第164話 戦いの理由 3
オスニエルを見ていたのはオルドリーニだけではなかった。
(くそ……間に合わなかったか!)
アトキンズも遠目にハリケーンの危機に気づき、珍しく一直線に飛ばして来たものの友軍を救う事は出来なかった。
(だがあのメッサーは危険だ!)
撃墜したハリケーンに目を付けてからの手際の良さにアトキンズはパイロットがかなりの手練だと確信していた。
互いに狙っては狙われる。放ってはおけない敵に下から素早く忍び寄りMk5をしゃくり上げた瞬間に機銃を浴びせる。
それを見ていたオルドリーニはアトキンズが撃った瞬間に神に感謝した。しかし……
Mk5の弾はメッサーシュミットの機首からエンジン下を正確になぞりコックピットの手前で弾痕が途切れた。
「っ?!」
オルドリーニはベルトで締めあげられた体をそれでも乗り出して眉間にシワを作る。攻撃を受けたメッサーシュミットはエンジンから黒く重たい煙を吐き出してふらついていた。
「っ!?、なんだっ?!下からか…っ??くそっ、この俺を…一体どいつだ……っ?」
メッサーのパイロットは慌てて機体を振って傷を付けた相手を探した。
「!、機関砲付きのスピット…バンディーツかっ!!」
すぐに目を引くMk5を見つけてパイロットはグッと何かをこらえて舌打ちをした。
「チ………願わくば、こんな所で死ぬなよ、アール・アトキンズ…………」
傷を負ったエンジンをかばってメッサーのパイロットはスロットルを緩めた。そしてMk5を目に焼きつけると敵に紛れて転身し、大陸へと引き返して行く。それをアトキンズは追うこともせずに再び爆撃機を追って、2機は背を向け離れて行く
このメッサーのパイロットこそはドイツの雄のひとり、ローデルヒ・メッテルニヒ大尉だった。
既に去った敵機にアトキンズも興味は無い。
(しかし墜とされたハリケーンは誰だったんだ……?)
確かめるほどの余裕は無かった。
(おそらくは……若いパイロット)
そう思ったのは、敵に囲まれているこの戦場で爆撃機に歩調を合わせていたからだ。
爆撃機に機速を合わせれば、同じように並走している敵護衛機にも格好の的になってしまう。そんな敵がそばに来れば相手に見逃してもらえる筈もなかった。
経験が身に染みているベテランならそこに危険を感じていただろう、そうアトキンズは思った。
精一杯に両手を広げても押し寄せる波を押し返すことは出来ない。それでも犠牲を払い、苛む痛みを怒りや戦いの酔いでとり
そうしなければ、その後に見る現実を受け入れられないのかもしれない。
結果として、イギリスは沿岸部の空軍基地を軒並み叩かれて被害も大きなものになった。それにも関わらず、ドイツはこの戦いを振り返って『暗黒の木曜日』と言った。
ドイツの思惑としてはこれだけの大部隊を編成して乗込んだ以上はイギリスの迎撃機を寄せ付けず、損害を最小限に目的を果たすつもりだったが……それでも食らいつくイギリス軍に70機以上を撃ち落とされた。それに対して、たったの150機で迎え撃ったイギリス軍の損害は30機ほどだったという。
1600対150、殲滅してもおかしくない戦力差で、ドイツ軍は敵の倍以上の損害を出したのだから恥ずかしさで顔を覆ったことだろう。だから彼らにとっては『暗黒』だったのだろう。
ただやはり、ドイツに見せつけられた物量の違いは驚異だった。そして数千発の爆弾による大地を揺さぶる破滅的な力も市民に向けられた時のことを思うと身が縮む思いがする。だが、今日の攻撃が軍の基地だったことで兵士達はあっさりと諦観しているようでもあった。誰もがここは最前線であると認識していたからだ。
「手酷くやられたな…………」
44中隊の誰もが帰還ついでにイプスウィッチ基地の上を通ってそんな事を思っていた。『なに…滑走路はすぐに復旧するさ……』そんな程度である。
そして、想定内の滑走路封鎖に驚くこともなく、用意されていた代替案で公園にある平地に次々と機体を下ろしていく。その自由で軽やかな様は羽を休めに下りる鳥さながらの光景だ。
下では既に補給用のトラックが待ち受けている。しかし、パイロットは駐機して風防を重そうに開けてクタクタの
アトキンズも先ずは飛行帽をむしり取り、かすかな震えに大きく息を吐いてから地上を踏む。そしてMk5を見上げてからポンポンと翼を叩いて礼を言った。
そして海峡に振り返って今度は小さな息をはいて呟く……
「アーキン……」
彼が呼んだのはオスニエルのことだ。悲惨な撃墜の後、無線からは彼の名前が聞こえた。
希望の持てない被弾だった……それに落ちて行く動きを見てもパイロットがどうなったのか、それは想像出来る。抵抗の意思なく落ちて行くだけの姿は絶望を抱かせる。とても不感症ではいられない……。
それに、戦場で奇跡を望んではならない…………。
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