第28話 魔女は女子会が好き 2

「んんっ、そういえば…たまたま小耳に挟んだのですけれど、フレイヤさん?……また空軍の飛行機にちょっかいを出したとか?」


「!」

「!?」


 どこから情報を仕入れるものか、フレヤの行動がエラに筒抜けであった。


「タレイヤ…あいかわらず地獄耳ね……?と言うか基地の中で働く地元の人間あたりからかしら?もしかして初めからスパイさせるつもりで誰かを潜り込ませているとか……?」


「っ!…きっ企業秘密ですわっ!」


 ムダにふんぞって得意げだが、フレヤの言葉に頬をピクピクさせてこわばらせるあたりで焦りが透けて見える。それがまた、妙に面白い。しかしソフィアはフレヤを告発されてちょっと怒っているし、セアラはエラの反応に顔を背けて吹き出しそうになるのを堪えていた。


(ぶふ…っ、分かりやすっ)


 でもエラがつげ口のようにフレヤの行動をとがめるのにはちゃんとした理由があった、それはプラウズがこれから説明してくれる。


「またですか?フレイヤ…」


 フレヤは面倒そうに小さな息を吐くとお叱りを覚悟した。しかしこの時プラウズの言葉に当の本人よりもドキドキとしていたのセアラの方である。


(だから言ったのにぃー…)


「フレイヤ……私達には明確な『掟』といったものは無いけれど、ましてやあなたをこの街から追い出したいなどと思う者もここにはいない。けれど私達の意に反してこのまま『彼等』の反感を買う危険のある行為を続けるならば、あなたの追放に反対できる者もまた、誰もいないということを覚悟していますか?」


 決して大袈裟では無く、フレヤの行動が彼女達全員の今の『自由』を危ういものにするかもしれない、それは彼女達の間ではとても罪の重い事であり、軽くても追放、本当に最悪の場合は彼女達の中で『決着』を着けなければならないこともあった。幸いこの街で過去に『同族殺し』が行われた事は無い。


「『不干渉』、それが私達の『不文律の掟』であることは今も変わりません。ましてや国やその軍隊には特に近寄るべきでは無い事も理解していますね?」


「ええ…」


 ここで誰かが一言、フレヤに対して『罰が必要だ』そう言った瞬間に有罪は確定する。それ程彼女の罪は明白だった。


「今までは個人的な注意で済ませてきましたが……今日はそういうわけにはいかないでしょう」


「!」

「っ!?」


 他の3人はプラウズの言葉に驚き強張こわばった。これは彼女達の裁判である。そしてここにいる全員が、仲間に対して評決を求められることなど初めての経験だった。突然の重苦しい空気にそれぞれが緊張する。


「では皆さんに問いましょう…フレイヤに罰は必要ですか?」


 この彼女達の法廷では全員が陪審員であり、裁判官でもある。


「………………」


 幸いこのプラウズの問いかけに手を上げる者はいなかった。もし有罪となった場合、刑の量定は全員の意見の一致が条件となり、最悪は『極刑』によりその場での『同族殺し』で完結する。この夜会が秘密とされているのはその為でもあった。


 プラウズは結果が分かっていながらも全員の顔を見て確かめ、心の内ではホッと安堵あんどした。


「皆んなあなたのことが好きみたいですよ、フレイヤ?」


 これまでのようなお叱りを受けるでも無く、プラウズのこの言葉はフレヤにとっては何よりもこたえるものだ。


「フレイヤ、私達が望むのは皆のこの好意を裏切らないで欲しいということ…どんな罰であってもあなたを断罪する事は、皆にとっては何よりも苦痛になるでしょう……」


「……ええ、私が悪かった……これからは自重するわ……」


 フレヤの謝罪を聞いて全員がホッと表情を緩めた。それから主宰しゅさいであるプラウズはエラを見て確認するように言った。


「タレイヤ、あなたが知った中でフレイヤのことが基地で問題になっていたり…何か対応を考えているような情報は無いのかしら?」


「え?いいえ…どうやらあちらも私達には不干渉を通しているようですわ。おそらく安心してよろしいかと……」


「そう…それはなによりですね。それではもう、嫌な話しは終わりにしましょう」


 フレヤの裁判はプラウズの笑顔で早々に幕引きとなったが、彼女は彼女達の『掟』が個人の自由を必要以上に束縛することを懸念けねんしているし、何より『不自由』は好まない。それはなぜか共通した彼女達のリベラルな『性格』とも言える。


 だからこそプラウズはこう付け加えた。


「そうそう…でもねフレイヤ、もしも懸念けねんが無いのであれば、あなたが誰と何処で会おうとも私はかまわないと思っていますよ?」


「え!」

「まさかっ?!」


 皆の視線がフレヤに集まった。


「は……っ?はあっ!?それはセンセーっ、思い違いにもほどがあるわよっ?!」


「あらそう…まあ、あくまで『もしも』という話しよ?それにもしも…もしかしたら、これからそんな事もあるかもしれない…でしょう?」


「先の話をされても答えようも無いし…それは…そうかもしれないけれど……」


 戸惑い気味なフレヤの横顔を見ながらセアラはアトキンズの事を思い出した。


(むむ…あるある……あり得る!しかもここで否定もしないなんて全然フレヤさんらしく無いし……)


