまとった小柄な武士らしき人間が、警察の撃つ弾を刀で防ぎつつ、無防備な人間を斬っていく。その刀は何でも斬る、人間も弾も特殊車両も全て。普通の日本刀では有り得ない、やはり薬物使用者なのは確定だ。
鎌倉武士のような格好だが、顔は見えないようにするためか、奴は白い仮面を被っている。が、それでも目が紅く光っているのが分かる。
「
奴が一言発すると、奴の足元から目に見える青い衝撃波が出現した。その青い衝撃波は広範囲に拡がった上に、周りの物体……警察やJDPA_Dの隊員、警察の特殊車両、駅前のビルや駅を斬った。重装備でない隊員は上半身と下半身に分裂するほど派手に斬られ、重装備の隊員でも強く吹き飛ばされる程であった。もちろん車両も駅前のビルも横に真っ二つに割れ、その破片や瓦礫が生き残った隊員に降り注ぐといった……まさに地獄絵図と化していた。
俺も、俺と一緒にいた隊員たちも彼女も何とか無事だったのだが、目の前には真っ二つに斬られた巨大な鳥居と奴……赤い武士だけだ。
「力を使って!」と彼女が叫ぶ。
目の前で10人程の隊員が真っ二つに斬られていった。その残酷なさまを目の当たりにした。今なら能力を使えるはずだ、あのヒーロー物のような。
血管がはち切れそうなくらい両拳に力を入れ、奴を睨みながら能力を使おうと試みるも、何も起こらない。魔法陣も出現しない、このままでは彼女たちも斬られてしまうって分かっているのに。
「早く!」と他の隊員にも急かされるが、できない。
俺は発狂した。発狂というよりかは、力を入れすぎて無意識に声が出た。呻き声のような、声にならない声を上げても、魔法陣は発生しない。奴は俺を無視して、彼女の方に歩み進める。赤い鎧に、真っ赤に染まった刀を手にしたまま。
「止まれ……」
彼女はハンドガンを構えるも、時すでに遅し。奴の刀で真っ二つに斬られてしまい、使い物にならなくなった。それどころか奴は彼女を押し倒し、刀を構えた。
「言い残したことはあるか?」と奴は彼女に問う。刀を向けられた彼女の足はすくんでおり、逃げ出そうにも逃げ出せない。周りも手を出せずに困っている。
それに、まだ俺は能力を発揮できずにいた。このまま気絶してしまいそうな程に、頭に血が上っている。
「無いか、ならば死だ」
奴は彼女に向かって刀を振り下ろす。
「やめろ!」
身体が勝手に動いた。俺は刀の下に入り、彼女を守るように刀を肩で受け止める。奴の刀は特殊で、そこそこ重装備であるはずの俺の肩に刀が入る。
痛すぎる、直接痛みが神経に伝わる。奴の刀は肩から斜め下に斬り下ろされていく。もはや声すら出ないが、それでも俺は立ったまま彼女を守り続ける。
「流石だ、君も我々の団体に入らないか」と奴は言う。勧誘を受けたのか、団体が何だか知らないがこの刀を抜く気配もなく、更に斜め下に斬り下ろそうとする。
それでも、絶対に倒れない。倒れてはいけない。
「痛がっているな、何故君は倒れない?」
奴は驚いたように俺に質問する。
答えようか、俺が倒れない理由はただ一つ。
「俺は……戦う!」
辺りは白い光に包まれた。
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