第162話 戦いの理由
散開して火中に飛び込んでいった44中隊は自然とハリケーンとスピット・ファイアが組み、意識もせずに2機でワンユニットの『ロッテ戦術』を形作っていた。
大部隊の中にいる彼等はたまたま組んだパートナーを庇いあいながらとにかく機体を振り回して飛び続ける。
「こんなのまともに狙えるかよ!敵機を躱すだけで手一杯じゃねえ…かっ!!」
懸命に操縦桿をこねて誰かが叫ぶ。『躱す』と言ったのは『攻撃を躱す』と意味では無い。過密状態の敵編隊の中はスペースが無さすぎで、一瞬でも気を抜けば他機とぶつかりそうだ。
ドイツ機にとってもそれは同じなわけで、闇雲に追いかけられることは無いが待ち構えているだけの敵機にどこへ行っても大歓迎を受ける。
どうすりゃいいんだ……つい、頭に浮かぶそんな泣き言とは関係無く、戦闘機乗りの本能が敵機を捉えようと行く道を決める。
的は選り取り見取り、旧型の爆撃機でも防御力は侮れないが、戦域が混み合っているせいでいつにも増して鈍重だ。
これなら楽勝とばかりに的を絞りにいこうとすればこちらのチャンスはあちらもチャンス!バカみたいな数の護衛機もすぐに弾幕を集中させてくる。まるで舞台のスポットライトがスーっと自分に集まるように弾が寄って来る。
「クソ……っ!」
僅かなその隙、一瞬のチャンスだけ引き金を引いてまた機体をひるがえす、その繰り返しだ。
「イラつくぜ……」
派手に飛び回りながらも攻撃はコツコツと地味なことこの上ない。精神的にも肉体的にも負担が大きかった。
そんなままならない状況でもお構いなしに戦果を重ねるツワモノも確実に居た。
普段のようにはいかなくても、それでもシャムロックは得意のキレの良い動きで敵を翻弄し、ロングフェローは『予測』を活かして敵機の間をするりするりと有利なポジションを繋いで飛ぶ。そしてアトキンズは上からは鷹のように、更に下からはシャチのように急襲しては視界から消える。
他にも簡単には根を上げない癖者がイプスウィッチの44中隊に顔を揃えている。数におごってこの戦いを甘く見ていた未熟な敵のパイロットが、そんな彼等の意気込みを目の当たりにして気が遅れても仕方がないというものだ。
しかし、多勢に無勢、四面楚歌であることに何も変わりはない。阻止不可能な空爆を前にイギリス軍は既に苦杯を舐めながら戦っている。
だとしても無駄では無い。だからこそ一機でも多くここで墜とす為に敵と敵の弾をかいくぐって爆撃機を追う……。
「危な!……たくっ、射線も取れねぇ…………」
やる事が多すぎて、若手のオスニエル・アーキンは精神的にも追い詰められていた。
「くそっ、こんなに…的は沢山あるってのに……適当に撃っても不思議と当たらないもんだな……っ」
回避と襲撃のコースを上手く重ねる事が出来なければチャンスはなかなか巡って来ない。オスニエルは苦しい戦いに揉まれて手をこまねいていた。
何とか爆撃機を捉えようとしても思うように正面を向けない。ハリケーンを捻って旋回を繰り返し、眉間に力を入れて周りの敵機を睨みつける。
そして隙をうかがいながら爆撃機に近づこうとしてもシャワーの様に弾丸が飛んで来た。
「くぅ……っ!鬱陶しいんだよ、いいかげん!」
オスニエルは必死に気を吐いて困難に挑み続ける。スピットファイアのオルドリーニもやはりこの修羅場に手を焼きながら、そんな彼を見つけてサポートに付いていた。
「おい、シープ4!ガッつき過ぎだっ、ムリに行こうとし過ぎだぞ!!」
「オルドリーニか?!」
仲間の声に孤独ではないことを思い出す。
「そうは言われてもな……っ」
「もっとチャンスを待て!」
好機を手繰り寄せることが出来ないのなら尚のこと、たまにしか巡って来ないチャンスを逃すまいと焦ってしまう。
それでも、もがき続けて何度もなんどもハリケーンを振り回していると、そのチャンスもいくらかは巡って来る、いや、来た!
「っ!」
まるで糸で繋がれていたかのように照準器の真ん中に敵機のコックピットが吸い寄せられて来る……。敵機右やや後方、ちょいと右に舵を切って射線を維持してやれば、ほんの1秒後には必中の距離だ。
(gotcha!!)
千載一遇の好機にオスニエルの集中力が一気に高まる。苦し紛れでは無い必殺の一撃を確信してトリガーに指を置く……。
しかしそれと同時に、メッサーシュミットの銃口が上から彼を睨んでいた。
敵の大編隊が間もなく海岸線に達しようとしていたその頃、イプスウィッチ基地はこれまでに無い緊張感に押し包まれていた。
仮の司令部が置かれている待避壕にはレイヴンズクロフト大佐をはじめ、両中佐が事の成り行きを見守っていたが、ピアースは大佐を気にしてチラチラと様子をうかがっていた。
「大佐、一応お伺いしますが……」
「なにかね……?」
レイヴンズクロフトは事務的に聞き返した。
「いえ……もう少し安全な場所に退避されていた方がよろしいかと…………」
レイヴンズクロフトが何者なのかを知っていたピアースは彼の立場を気遣ってそう言った。
レイヴンズクロフトは大佐ではあっても准将以上の権限があり、例えば海軍ならば大艦隊の旗艦を任せられてもおかしくない人物である。それを現場から離れないように大佐で留まっているのは彼の我儘に他ならない。こんな時には扱いに困る人物でもあるのだ。
だからピアースの問いにもレイヴンズクロフトは素っ気なく答える。
「ここで結構だ……」
「そう、ですか…………」
この待避壕は滑走路や建物から50メートルほどの距離をおいて作られた。その後は爆弾で破壊されたコンクリートや掘り返された残土を山のように積み上げ被せ、不安な防御力を補強すると共にゴミ捨て場の様にカモフラージュすることになった。
瓦礫や泥は緩衝材として中々の効果があるが、どの程度の破壊に耐えられるかは未知数で、それはつまり、この待避壕がどれだけの空爆に耐えられるのかも未知数ということだった。
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