第167話 戦いの理由 6

 オルドリーニの強い想いは一連托生と信じている仲間への弔いの情動。アトキンズの決意は人を諦められない自分の信念。


 それに既に目撃してしまったアトキンズの行為に対する不満が発端の告発だ。事の顛末てんまつを確認しても当然これはその場で解決出来るような事ではなく、嘘をつけないアトキンズと、憤りと不信感を拭えないオルドリーニの想いは平行線のままフレッドも頭を抱えていた……。


「殴り合いの方がよほどマシだな……」


 しかも他の同僚達の面前で騒ぎを起こされては内々で済ませることも難しい、いずれは中佐達の耳に入るのも時間の問題だろう。


「とにかく、この件は俺が預かる。今は仲間内で揉めていられる状況じゃないのは分かっているな?二人ともやるべきことに集中しろ……」


 上官らしく、半ば強引に幕を引くフレッドにオルドリーニは言う。


「俺は大丈夫ですよ……でも、自分が殺されても仲間に仇討ちも期待できないなんて、あんまりじゃないですか……。オスニエルの仇は、俺が取ります……」


 そしてオルドリーニが背を向けようと顔をそらした時、それまでは大人しく見守っていたローレルがオルドリーニを引き留めた。


「オルドリーニ中尉……!この人はどうしようもなく不器用だけど……これまで通り、信頼できる人だってことだけは伝わったよね?」


 物憂げにうつむいたオルドリーニは、口をつぐんだままで優しい目をローレルに見せた……。






 どこの基地でも兵士同士のいざこざは珍しくない。彼等は肉体的にも精神的にも常に過大なストレスの中にいる。


 どんな事にも例外はあるが、たとえ心臓に毛を生やしていても盲信して疑わないモノや何かしらの拠り所を持てなければ、とてもマトモでいられるわけがない。


 これは偶像などでは役不足でより身近で分かりやすいモノ、たとえば大義や目的とその為の任務であったり、たとえば死線を共にする戦友との絆である。


 それを否定されれば誰もがその相手に強く反感を抱いてしまう。今回のいさかいも根本にはそれがある、根本には……。


 とにかく、今に至ってその結果がレイヴンズクロフトを前にしての事情聴取だった。


 そうはいっても…姿勢を正していても相変わらずアトキンズは飄々とした面持ちで立っているし、ピアースはこの事情聴取そのものが煩わしいという風でため息が多い。そしてレイヴンズクロフトは座っているだけで意識もせずに貫禄を見せつけアトキンズを見て言った。


「アトキンズ少佐、見解の相違…と言ったが、では、君の戦闘機乗りとしての『ありよう』とは何かね?」


「このイギリス、もしくは自軍、もしくは友軍の脅威となる敵機を墜とすことです…………」


 アトキンズは考えることも無くはっきりとそう返した。ピアースは音も無くため息をついて肩を落としていたが、大佐は少し口元を持ち上げたように見えた。


「正直なのは美徳と言うが…君はそんなことを思ったこともないのだろうな、アトキンズ少佐?」


「……は?」


 なにがしかの叱責に心構えを整えていたところを思いがけなく、しかもコワモテの大佐に皮肉られた……。すると不意打ちをくらったアトキンズにピアースが言う。


「事の発端は君の『馬鹿正直』が原因ではないのか?話を聞いたかぎりでは、君が故意では無かったと方便を使えばオルドリーニも不敬を犯さずに済んだのではないのか……?しかし本当にエンジンだけを狙ったのか?」


「はい……私は敵機を不能にする為にエンジンだけに意識を集中していました」


 自らもパイロットであるピアースは軽く目をむいた。それがどれほど難しいかというと、全力疾走で障害物を避けながら投げた石を10メートル先の5センチの的に当てるようなものだ。


「ううむ……もはや呆れるほどだな」


 ピアースはレイヴンズクロフトの顔をチラリと確認するように見て話しを続けた。


「いや、今回の騒ぎの原因となった君の行動は咎められるような事ではない……。背任にも敵前逃亡にも該当しないし、何より該当機を撤退させている事実も確認している。それに……」


「……何です?」


「それに君は義勇軍だ。敵を前にして逃げ出したとしても、軍規で裁くわけにもいかない……まあ、スパイだとでもいうのならまた別のはなしだが……」


 つまりはお咎めは無しということだ。ピアースはその裁定を淡々と告げた。


「ましてや君は義勇軍でありながら開戦当初から戦闘に参加している。しかも優れた技能を持ち、今では誰もが認めるトップクラスのパイロットだ。現在までの功績を鑑みても空軍は君に借りしかない……せいぜい勲章を安売りして君を留めようとすることくらいしか出来ることもない…………」


 後ろに手を組んだまま、彼にしては彼らしくもなく卑屈に思えるほどへりくだって話しをしていた。


 だが、それほどに今のイギリス空軍はパイロット不足に頭を悩ませている。しかも優秀なパイロットとなるとその価値は計り知れない。


 一般市民であるアトキンズの顔色をうかがってしまうのも無理からぬことかもしれないが、当の本人はそんな事で喜ぶような男ではない。


「私は……むしろ自分の我儘のために空軍を利用させてもらっていると思っています。それに……値の張る戦闘機をこれまでに3機も潰しています。それではたして貢献していると言えるのかどうか…………」


 するとレイヴンズクロフトは鼻で笑った。


「フ……君のようなパイロットと比べれば、戦闘機の値段など高が知れている……。まあ、今のMk5だけは簡単に潰すことは出来ないだろうな……、君もライランズ君の悲しむ顔を見たくはないだろう?」


(大佐……?)


 今日はイギリス人らしいシニカルなジョークが冴えているレイヴンズクロフトに心の中で苦笑する。


「痛いところを突きますね、大佐……。ええ、Mk5は今までで一番良い機体でもあるし、おっしゃる通り、ローレルが怖くて簡単には壊せませんね」


 そう言うと彼はニヤリと笑った。


「ふむ、それではMk5を人に任せるワケにもいくまい、まだスピットを降りるつもりは無いということだな?」


(お……、ああ…なるほど。これは駆け引きのお手本ということですか、大佐……?)


 もとより、こんな事で機嫌を損ねてここを去るつもりは無いが、なんとも老獪ろうかいな手管にむしろ胸がすいた。

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