異世界ラルナ

メガマラノンケボーイ

序章 ワイルドに行こうぜ!

 2022年2月、川崎市の某飲み屋のことです。

 いつもの四人はコロナにビビる世間の雰囲気なんて何のその、毎週恒例のオフ会で飲み明かしています。

「ほんと! ラルナさんってクズっすよね!!」

 非常口さんがラルナさんを当てこすります。

 それを尻目にかなり濃い目のハイボールを作ってラルナさんに渡したのは、ラルナさんに心酔している遊牧民さんでした。

「ラルナさん、ほんとうに、ほんとうにフリーなら誰でも抱くんですか?」

 非常口さんはお酒をあんまり飲めないのに酔った雰囲気で攻めた質問を続けます。

「愚問だよ、ラルにゃんは本当に誰でもいいんだよ。ウチはそこが嫌でことわったのよ」

 非常口さんの疑問に代わりに答えたのはフキーラでした。

 ラルナさんはにこにこと遊牧民さんの作ったハイボールを飲み干しました。

「ヒジョくん、俺はね、誰でもいいんじゃないんだよ」

「はあ?」

 ラルナさんが氷だけになったグラスをマドラーをかちゃかちゃかき回します。

 遊牧民さんは預言者の声を待つユダヤの民のようにきらきらとした目でそれに耳を傾けます。

「僕が愛してもいい人を探していたんだ」

 非常口さんはずっこけました。

「柄にもなくポエミーですね、それ、QUEENの”Somebody to love”ですか?」

「かぁ~出た、ひじょくんの嫌味なツッコミ。いいところに水を差すんじゃないよ」

 フキーラが非常口さんの緑のジャケットの襟首をひょいっとつかみ、そこにグラスの氷を流し込みました。非常口さんは「ヒジョいよフキーラ!」といって踊るように服を脱ぎ捨てて、緑色の上体をあらわにしました。

「ウチ、そういう話なら好きよ。それが男と男ならもっと好きだけど、フキキ」

 フキーラは頬杖をついてラルナさんを見つめました。

「フキーラ、愛してたぜ!」

「死ね! この女の敵!」

 ラルナさんはフキーラにウィンクすると遊牧民さんから渡された二杯目のハイボールを、おいしそうに、まるで砂漠が水を吸い込むようにあっという間に飲み干しました。

「うぐ!」

 ラルナさんが急に胸元を抑えだしました。

「ん? どうしたんですかラルナさん!?」

 遊牧民さんはずっとラルナさんを見つめていたのですぐに異変に気が付きました。

 ラルナさんはそのまま、つまみに空きグラスの並ぶちゃぶ台に倒れこみました。

「ラルナさん!! おい! 救急車だ! はやく!」

 非常口さんが慌てて自分のスマホで呼べばいいのに店員に救急車を呼ぶように言います。

「うそ、ラルにゃん? 返事してよ、ラルにゃん! ラルにゃん!」

 三人はラルナさんを介抱し、必死に呼びかけましたが、ラルナさんの息は次第に弱くなっていきました。

 川崎市内はいつもの渋滞で救急車が駅前の居酒屋に来るまでにたっぷり三十分はかかりました。

 ようやく来た隊員は、ラルナさんの瞳孔にライトを当てると、残念そうに首を横に振りました。

 死因は心筋梗塞。即死でした。

 日頃の不摂生に、不養生に、不規則な生活。すべてが原因でした。

 ラルナさんはこうして太く短く楽しい人生を終えました。

 どっこい、お話はここから始まります。


「ポリコレアフロの時間だ!!!!」

 寝ぼけたラルナさんが胸毛の生えたバストを揺らして起きると、そこは大きなダブルベッドでした。うすい掛け布団をめくり見るとなぜか全裸です。

「なんだ夢か…」

 ラルナさんがあちこち見ると、壁のテレビではルームサービスや有線放送の宣伝をしています。

「ここ、どこのラブホ?」

 ラルナさんが目を覚ましたのはどうやら見知らぬラブホテルの一室でした。

「ようやくお目覚めかい」

 ラルナさんが声に気が付き横を向くと、ソファーで見知らぬ女性が濃いルージュの唇で細い煙草をくゆらせていました。

「掃除のおばちゃん?」

 女性は50代でしょうか、薄いブルーの三角巾で茶髪をまとめ、同じ色の作業着に薄黒いシミのついたエプロンをしています。

「まあ、そんなとこさね。人によっては死神とも呼ぶけどね」

 死神を名乗るおばちゃんはガラスの灰皿に短くなった煙草を押し当てて火を消しました。

「なんで私、ここにいるんでしょうか、というかここはどこでしょう」

 ラルナさんは二日酔いのようにガンガンと痛む頭をおさえます。

「ここは地獄だよ」

「え、そんなにこのホテル労働条件悪いんですか?」

 おばちゃんはずっこけました。

「なんか気が抜けるね、比喩じゃなくここは地獄さ、あんたは死んだんだよ」

「私が、死んだ? なんで?」

「心臓が止まったのさ、ビタっとね」

 おばちゃんは両手をぐっとつかみジェスチャーします。

「なんで私、地獄行きなんですか?」

「貪食!」

「う!!」

 おばちゃんが人差し指をラルナさんの眉間をびしっと向けました!

