ロボがなければただの人!?
広大な敷地内には今、市民たちの悲鳴と絶叫が満ちていた。
みれば、大型商業施設であるジャシコの看板が燃えている。どうやら一発目の爆発は、トレードマークである施設の顔を
「いよぉし! 狼流っ! お前たちはここで待ってな!」
唯一この世で見下ろせる女性、小さな小さな麗流が大きく見えた。
「でも、
「反論は、なーしっ! いいか、狼流っ! お前は友達を守ってここにいな。アタシは
それだけいってニヒヒと笑うと、麗流は「んじゃ!」と行ってしまう。
その背が、避難する人たちの中に消えてしまうまで、黙って狼流は見送るしかできなかった。
そう、狼流は一般人……超人ではない。
そして、訓練を重ねた消防士でもなく、ただの学生だ。
なにより、英雄号がなければなにもできないのだ。
「クソッ、またテロか!」
「狼流、ではわたしもこれで」
「ちょ、ちょっと待て
サンルーフから降りて頭上の窓を閉めると、真心はいつもの
それに、今は屋内に残った人たちの救出も必要だ。
そして、二度目の爆発が響いて車体がビリビリと震える。
「複数の爆発物を使用しているようですね」
「だから、待てって真心!」
「そ、そうッスよ真心先輩!」
彼女が腕時計型のデバイスに手をかけるので、慌てて狼流は止めた。
「いいか、真心……正体がバレるぞ! こんなところでメイデンハートを呼び出してみろ」
「わかりました、呼び出してみます!」
「そういう意味じゃない! 呼び出すとどうなるか考えろ、って言ってる!」
「……
「お前の、その、お父さん? どう思うかは?」
「困らせてしまいます、ね……むむっ」
「むむっ、じゃないよもぉ。今までよくバレなかったな、お前。少しさ、落ち着こうな? なっ?」
そうは言っても、気が気じゃないのは狼流も一緒だ。
だが、助手席のアイネだけが冷静に
彼女はあっという間に、周囲に無数の光学ウィンドウを並べて浮かべた。
ジャシコの店内を映す映像の数々に、ベコが小さく鼻を唸らせる。
「今、施設内の防犯カメラを拝借した。ふむ、避難誘導は進んでいるようだね」
「ようだね、って先輩」
「まあまあ、みんな落ち着き
今日も真っ赤なマフラーで口元を隠しつつ、アイネが矢継ぎ早に画面を切り替える。今や、車内にびっしりと立体映像が浮かび上がっていた。
その全てに、必死で逃げ惑う市民が映っている。
中には、火の手と共に黒煙が満ちている画面もあった。
そして、アイネは
「真心君、メイデンハートを呼び給え」
狼流は言葉を失った。
逆に、蘭緋が「は?」と思わず漏らす。
そして真心は、素直に「了解です」と手首へ指を走らせた。
それは確実に、今この瞬間にもこちらへと飛んでくるのだった。
「ちょ、ちょっと先輩!」
「落ち着き給えと言ってる、少年。蘭緋、ロボット部で開発中のアレは持ってきてるね?」
ニヤリとアイネが笑う。
そして、即座に蘭緋も同じ表情になる。
この瞬間、停学では済まない程度のデカい軽犯罪が成立していた。
「アレっていうと……アレなんスかねえ」
「しらばっくれるんじゃないよ、蘭緋? うちの会、出入り禁止にしちゃうよ? それと、あー、少年! 実は蘭緋は君が」
「わーっ! わーわーっ! わかってるッス! 出すッス、出しますよ!」
蘭緋が耳まで真っ赤になった。
そして、狼流は真心と一緒に小首を
そんな周囲を尻目に、蘭緋はリュックサックからなにかを取り出した。
それは、ちょっと厚ぼったい手袋に見えた。
「自分の秘密の研究なんスからね? 部のみんなにだって、まだ見せてないッス」
「はは、いいじゃないかあ……少年たちに解説をよろしく」
「ういーッス。あー、ゴホン! これはリモハンド、正式名称リモート・コントロール・ハンド・デバイスでっす!」
アイネが
狭い車内の真ん中で、アイネは不要なウィンドウを片付けつつ説明を補足した。
