第29話 魔女は女子会が好き 3
フレヤの両親は娘に負けず劣らずの自由人である。いや、順を考えれば奔放な両親に育てられた故のフレヤの性格と言うべきなのだろう。両親は娘に『フレイヤ』の名を渡してしばらくしてから急にフラリと旅に出たのだが…それがこの戦争が始まる直前だった。
「当分は期待しても無駄よ、ナンナ?」
セアラの希望をかるく刈り取りながらフレヤは持ってきたボトルを取り出した。ボトルを持ち出されるとエラが少したじろぎながら言う。
「な、何を自然にお酒を召しあがろうとしてらっしゃるの?」
「私のじゃ無いわよ、皆んなで飲むの!だからワインにしたのよ、いつもいつも何にも無しじゃつまらないでしょ?」
「ワイン…私好きです」
意外なほどソフィアが嬉しそうに手を叩いた。そしてなぜかセアラは呆れた…というよりは諦めた顔で肩を落とした。
「はあー、お酒好きだもんね、パルカさんは…」
「はい…」
しかしエラの呆れた様子に変わりはなかった。
「それは構いませんが…フレイヤさんグラスは?」
「は?グラスなんて持ってくるわけないでしょ、回し飲みよ、なに?イヤなの…?」
「回し飲みですって…っ?まったく…気が利いているのか、利いていないのか……イヤだなんて言っていませんわっ、ただ、はしたないとは言っておきますわ……」
「そう…よかった、汚いって言われなくて……」
「!?、それは聞き捨てなりませんわフレイヤさん…私たちの間で汚い、などと思うわけがありませんわっ」
フレヤは慣れた手つきでボトルの栓を抜き、
「あら、では遠慮無く……」
こくりと上品にボトルをあおって飲み込むとプラウズはフレヤに戻す。それをフレヤはエラに歩み寄りながら男前に
「よかったら…どう?」
「っ!……いただきますわっ!」
ボトルを受け取ったはいいが、いざボトルを傾けようと身構えてもままならない様子で、がぽっとワインが自分に襲いかかってくるような不安にドキドキしていた。
「無理しなさんな?」
「む、無理ですって?このワタクシが……?」
「じゃあ…はい……」
持ち方が心許ないボトルに手を添えると優しくエラの口もとに誘導する。エラは黙ってフレヤに
「ど…どうも……あら?!このワイン、意外と……」
「でしょ?ワタシもこれは好きなの」
エラがラベルを確かめた。彼女は慣れたように銘柄では無く産地を探す。
「モンラッシュ……!」
「ブルゴーニュのブドウ産地……お酒のことはこのフレヤ姉さんに聞きなさい?あなたの好みにも合いそうでしょう……?」
フレヤの話しをよそにエラは二口目を楽しんでいる。ペロリと舌を舐めながら……
「あ、エラさん…ずるいです……」
独り占めしているエラにおとなしいソフィアが文句を言った。フレヤはそんな様子を見て楽しそうに笑った。
「ふふふ……あとは皆んなで適当にやって…ちゃんと回してねエラ?」
「ん?んん…っ、失礼……」
ボトルはソフィア、そしてセアラと回っていった。ただ5人で1本では特にソフィアは物足りなそうだ。
「あなたはやっぱり姉御肌ねえ……?いえ、男前…でしたっけ?」
「男前っていうのはやめてよ…センセー」
「ふふ…あなたのお母さんも随分男前だった……私も沢山世話を焼いて貰ったもの、ホントそっくり…なんか嬉しいっ!」
「っ?!、セン…………っ」
褒められた、とも言えないがフレヤが照れて言葉を詰まらせる貴重な姿はセアラとソフィアの目を釘付けにする。
(ぷぷーっ、おもろ……っ)
「フレヤさん…かわいい……」
(えっ?ええ………)
ソフィアの熱い視線にいささか引き気味だった。
「でも…もう半年以上、いえ9カ月……リスベットさんから何か連絡は?ご無事なのかしら……?」
リスベットはフレヤの母である。プラウズは安否の分からないフレヤの両親を思い不安な顔を見せる。しかしそんな不安を吹き飛ばすようにフレヤは微笑んだ。
「大丈夫よセンセー、母さんのことだし心配はしていないわ」
「!…まあ、そうね……あのリスベットさんだものね?」
「最後に連絡があったのが3カ月前…流れながれてスイスにいるらしいけれど…その気になれば一晩で十分飛んで帰れる距離だもの…余程居心地が良いのでしょ?まあ今頃は多分、すっかり馴染んで地元顔で普通に生活しているんじゃない?」
「でもさすがですわね?これからもスイスは中立を通すでしょうし侵略されない理由もあるし一番安全ですわ、むしろこの国の方が危ういですもの……」
エラは家の仕事柄各国の状況にも詳しい。意味ありげな言葉にセアラが首を
「侵略されない…理由?」
「ええ…連合国にはちょっと評判が悪いですけれどこの国も…それにドイツもスイスからは武器を買っていますのよ?だからスイスが今の姿勢を変えない限りは、
「ふうーん……」
しかしフレヤはその話しに目をしかめた。
「イヤな話ね…」
「へ?」
今度はフレヤを見てセアラが首を傾げた。
「どいつもこいつも……」
「ドイツもこいつも??」
「はあ…ちーがーう、どの国もこの国も、あの国もよ……」
「はあ…?」