「淫蕩!!」

「う!!!」

「怠惰!!!」

「う!!!!」

「まあ順当な話さね」

 おばちゃんは二本目のバージニアスリムを咥えると、「ファッションホテル死神」と書かれたライターで火をつけました。

「でもね、あんたには地獄の前に行ってもらうところがある」

 ラルナさんは、立ち上がっておちんちんをぶらぶらさげておばちゃんの隣に座りました。

 おばちゃんはうげえという顔をします。

「一本もらっていいですか」

 おばちゃんはラルナさんとの間に距離をとると卓上でバージニアスリムの箱を滑らせました。

 ラルナさんは煙草に火をつけると大きく吸いました。事態は呑み込めていません。しかし、だんだん昨日の出来事が思い出されてきました。

「死んじゃったんだなあ」

 ラルナさんはふーっと煙を吐き出しました。実感はもちろんわきません。

 かといって未練がそれほどあるわけではありませんでした。割といい人生だった気がします。

「早まるんじゃないよ、あんたは特別でね、今なら生き返るチャンスがあります」

 おばちゃんがラルナさんに一枚チラシを渡しました。

『フォロワー割!!! 今ならフォロワー1000人以上の方は地獄行き猶予セール!!! 試練を成し遂げれば現世に復活できるかも!?』

 ラルナさんは眼鏡の下から目を軽くもみました。そしてもう一度読みましたがパチンコ屋の新装開店チラシのような文面は変わりません。

「なんですか? これ」

 ラルナさんの問いにおばちゃんはふーっと煙を吐きます。

「時代の流れさね・・・」

「安易に時代に迎合しないでほしいなあ」

「SNSの発展で貪欲、淫蕩、強欲、憤怒、虚栄、高慢あたりのロイヤルストレートフラッシュ叩き出す人ばっかりでねぇ。天国も過疎化してるのさ。下読んでみ」

「ふーむ、『試練に成功した人は現世に蘇ることができます。ただし、復活された方にはSNSでの啓蒙活動を義務付けます』」

「ようは、試練を成し遂げ生き返ったら清く正しく生きなさいってことさ」

「はあ」

「あんたフォロワー多いだろ」

「まあ」

「生き返りたくないのかい」

「生き返りたいです」

「じゃあこれからあんたには試練を受けてもらいます」

「試練とは?」

「RPGみたいなもんさ。あんたはこれから異世界に行き、そこでクエストを探し出してそれを『善なる心』でクリアする。良き行いをつみかさねれば、現世に蘇ることができるのさ。今風だろう?」

「まあ」

「なんだかやる気がなさそうだね」

「そんなことないですよ、ほら」

 ラルナさんは、リトルラルナを指さしました。リトルラルナはへそまで反り返り、おばちゃんにお辞儀しました。

 おばちゃんは口をイーっとして無言であとずさりしました。

「というわけで、試練に挑むあなたに特別な魔法を一つ授けます」

「よ! まってました! 異世界転生といえばこれ!」

「なんだい、急に元気になったね」

「これこれ、これについて考えていたんです、むふふ、抽選式ですか? 選択式ですか? 筆記式ですか?」

「なんだか手馴れてる感じで調子が狂うね。あんたの望む魔法を一つ授けるよ」

「なんでもいいの?」

「効果は一つだけだよ」

「ちなみにこれから行く異世界って、女はいますか」

「まあ、おおむね人類のいる地球と同じような世界と思っていいよ」

「むふふふ」

 ラルナは怪しく笑いました。

「なんだかもう決まっているようだね」

「ええ、それはもう」

「願いを増やしてください系はだめだよ」

「そんなつまらないことは言いませんよ」

「じゃあ言ってごらん」

「えへん、『私とパコれ』と言われた女性は可能な限り速やかに私とパコる」

「はあ?」

「だから、『私とパコれ』って言われた女性は拒否権なく私と【自主規制】するんですよ」

「なんで?」

「なんでって、なんでもいいって言ったのはそっちでしょ」

「でも、不老不死とか、無限にレベルアップとか、人格操作とかいくらでもあるじゃない、本当にそんなくだらない魔法でいいのかい」

「くだらないとはなんですか、私はその魔法が欲しいんです」

 おばちゃんはやれやれという感じで、ホテルの内線をとると誰かと会話しました。

「『私とパコれ』って言われた女は絶対に【自主規制】する魔法だって、そう、そう、えーーーっこんなくだらないことの案件定義するのかい!? あんな汚いの早く地獄に落としておしまいよ、わかった!わかったよ!」

