第22話 アルトミアの本

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 俺たちがやり取りしている間、彼……ロックもまたどこかに行っていた。1人だけ村の人間ではない者だから気まずいのだろうか。


 が、急に全速力で走って戻ってきた。


「追っ手がすぐそこまで来ている! 急いでドラゴン様に乗れ!」


 彼は息を切らしながらも俺たちに伝える。

 急いで鈴を取りだし、ヤツを呼ぶ。ヤツもヤツですぐさま鈴の音に気づき、俺たちの前に降り立った。


「飛ぶぞ」とヤツは一言。

 彼女らはヤツの背中に乗ることを躊躇していたが、1人だけ……アイさんだけは冷静にヤツの背中に乗っていた。彼女らもそれを見てつられるように乗る。


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 ここはいつもの木の上……ではなく、根元。つまり、他の村人もいる場所である。さらに言えば、ガイアさんがいる。


「シアン!」

 彼は愛する娘を目にし、すぐさま彼女の元に駆けつける。足も腕も怪我しているはずだが、それを感じさせないくらいの速さで駆け寄る。


「お父さんも……生きてたんだ」

 彼女も彼女で愛する父親を見つけ、すぐさま駆け寄った。この2人を横目に、キミカさんとアイさんは独りで降りる。


「私には迎えなんかいないから仕方ないね」とボソッと呟くキミカさん。何か声をかけるべきだろうか、しかし俺は不器用で声をかけられなかった。


「俺達も行くぞ」

 ロックがそう俺に声をかけた。特にここに用事はない。もう一度ヤツの背中に乗り込もうとしたが、何故か彼に止められた。




 そうして、言われた。

「あの男も呼べ」と。




 彼が指さす方向には、アイさんがいた。彼に確認するが、合っている模様。


「あの女どもに気づかれないように呼べ」とも彼は言う。少々口が悪いところが気になるが、アイさんを彼女らに気づかれないように呼び出した。

アイさんは何故か驚く素振りも見せずに俺の指示に従い、ヤツの背中に乗った。


「行こう、目的地は……アミティエだ」


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 先も言ったように、目的地付近の警備が強化されており、迂闊には近づけない。そのため、アミティエ付近の森で待機することにした。流石にこの場所まで警備網が引かれていないだろうというヤツの読みが当たればいいのだが。補足で、今のところは周りに誰ひとりとしていない。


「ところで、何故アイさんを連れてきた?」

 俺は彼に問う。それもそのはず、全く関係ない男を連れてきた彼の思考がよく分からない。男手が不足しているなら、アイさんよりも力のある人間が他にいる。


 そもそも、俺はアイさんとそこまで関わったことがない。アイさんはガイアさんと共に行動することが少なく、シアンさんと行動することが多い。そのため、話したことはほぼない。

 

 あるとしても、家の中で「『アルトミアの本』ってどこにありますか?」と質問したくらいだ。なお、その質問の答えは返ってきていない、俺の質問を無視してどこかへ行ったのだ。明らかに届く音量で話しかけたはずなのだが。


 結局『アルトミアの本』は家の中に無く、別の家に持ち出されていた。そのことを伝えるために無視したのかもしれないが、どちらにせよちゃんと話せ……と俺は思っている。


『アルトミアの本』というのは……要は神話をまとめた本だ。この世界について何か思い出すことはないかと考え読んでみたが、結局はモンスターを罵る内容であった。




「この男は、モンスター保護団体の人間だからだ」




 彼は俺にそう告げた。

 アイさんが……モンスター保護団体の人間なのか? 俺はその事実に驚きを隠せなかった。


「アイさんが……か」と俺が呟くと、さらに追い討ちをかけるように彼が言う。


「そもそもこの男は”アイ”という名前ではない。それも偽名だ」と。

 ここまで言われると、どこからが嘘でどこからが本当なのか分からない。


「僕の名前は”アレア・ヘイトリッド”だ、シアンたちの研究に協力しつつも、保護団体に情報を流していた」


 初めてアイさん……いや、ヘイトリッドの声を聞いた気がする。そんなことはないのだが。

 第2モンスター研究所というのは俺が思っている以上に最先端な研究を行っているそう。この男はその情報を保護団体に横流しにしていたということか。


「それをシアンさんたちには言ってたのか?」

 俺が尋ねると、ヘイトリッドは俯きながらこう言った。


「言っていない、シアンには黙ったままだ」


 その言葉に俺は何故か腹が立ち、彼の胸ぐらを掴み声を荒らげる。

 ロックはここの仲介に入るが、腹が立った俺を止められる者は誰もいない。ロックの顔面を殴り、ヘイトリッドの顔面もついでに殴り倒した。彼女らの努力の結晶を横流ししていたことにも怒っていたのだろう。

 流石に観念したのか、ヘイトリッドの方から口を開いた。


「君の行動力は恐ろしい、ほぼ初対面の人間の顔を殴るとはね……。それに僕の生い立ちをまだ説明していないだろう」


 ヘイトリッドの生い立ちなど興味無いが、この際詳しく聞くことにした。


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「僕が生まれたのは”ルンフイ村”だ。今暮らしているストラート村からは程遠く離れている。シアンもそこで生まれた」


 俺はその村の存在自体知らなかったが、ヤツは知っていたみたいで頷いていた。それにしても、シアンさんもその村で生まれたとなると、ガイアさんもその村で暮らしていたことになる。彼は俺にそんなことを話したりなどしていなかった。生まれも育ちもストラート村と俺には言っていた。


「君には言えない理由がある。それはシアンが記憶喪失だからだ」


 その言葉を聞いた瞬間、空間が沈黙に包まれた。いや、先からある程度の沈黙には包まれていたはずだが、空気がガラッと変わった。

 記憶喪失? 彼女が記憶喪失と言っていたことは無い。またガイアさんもキミカさんもそのようなことは言っていなかった。俺に隠していたのか、それなら納得するしかないが、それにしても彼女が何故記憶喪失に……。


「記憶喪失になった経緯を聞きたいのは分かるが、僕の生い立ちの続きの方が先だ」


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