手首の電源を入れると、リモハンドの周囲に立体映像のリングが現れる。それは、狼流にとってはお
そう、ローダボットのコクピットにあるハンドルである。
ローダボットはバイクのような左右のハンドルを握るが、操縦者の手の動きをトレースするためのリング状のセンサーが周囲を覆っている。
すぐに狼流はピンと来た。
「これ、もしかして……マジかよ!?」
「マジなんスよ、これが。手の動きだけで、ほぼ完全にローダボットの操縦が遠隔で行えるッス」
「よし、これで学校の英雄号を」
「違うんスよ、先輩……それじゃ間に合わないッス」
「あ、そっか。それに、見えなきゃな……部室から出すにしても、視界が確保されてないと事故が怖い」
「そ・こ・でっ!」
きゃるるん、と蘭緋がぶりっ子笑顔でウィンクする。
同時に、軽ワゴンの屋根にゴン! となにかが降りてきた。
そして、周囲で逃げ散る老若男女が、足を止めて振り返る。
全ての視線が天井の向こう側で、
「おお、メイデンハートだ!」
「そうか、ロボットなら爆発物のある中でも安心だな!」
「頼むぞ、メイデンハートッ! また逃げ遅れてる人がいるんだ!」
「他のヒーローたちもすぐ来る……助かる、助かるぞ俺たちっ!」
無責任なことを言ってるように聴こえても、これが危機にさらされた人間の正直な本音だ。神に祈るしか出来なかった大昔と違って……この世界には今、ヒーローがいる。
超人と呼ばれる新たな人類が、時に世界を脅かし、同時に世界を救ってくれるのだ。
そして、当然のように真心が外に出ようとする。
それを蘭緋が引き止め、狼流に押し付けてきた。
「真心先輩、ストーップ! ドウドウ、ステイ! ステイ!」
「は、はい。ええと、待ちます」
「よし、いい子いい子……じゃないッス! 真心先輩、外のメイデンハートへのアクセス権、アイネ先輩に渡せるッスか?」
「可能です」
「すぐやってくださいッス!」
「はい……? これは、つまり?」
真心、文字通り超人的な精神力と肉体を持ってるように見えて……意外と頭は
蘭緋がせわしいチャウチャウなら、真心は大きなシベリアンハスキーだ。
そして、ワンコそのものなベコは先ほどから期待に息を弾ませている。
ともあれ、真心がデバイスを操作すると、アイネもピシャリと手を叩く。
「よしよし、アイ・ハブ。コントロールが来たね。リモハンドにリンク、フル制御よし……どれどれ」
「ちょ、ちょっと先輩?」
「ん? ああ、早速我々ロダ研の仕事を始めようじゃないか。少年、腕を見せてもらうぞ?」
信じられない言葉がアイネから放たれた。
そして、メイデンハートのメインカメラ、頭部のツインアイが捉えている画像が目の前にポップアップする。光学ウィンドウのそれは、普段の真心が見ている風景だった。
CG補正された視界では、全てが無機質に見える。
遠くの海でさえ、どこかゲームの中の世界みたいだ。
「真心君、君のメイデンハートを少年に貸してやってくれ。いいね?」
「はい。……なるほど、それでしたらわたしの正体は守れるのですね」
「
「であれば、ちょっと失礼します」
グイと隣から、真心が身を乗り出してきた。
「リモートでの操作がしやすいように、各関節の反応係数に補正を入れます」
「お、サンキュ! って、ちょっと、あの、真心……あ、当たってます、けど?」
そう
「はい、セッティングのアタリは
「い、いや、別にっ!」
「では、お願いします。わたしもお手伝いしますので」
アイネと蘭緋は、それぞれ自分のオプホで忙しく作業を始めた。
あっという間に施設の見取り図が展開され、狼流が真心と見詰める画面に矢印のアイコンが浮かぶ。
そして、喝采と切望の声が入り交じる中で、頭上のメイデンハートは災厄の中へと再び飛び立つのだった。
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