 おばちゃんはラルナさんに振り返ると「細かいとこ、つめようか」と心底いやそうに言いました。

 こうして30分ほど全裸のラルナさんとおばちゃんの間で協議がもたれました。


1.ラルナが発した『私にパコれ』という声を聞き取った女性は、可能な限り速やかにラルナと【自主規制】をするため行動を始める。

2.【自主規制】とは、【自主規制】を【自主規制】に出し入れするだけでなく、口づけや手淫、愛撫等の前戯も含まれ、ラルナからの要求を女は拒否できない。

3.効果の持続中は女性はラルナを理想の男性だと思い可能な限りの愛をささげる。

4.ラルナが【自主規制】した時に【自主規制】は完了したとみなされる。

5.ラルナの【自主規制】も、効果中の記憶は残る。

6.女の定義は生物学的な雌側であれば人外も含める。


 チラシの裏にボールペンで書いた文章を読み上げるとおばちゃんは「もしかしてだけど、あんたって筋金入りのアホなんじゃないのかい」と言いました。

「本当は一生私を愛してほしかったんですが、他人の人格を永遠に支配する魔法は【自主規制】する魔法と択一というんで妥協しました」

「アホ!!!淫乱テディベア!!」

「えへへ」

 リトルラルナが嬉しそうに前後に律動しました。

「はあ、ハイ、じゃあここの下に名前書いて、印鑑は今年からなくなったからいらないよ」

 おばちゃんに促されてラルナさんは『以上の魔法で試練に挑みます。この先はすべて自己責任で、地獄に落ちても異議申し立てしません』と書いてある署名欄にさらさらと「ラルナ」と書き込みました。

「はい、これで契約完了! あとはさっさとそこの扉を出るんだね、そしたら試練は始まるよ」

 おばちゃんはばっちいものを追い払うようにシッシと手を振りました。

「待ってください」

「なんだい?」

「『私とパコれ』」

 ラルナさんが詠唱を完了しました。

「あんた!!!!」

 おばちゃんはしまった!と心底悔しそうな顔をしましたが、三角巾をするするとほどくと上気した瞳でラルナさんをうっとり見つめました。

「あんたよく見ると菅田将暉くんにそっくりだね…」

「ええ、よく言われますよ」

 ラルナさんは人間にはこれほどゲスな笑みができるのか!?と哲学的な気分になる笑顔をしました。

「こんなおばちゃんでほんとにいいのかい?」

「私、思うんですよね、こんなおばちゃんでいいのってセリフ、あれって女性差別なんじゃないかって。だってこんなおじさんでいいのかいっていう男の人はいないじゃないですか」

 おばちゃんはもう待ちきれないという感じでエプロンを脱ぎ捨てるとラルナさんに足を絡めてきました。

「ねえ、脱がせてよ…」

 おばちゃんがラルナさんの手をつかむと作業着のボタンに引き寄せます。ラルナさんはボタンをしたから一つ一つほどいていきます。

「仕事中なのにいいんですか?」

「ウチ、ほんとは死神になんてなりたくなかったんよ…」

 おばちゃんは一人称が変わっています。

「じゃあ何になりたかったんですか?」

 ラルナさんがおばちゃんの服を脱がし終えました。

 おばちゃんは恥ずかしそうに胸元をばってんで隠します。

「かわいいお嫁さん」

 ラルナさんはおばちゃんの両腿をがっちりつかむと、女児のシーシーの格好で持ち上げました。

 そしてベッドまでトヨタの電動フォークのように力強くリフトします。

「私がお嫁さんにしてあげますよ」

 ねっとりとおばちゃんの耳元でラルナさんがささやきました。

「ウチ幸せや!!ウチ!地獄一幸せな死神や!!!」

 おばちゃんはベッドについたUSENのボリュームをマックスまで上げました。室内にはステッペンウルフの”Born to Be Wild”が鳴り響きます。

「ワイルドに行こうぜ、おばちゃん」

 おばちゃん、もとい死神は今まで感じたことのない多幸感に包まれていました。


 四時間後


「シクシクシク…」

 おばちゃんはラルナさんの腕枕でしくしく泣いています。

 ラルナさんは天井を見ながらバージニアスリムの煙をたっぷりと吐き出しました。

「かわいかったぜ、死神のおばちゃん」

 ラルナさんがおばちゃんのキューティクルがぎっしぎしの髪を撫でます。

「シクシクシク…」

「いつまで泣いてるんですか。あんただって楽しんだしょう?」

「悪鬼! 畜生! 地獄に落ちろ!」

 おばちゃんはラルナさんのもじゃもじゃした左乳をぼこぼこたたきましたが、厚い脂肪の前にノーダメージです。

「さて、そろそろ徳を積みに行きますかっと」

 ラルナさんはおばちゃんをゴロンと押しのけベッドから落とすと、ところどころに生々しいシミのあるシーツを引っぺがして体をくるみました。

 シーツを腰のあたりで結びあげると、ラルナさんは古代ローマ人のようないでたちになりました。

 そしてトイレから持ち出したスリッパをはくと「おばちゃんの【自主規制】、すっぱくてうまかったですよ」と吐き捨てて扉を開きました。

「次死んだら、もう助けに行かないからね!」

 おばちゃんは去り行くラルナさんの背中を見送りました。




 この話、つづきます。

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