お主も悪よのぉ。いえいえ、お代官様ほどではございません。

 時代劇を象徴する言葉が、この、

「お主もわるよのぉ」

 です。

 結託した悪代官や悪奉行が密談を交わしている場面でよく使われる台詞で、大概、悪代官や悪奉行が先に悪徳商人に向かって、

「お主もわるよのぉ」

 と言うと、

「いえいえ、お代官様ほどではございません」

 と返事をするのが、お約束になっております。

 相互に悪人であることを認め、連帯感を共有していることを表しています。

 取り立てて難しい意味のある言葉ではありません。が、現代人の、ちょっとした悪への憧れと共感を顕著に示す、もしかすると、そこに日本人の悪に対する美意識さえ潜んでいるかもしれない、おそらく、唯一、現代社会においてもかなり使用頻度の高い、時代劇から生まれた台詞かと思います。

 某雑誌に、この台詞そのままのタイトルを冠した漫画が連載されておりましたのも、先日、立ち寄りました飲食店でもらった、賄賂なる大入り袋にこの通りの言葉がございましたのも、この台詞が大好きでしかたないという方がどれほどいらっしゃっるかという事実ばかりでなく、ここに日本の時代劇の伝統が脈々と息づいていることを証しているのだと、つくづく思う次第でございます。

 しかし、同時に、洒落で済まないことの多い現代社会だからこそ、この台詞が重宝ちょほうされている、という見方も、忘れてはいけないようにも思います。

 本当はそんな理屈なんてどうでもよく、ただただ惹き付けられてしまう、ああ、なんと魔性ましょうの女のごとき台詞でございましょう……

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る