第15話 メカニックハウス

 イプスウィッチ飛行場のこの格納庫の殆どは整備の為にスペースを割いている。今は3人の整備員がパイロットの任務を支えているのだが、アトキンズのテスト機において全権限を持っているのはローレルである。


 Mk5はエンジン周りの『身ぐるみ』をはがされ、燃料を抜かれ、オイルを抜かれ、あらゆるワイヤー、チューブと、勤めの短かったエンジンを降ろすために機体との繋がりを先ずは取り除いていく。


 もちろん1日でエンジンを換装するなど彼女ひとりで出来るわけがない。見も知らない職人かたぎな彼等の手をいきなり借りなければならないわけだが、初日、彼女が中隊長のレイヴンズクロフトに挨拶した後、真っ先に訪れたのがこの格納庫だった。


 機械愛好者同志であることと彼女の人柄を持ってすれば、ここの『住人達』に気に入られるのも当然で、1時間も経った頃には旧知のようにお茶を飲み『ホームステイ』の様に受け入れられていた。


 『明日には新エンジンを載せたい』そんな彼女のわがままにも3人は親指を立てて見せた。そして嬉々として工具を握って手際良くスピットをバラしていく彼女の姿を見て彼等はますますローレルにほれ込んでいく。


「まああれだな、それだけ工具を使い慣れているのに手が綺麗なのはウデが良い証拠だな」


 ここの『住人』は先ず責任者であるエイベル・ニコルズ51歳、飛行機と歴史を共にしてきた職人軍人である。それから一番若手のスペンサー・グーチが26歳、そして今ローレルを褒めたのがパスカル・オーツ33歳、彼はもともとこのイプスウィッチの住人で現地調達されたメカニックである。この街のことなら生まれも育ちも地元のオーツに聞けば間違いが無い。


「えへへー……いつも手袋してるし機械いじりが好きなだけです、それに手を動かしていた方がアタマも回るし集中出来るし…あっすいませんソコ、持っててもらっていいですか?」


「はいよ」


 やはりパイロットはパイロット同士、メカニックはメカニック同士……いや、ローレル・ライオンズはエンジニアだったっけ?とにかく仲良く手際良く解体されていくスピットをアトキンズは静かに眺めていた。


「アンタが噂のアール・アトキンズ少佐か」


 端の壁にもたれて眺めるアトキンズにニコルズが声をかけてきた。


「ああ、おじゃまさせてもらってますよ、アトキンズです。たしかニコルズさんでしたよね?」


「かしこまるんじゃねえよ、階級じゃアンタの方がずっと上なんだし国の英雄だろ?」


 オイルの染み込んだ黒くてゴツイ手で肩を叩かれると、アトキンズはローレルの手の今後が心配になってきた。


「よしてくれ、ただの飛行機乗りだよ。『英雄』ならほらっ、そこで今飛行機をいじってるよ」


「…………そうかい、謙遜か戒めか、まあどちらでもいいが」


 ローレルの手が一瞬止まる。


「しかし大した嬢ちゃんだな、マリーン社から女のエンジニアが来ると聞いた時はスカしたインテリが来ると苦々しく思ったが、ウデもいいし頭もいい…何しろいくら開発チームのメンバーだと言っても…マニュアルも見ないんだからな!」


「そうだろ?マニュアルはおろか何百ページもある図面まであの頭の中に収まってるらしい、しかも他の機体の分までな」


 それを聞いてニコルズは疑いようも無く驚いた。


「本当かっ!?驚いたね……おまけに可愛いときたもんだ、とてもオレと同じ人間とは思えねえな……」


「まったくだ、神の愛も不平等なのかもな?」


 そのセリフをニコルズは鼻で笑い飛ばした。


「ハっ、よく言うぜ、敵機を墜とすのがどれだけ大変なのかはちゃあんと知っているぜ?オレから見れば少佐殿も神の世界の住人だ。アンタらは同じく天才だし、お似合いだよ」


「?!、あーいや……彼女は……」


 アトキンズはローレルを見ては彼女の反応を気にし始める、何しろ彼女の耳は地獄耳…いや、悪魔の耳と言ってもいい。


「何だあ?オレの勘違いか?彼女はお前さんの話しをする時……」


「ちょっ…ちょおっとぉーっ!」


 慌ててローレルが割り込んできた。


「しょ、少佐は何でこんな所で油を売ってるの、かな……?」


 まさか聞こえていたのかと彼女の慌てぶりを見てニコルズは目を白黒させた。そんな様子にアトキンズはため息をつく。


「何でって……いや、ローテからも外されてヒマだから」


「ひま…は、そうでしょうけど……ええと、もうせっかくだから散歩するとかのんびりするとか、若い子に飛行技術の講義でもするとか……」


「ええ?教官でもないし、ガラじゃ無いな……」


「もう……じゃあパブにでも行くとか」


 まるで掃除の邪魔で追い出される夫のようだ。


「パブぅ?まだ午後を回ったばかりじゃないか?」


「なんでお酒を飲もうとするんですか?パブはお茶や食べ物も出しているでしょう?お散歩して、お茶して、景色を眺めてのんびりできれば最高じゃないですか?」


「老人かよ……?分かった分かった、邪魔なら退散するよ」


 壁にもたれていた背中を引き剥がすと諦めてドアに向かって歩き始めた。


「あっ、少佐しょうさ、行くアテはあるんですか?あるなら場所を教えておいて下さいっ」


「え?ううむ、まあパブなら…すぐそこの『メイポール』かな……」


「『メイポール』……わかりましたっ、じゃあ6時で!」


「はあ…っ?来るのっ?て言うかそれまで待ってるのっ?」


「だって暇でしょ?」


 ローレルの笑顔に若干の圧力を感じてたじろぐと喉から出かけていたものを飲み込んだ。


「いや、う、うむ…まあ暇だしね」


「くっくっく…またな」


 アトキンズはニコルズのひにく笑いを背中に受けながらそそくさと格納庫から撤退した。

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