第107話 終わりへのカウントダウン 2

 毎度の事ながらイプスウィッチ中隊の帰還と共にローレルが基地に戻って来れるのは、基地内にある事務所の兵員に連絡をもらえるように手を回していたからである。


「アール少佐!」


「ろ?ローレルっ!」


「はい、ローレルです…?」


 アトキンズは驚いたのではなく、所詮は隠しおおせないモノでも暴かれてしまうことに思わず焦った。


「ローレル、今はここには……」


 滑走路に背を向けてローレルの視線を遮ろうとアトキンズが近いた時、後ろで帰還したパイロット達が騒ぎだした。


「お…おいっ、ロジャーズ!?大丈夫かっ?!」


 2人が振り返るとパイロットのひとりが膝を折り、片手を地に着けもう片方の手で腹部を押さえていた。


「ああ……大丈夫だ。急にふらついちまって…さっきチクリと腹に何か刺さったみたいだが……すぐに医務室に行かせてもらうさ…………」


 負傷したパイロットが気を張って立ち上がろうとすると……


「待ってっ!!」


 声を上げてローレルがそのパイロットに向かって走り出した。


「立ち上がらせないで!すぐにその場に寝かせてっ!!」


「っ?!」


 誰も聞いたことがないローレルの強い口調に知り合って間もないB中隊の面々すらも驚いて固まった。


「早く横になって!」


 ロジャーズとやらがその迫力に圧倒されて尻を着くとローレルは背中を支えながら静かに負傷者を横たえさせた。


「あの…ミス・ライランズ……?」


「いいから安静にして……力を入れないでね」


「え?いえ、ちょっと大袈裟じゃ……」


 戸惑うロジャーズを軽く押さえながらローレルは彼の上着をそっと持ち上げてみた。


(冬服じゃなくて良かった……傷の痛みでしゃがみ込んだのじゃないのならもしかして…………)


 持ち上げた上着の中を数歩離れていた他のパイロットが覗きこんで青ざめた。


「なっっ!?ロジャ……っ!!」


 救命胴衣の下の上着は既にグッショリと血に浸されて、トクトクと溢れてくる血流が背中へスジをつくって流れ落ちる。


 仲間のその表情を見た途端にロジャーズには不安がのしかかってくる。


「な、何だよ…?」


 しかしローレルは優しく微笑んだ。


「大丈夫、大丈夫だよ……」


 そこへアトキンズが堪らず声を掛けてきた。


「ローレル、何か手伝えるか?」


「アール!それじゃあ血が溢れている部位を強く押さえて下さい」


「分かった!」


 アトキンズが傷を素手で押さえる。


「こんなものか?」


「もう少し強く……」


 するとロジャーズの顔が初めて苦痛に歪んだ。


「痛……っ!」


「少佐、そのまま力を緩めないで!」


「ああ……」


 アトキンズにロジャーズを任せるとローレルは立ち上がって周りのパイロット達を見回した。


「彼の乗っていた機体は?」


 その中のひとりがすぐそばのハリケーンを指差した。


「あ、あれですけど……」


 ローレルは指差されたハリケーンの主翼にかけ上がるとコックピットを覗き込んだ。


(!、防弾壁を貫通されてる、機関砲にやられたのね……でもコックピットには血が無い…そうか、シートベルトで圧迫されていたから殆ど出血しなかったのね……)


 僅か数秒でコックピットを確認したローレルはすぐに降りてくると忙しく動き始める。


(弾は中に貫通していたけど反対側の防弾壁は貫通していなかった……おそらく斜めに入って砕けた弾の破片が彼を傷つけた………)


 ローレルは見回した時に目を付けていた兵士を見た。


「そこの君!そのスカーフを貸してくれる?」


「は?あ、はい。どうぞ……」


「ありがとう」


 それから体型が太めの兵士の前で止まると……


「君…悪いけれど君のベルトを貸してくれないかな?」


「え?オレのベルトですか?構わないっスよ……」


 ローレルは必要な物を調達すると40秒でロジャーズの元に戻って来た。


「それから誰か担架の用意を!」


 ローレルの指示にすぐに数名が走り出す。


「お待たせ、ロジャーズ君」


 そして再び彼に微笑みスカーフを硬く丸め始める。それまで黙って見守っていた本人は徐々に不安が募っていた。


「あの……オレ、ヤバいんですか?そんなに痛くも無いし…………」


「うん、大怪我だね。でも大丈夫だよ!」


 そしてまた微笑んだ。


「少佐、代わります。ありがとうございました」


「ああ」


 アトキンズの手が離れるとすぐに手を差し込んで傷を押さえた。


(傷は………………あった!やっぱり小さい。5ミリくらい……血流にハッキリと脈動を感じる。位置からすると…肝臓、血の色からすると肝静脈かな?)


 傷を圧迫しながら触診で探っていく。


「多分、君の肝静脈は弾の破片で傷がついてしまったの」


「肝静脈っ?!それってヤバイんじゃ……っ?」


 まさしくロジャーズは血の気がひいて青ざめた。

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