第16話 二人のたま

 目が覚めて二日、ついに退院の時が来た。

 両親と沙織と賢治が出迎えてくれた。

 大げさだなと思う。

 珠美とは違って、俺のはただの過労なんだぜ。


「なぁ、ヒロは大丈夫か?」


 賢治が俺を心配する。

 賢治の表情を見て分かる……俺が意識を失っている間に全て知ったのか。

 俺を心配している賢治の方が、よっぽど心配に見えるんだけどな。

 ヒロは大丈夫かって?

 自分が大丈夫じゃないって言ってる様なもんだろ?

 でも……少し寂しいけど……もう賢治を心配しない。

 だって、賢治の隣に寄り添う沙織がいるから。


「大丈夫に決まってんだろ!」

「ヒロ!」


 勢いよく賢治に返事をして去ろうとした俺を沙織が呼び止める。


「せっかく来てくれたのに悪りぃ。行ってくる!」


 俺は力強く拳を振り上げて元気をアピールした後、ただ一人走り出した。

 迎えに来てくれたのはありがたい。

 折角来てくれたのに置き去りにするのは申し訳ない。

 それでも俺には一人で行きたい場所があったからーー


 *


 電車を乗り継ぎ、一時間半かけて辿りついた愛しの我が駅。

 ホームに降り立つと、いつものベンチに一人の少女が座っているのが見える。

 タマさんがいつも座っていた右側に……

 俺はいつもの真ん中の席に座る。


「元気でた?」

「少しだけな」


 当然のように話しかけてきた少女に簡素に答える。

 俺が今日退院して、ここにくる事が分かっていたのだろう。

 顔色を伺う様に右隣を見ると、肩にかかる程長い黒髪が目に入る。

 脳の手術で髪を剃ったにしては長すぎるな。


「髪伸びたんだな」

「ウイッグよ」

「なんだズラか」

「フザケるなら被せるわよヒロ子」

「それは嫌だな」


 全然変わらないな。

 目の前の少女は以前の珠美の様に俺と掛け合いをする。

 でも、座り方が違う。

 スラット伸びた背筋。

 上品に膝上に置かれた手。

 わずかに顔を傾けて俺の方に向ける左頬。

 それは、まるで……


「気がついたら、ここに座ってた。タマさんの癖が移ったのかな?」


 癖なんてもんじゃねぇよ。

 でも口に出来ないから誤魔化す。

 目の前の少女に気遣いをさせたくないから。


「いつもと顔の向きが違うだけなのに、なんだか違和感を感じて馴れないだけだよ」

「私がいない左隣が寂しいかな? 両手に花が良かった?」


 左隣が寂しい? 違うよ……

 俺が寂しく感じるのは君が座る右隣。

 だけど、それも言えない。


「そうだな、沙織にでも頼んでみるか?」

「だーめ。沙織はチャバネホイホイになったんだから」

「酷い言い方だな。でも理解してるさ。俺の願いでもあったからな」


 そうだよ……もう以前とは同じじゃないんだ俺達は……。

 タマさんが俺の隣にいない事も含めてな。

 俺は何とか隣に座る少女と会話を続けたかった。

 単純に話したかっただけじゃない。

 今ここベンチを離れたら2度と座る機会がなくなる気がしたからだ。

 帰りのホームのベンチなんて……タマさんが待っていないベンチなんかに座る意味はないのだから……

 俺は会話が続けられなくなっても、しばらくの間ベンチに座ったまま海を眺めていた。

 隣の少女は何も言わず、黙って座っていてくれた。

 名残惜しい、もっと思いでに浸っていたい。

 でも、退院して間もない隣の少女を放っておけねぇよな。

 立ち上がって前に進まないと、タマさんや田崎さんに申し訳が立たない。

 人生をかけて俺達の未来を作ってくれた二人にーー

 俺は立ち上がり隣に座る少女に手を差し伸べた。


「行こうか、たま」


 俺は少女に呼びかけた。

 一緒に帰ろうという意味だけではない。

 共に人生を歩みたいとの想いを込めて。

 珠美が……タマさんが……二人が望んだ、


「二人のたま」にーー

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Limited~二人のたま~ 大場里桜 @o_riou

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