「喧嘩をしたいのならしたい者同士でヤればいいのよ。殺し合いたいのなら殺し合いたい者同士で好きなだけやればいい。国を捨て、家族も大切なものも捨てて、殺して殺されればいいのよ……」
「だから?純粋な彼らを……パイロットを生きて帰らせるために鍛えたかったのね、フレイヤ?」
彼女の静かな
「どんなに男前なあなたでも、やっぱり女ねえっ?うふふふ……」
「センセー……」
「国民と男たちを巻きこんで…兵士をせいぜい投げつける石ころ程度にしか思っていないようで…もしそうでは無くても誰かにとって大切な誰かの命が…国の
「ち……違うわよ、私は飛ぶ事が好きなだけ、私の空でやかましいオモチャに乗って我が物顔で飛び回っていると
「ふうん……それじゃあやっぱり、『罰』は必要かしら、皆さん?」
「え…?」
少し慌てて見回すと全員がニヤニヤと目を細めていた。
「なによ、みんなワインを飲んだでしょ?高いボトルなんだからあれでチャラよ、チャラっ!」
「良いワインなのは分かりますけど5人で1本ですもの、袖の下と言うにはあまりにも…わたくしはひと口、いえ、ふた口しかいただいて…いま……あら?そういえばさっぱりボトルが回ってきていませんわ…て……?」
エラが嫌味っぽく冗談を言う途中からワインの行方不明に気がついた。そういえばと皆んながボトルを探すと……
「あ!パルカさんあなたっ、何を抱えこんで独り占めしてらっしゃるのっ?」
ちょっと目の
「はい!フレヤさんの『罰』はウチの看板娘で決定です!私が面倒みますっ!」
「出たわねブラックソフィア!大人しく皆んなにボトルを回しなさいっ」
パルカはお酒が大好きである。そして彼女は誰よりも最速で酔っぱらう事が特技だが酔うとブラックソフィアに変身する。変身とはつまり普通の酔っぱらいとは明らかに違って、酔うほどに
しかし早く酔っぱらうからといって酒に弱いわけでは無く…ここからがとにかく長い、とても付き合いきれない『をろち』並みの酒豪である。目の前の酒瓶はことごとく空になり、だらしなくなっていく周りに反してどんどん明朗快活になり手に負えなくなるが、余程で無ければ家族とフレヤの言うことだけは聞くのであった。
「セアラにワインを渡してソフィア…」
「うぅ〜…はいっ!」
フレヤに言われるとちょっとグズってからセアラにボトルを差し出した。
「ああ、はい………久しぶりに見たなー、黒パルカさん。そうですよねえ、パルカさんがいる時はあまりお酒を持って来れませんねえ?」
「でしょう?でも私はけっこうブラックソフィアも好きなのだけどね」
フレヤがそう言うとソフィアにがっしりと腕を掴まれた。
「ちょっとフレヤさん!ブラックソフィアって誰ですかっ?」
「え?ええと、もちろんあなたのことよ?お酒に酔っている時のね…」
「ん?お酒に酔うことを『ブラック』って言うんですか?んん…?でもわたしってお酒に酔った経験が無いんですよねえ……?」
酔っぱらいは大概そう言う…と全員が閉口した。酔いが覚めたソフィアは記憶が飛んでいることにいつも焦ってオロオロするが、ブラックソフィアに変身している間はもう別人格である。
「あっ、でも私のことが好きってことですよね?好きって言ってくれましたよねっ?」
「え…ええ」
「うれしいーーっ!!」
ソフィアははばかりもせずフレヤの胸に抱きついて頬ずりしまくった。
「あー、この姿をなんとか記録して一度本人に見せてみたい…」
セアラは冷ややかな目をしてそんなことを言う…とオデコにフレヤの水平チョップがすかさずヒットする。
「あだ…っ!」
「それは…面白そうねえ?」
「はっ!?ちょっと…っじゃあ何で私はぶたれたんですかっ?」
「え?ああ…反射的に?ごめんなさいねナンナ…?」
「ああー、バカになるーっバカになっちゃいますよっ?!」
フレヤは転んだ子供をあやすようにオデコにあてているセアラの手の上からやさしく撫でた。
「ごめんごめんセアラ…私を叩いてもいいから…」
「ヤですよっフレヤさんを叩くなんてえ……うむむーん、これはキッチリと貸しにさせてもらいますー、ほっほっほ〜…」
「分かっているわよ、りょーかい」
そして仕方がないと肩をすくめた。
彼女達の間には確かに強い繋がりと信頼がある。最低でも母の代から、フレヤとセアラの氏族などはこの中で最も長くこの地に住んでいる。二人の関係はだからこそとも言えるが、それでも、例えばプラウズの心配が現実となりどちらかの家族に石が投げつけられても、決して助けず
それは自分と自分の家族を守る為、そして暗い歴史に付きまとわれながらも誇ってきた稀な血脈を絶やさない為に同族全体に受け継がれてきた『決断』だと言えた。しかしこの『教育』には必ず『ひとこと』が付け加えられる。
『あなたが後悔しない決断をしなさい』と……
その『教育』は彼女達の関係を尚更のことかけがえの無い宝石のように輝かせ、それぞれの支えにもなっていた。この夜会は
だからこの場では
「そういえば……あれから誰か『あの国』からのメッセージは聞いたのかしら?」
プラウズが『何となく』話しをきり出した。
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