第64話 キミカ・ジュモーグ
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恐らくだが、弱点は頭蓋骨の中にある。頭蓋骨は元々脳を守るためにある物だ。奴に脳なんて物があるとは思えないが、何かしら中に入ってるはずだ。それを潰しちまえば、俺たちの勝ち。
肋骨伝いに奴の身体を登る。肋骨がちょうど、俺でも登れるような角度になっている。地面にも突き刺さっているため、程よい傾斜で登りやすい。奴は肋骨を動かして俺を振り落とそうとするが、俺はしがみついて、どうにか持ち堪える。
更に奴の手が届かない背中の骨に移動し、そこから頭蓋骨の所まで登り詰める。
巨大な奴の頭から、ここらへん一帯は見渡せるな。
奴は頭蓋骨にいる俺に夢中で、離れた先にいるロックやモンスター達のことをしっかりと視認してはいない。
「来い!」
俺の声と共に、ロックとゴーレムとスライムが動き出す。
ロックはシアンやキミカを少し遠くに逃がし、俺の元に向かって来ていた。スライムはゴーレムの前で飛び跳ね、そのゴーレムは腕を振るいつつ、構えている。
ドン……という激しい音と共に、スライムが俺に向かって飛んでくる。
これは、ゴーレムの自慢の腕力で、奴に向かってスライムを打ち出したのか。
「スカイ、こっちだ」
ロックの掛け声と共に、俺は宙返りをするように、彼の近くに落ちる。
打ち出されたスライムは2つに分裂し、片方は落ちた俺の着地地点に、もう片方は奴の頭蓋骨に張り付いた。
俺はスライムのおかげで無事に無傷のまま着地することができた。
頭蓋骨に張り付いたスライムは、世界の帝王と戦った時と同じように、爆発した。
どういう原理で爆発しているか分からないが、スライムはどこからともなく復活し、俺の元にすり寄って来た。
奴に効いたのか、奴は頭蓋骨を長い手で押さえながら、呻き声を上げている。
トドメを刺すために、奴の元に向かおうとしたその時、地面から大量の白い刃が現れ、俺の周りを取り囲んだ。
動物を柵で囲うのかのように、俺を閉じ込めるように、奴は刃を設置したのか。この刃は剣でも効かない程硬い。ここから出るのは至難の業だろう。
刃の隙間からロックの方を見ると、彼も同じように刃に囲まれていた。
またこの刃によって、俺の足元にいたスライムが脳天ごと貫かれていた。
水色がかった、いや、緑色にも見えなくもないスライムは徐々に色を失っていく。しばらくして赤い液体をばら撒き、消滅した。
「ようやく力を思い出した。感触が欲しい」
奴は高らかにそう発した後、シアンとキミカのいる方へ向かった。
刃に囲まれなかったゴーレムが何とか彼女らを助けようと向かったが、新たに出現した刃に刺され、赤い液体をばら撒きながら消滅した。
2人の元に向かった奴は拳を振り下ろそうと構えていた。
どうにかここから抜け出せないか、俺は考える。大量の鋭い刃は俺の周りを取り囲むように設置されている。隙間は30cmもないか、ここからどうやって出るのが最適か?
一旦、身に着けている装備を全て外してみる。全てと言っても、剣2本と、それを収めるための背中に取り付けるカバーのようなものだが。それらを外したとしても、通れるとは思えない。
怪我をしてもいい、それくらいの勢いで、こじ開けるように刃を持って、脱出しようと試みた。鋭い刃が俺の手に食い込む。それは微量の血が垂れる程だ。しかし、俺の手が一方的に傷つくだけで、刃が壊れるような気配は無い。
なら、方法を変えよう。
地面を掘り起こしてみるか、地中深くから刃が生えている訳ではないはず。全ては奴の身体に繋がっているはずだ。それなら、と思い地面を掘ってみるも、地面も硬いのか、一向に進まない。
方法を変えても無駄ならと、またこの狭い隙間から出ようと必死にもがく。指が切れてもいい、この巨大な骨を殺せればそれだけでいい。殺せればいい。
白く鋭い刃が、俺の手のひらに食い込む。微量とはいえないほど大量の血が流れ出し、緑色の草原を赤く染めてゆく。
「開けよ……」
そう呟いて、また手に力を込める。
そんなことしても開きはしない、しかしやらねば。他の方法を探している暇なんてない。一刻も早く、奴を……奴を……。
手のひらの感触が無くなってきた頃、突然白い刃が折れ、破片が地面に散った。
俺の手が奴の刃に勝ったのか、いや、違う。他の方法を探していたロックの刃も散っている。まさか、奴が故意的に解除したのか?
「スカイ、お前は何をやっているんだ! 他の方法を考えろ!」
彼は俺の手を心配しているが、俺自身、自身の手の安否を確認している暇なんてない。巨人に踏まれても潰されても、生き返った男だ。それがトールの力だったとは言えども、俺は俺だ。
俺は手を処置しないまま、シアンとキミカの元に向かった。巨大な奴はシアンたちから離れ、俺たちを気にすることなく、全く別の方向に向かっている。
他の村でも襲いに行ったか、それなら逆に好都合だ。今のうちにシアンとキミカを助けよ……
……うとしたが、キミカの下半身は無かった。いや、地面と同化しているのか。地面はえぐられ、下半身を失ったキミカは横たわり、その横にうずくまっているシアンがいた。
「キミカが……キミカが……!」と、シアンはそれしか言えなくなっていた。
「キミカ!」と俺も声をかけるも、キミカは何も返さなかった。何も返せなかった。
下半身を奴の手に潰されたのだろう。腰から下が何も無い、大量に出血しており、助かる見込みなんてない。
許せない、奴のことが。
許さない、殺してやる。
キミカを無惨な姿にした、奴を、俺は、許さない、殺す、潰してやる、同じ目に、合わせてやる、すり潰して、ミンチにでも、焼いても、生に妬いても、溺れても、潰す。
「わた……しがやった」
自分の世界に入りかけていた時、キミカが何かを言っていることに気づいた。
もう先が長くない、最後のメッセージを遺しているのか。それにしても、何を言っている。もう何も喋らなくていいのに。
「私が、すべ……やった」
私がやった? 何をだ。
俺がそう聞く前に、彼女は息絶えた。笑顔か、血塗られた顔面のせいで、表情がよく分からないが、口角は上がっている。
血まみれの手で、血まみれの彼女の顔を撫でる。俺の手に感覚はないが、それでも勝手に手が動き、その手は彼女の顔面を触っていた。
目を触り、鼻を触り、口を触り、首を触り……と、生の跡地をゆっくり辿っていく。
「キミカ……私のことを……庇って」
シアンはうずくまったまま、キミカの亡骸を直視せずに、何かを俺たちに訴えかけている。しかし、俺は聞いていない。怒りに染まった俺に、声なんて聴こえない。
「殺してやる」
俺の身体に、電流が走る。
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