 などと疑心暗鬼なオーラを漂わせると当然フレヤに感づかれる。


「な、なによセアラ……?」


 ましてや人の内面を感じ取ることに長けている彼女達を相手に完璧なポーカーフェイスで押し通すのは難しいことだ。


「何でも無いですよー、オーナー……ねえーパルカさんっ?」


「えっ?あ、うう…ん」


 何やら秘密めいたフレヤの態度をちょっと不安な面持おももちでソフィアは見つめていた。


 そんな掛け合いを眺めてエラが口を挟まないワケがない。


「ふうん……ワタクシも一緒に遊びに行こうかしら?ねえ、ソフィアさん…あ、失礼…パルカさんでしたわ、どうかしら?何か面白いものが見れるかもしれませんわよ?」


「お、面白くなんか…無いですっ。でも…」


 でもフレヤが心配だった。


「まったく……好きにすれば?ただし店ではこの私がルールだから…今までも気に入らない客は何人も出禁にしてきたから気をつけてね?」


「こ、このワタクシを出禁にしようなんて……無駄な通告にしかなりませんわよ?!」


 フレヤがエラに投げつけた言葉に怖気付いたのはソフィアの方だった。


「ああ、あなたは大丈夫よ、パルカ…」


 すぐにソフィアをなだめると彼女はホッと顔をほころばせる。


「でも、でも良かった……フレイヤさんが罰を受けなくて済んで……」


「ごめんね『ソフィア』、心配かけて……」


「!、いっいえ……も、もしも『罰』が決まっても、『追放』なんて私がさせませんから……えと、そうですね…フレヤさんはウチで一か月タダ働きの刑ですっ」


「ええ?くす、それはまた……っ」


 この街には『WordLimited』という古い本屋がある。ソフィアの家は古くから書店を営んでいて、店の半分は新書が占めているが、実は貴重な古書を扱うのが本業で、店の奥では値段のつかないような希少本を数多く取り扱っているという。世界中のビブリオマニアの間では実は有名な店である。


「ちょっとー、どさくさにウチの社長を引き抜こうとしないでください!そんなのちっとも罰になってないし、パルカさんにはご褒美だし……フレイヤさんがいない間私が大変なだけだしー」


 セアラはすぐに2人の間に文字通り顔を突っ込んだ。


「ふうむ、でもパルカの店の奥は、前からちょっと興味があったのよねえ……」


 そう言うとソフィアは美味しそうな匂いをかぎつけた仔犬のようにフレヤを見た。


「ほ、ホントにっ?古書に興味がありますかっ?!じゃ、じゃあ今度是非遊びに来てください、あの…詳しくは言えないけれど凄く有名な哲学者とか、ええと、14世紀で一番有名なあの人の関連物とか……」


「14世紀で一番…?って……え、まさかっ?あの人のことっ!?科学者で芸術家のっ?まさかウソでしょ……っ?」


「?」


 首を傾げてしかめっ面をしているセアラと顔を並べて、フレヤは慌てて声を潜めてヒソヒソと話し始めた。


「ホントにあの…イタリア人の?」


「はい…イタリア人の……」


「まさか手稿……?」


「え?フレヤさん詳しい?ん、ううん……来てくれれば…お教えしても……」


「えっまさか……あるのっ?!」


 不審な取引の様相をていしてきたヒソヒソ話しにセアラは呆れかえるばかりである。


「はあ……何の話しをしているんだか…?でもねえ、フレイヤさん…?パルカさんのお店の奥に踏みこんだら……二度と帰ってこれないかもしれませよお?」


「?……なんで?」


「え?いやなんでって…ここで聞き返しますー?ジョークのオチを説明させられるくらい恥ずかしいですよっ?!」


「くす…でしょうね?」


「んなっ!、ワザと…っ?!むう、前々から心配してねぇ…心を砕いて密かに胸を痛めていた私には何も無いんですかっ?」


 アゴを突き出して御立腹である。セアラはいつでもそばでフレヤのことを心配して再三再四釘を刺してきたのに、どちらかと言えばフレヤのほうが妹みたいなものだから怒るのも当然である。


 そんなセアラを覗き込んでそっとその頭を抱きかかえて囁いた。


「そうね…いつもありがとうセアラ」


「お…フレヤさん?」


「でもまあ、あなたは家族だもの…これからも遠慮はしないからよろしくね?」


「えん…っ!?もおっ!少しは遠慮して下さいっ手加減してくださいよぉ…はあ、手のかかる姉を持つともう……ああ…おじさま、おばさま、私にはムリですう、早く帰ってきてくれないかなあ……?」


「ふふ……」

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