5枚目:招かれざる客

真夜中の森の中、賢者たるふくろうたちの鳴く声が響く。気温がぐっと下がることによって発生した霧はその場にいる者たちの目を欺くように覆い隠し、一層迷いやすい。頼りになるものも無く、無力な動物たちは息をひそめて朝日が昇るのを心待ちにしている。微かに降り注ぐ月明りはとても冷たく、その森を要塞ようさいの様に仕立て上げていた。


その中に、赤く光るものが二つ、姿を現した。それはゆっくりと左右に揺れ、そばに来ていた一羽の梟を捉えると形を歪めた。風が吹き、木の葉が揺れて月光を通す。照らし出されたのは一人の人間の形をしたものだった。死人のように白い肌が眩しく照らされ、濡れたような黒髪と背後に畳まれた翼と明確なコントラストを生んでこの世ならざる者の風格を醸し出している。腕を差し出すと梟はそこへ乗り、一鳴きして落ち着いた。かの者は立ち上がる。


「…こんな時にか、奇妙なものだ」


呟きを零す唇は赤黒い血の色だ。ふと森の入り口の方を見やると、この森の番人の役割を果たす梟たちが、かの者を見つめている。挨拶をするかのように右手を上げると、彼らは羽ばたきで応えた。




がさり、と草が揺れる音が遠くから聞こえて、不気味に輝く瞳たちが一斉にそちらを向いた。


─来た。

─来た。

─森に在らざる者が来た。


─主よ。


梟たちが俄に騒ぎ立て、黒い翼の者を見やる。かの者はやれやれといった様子で首を振り、腕に乗せていた梟を離れるよう促すと音がする方へ赴いた。向こうはかの者の気配に気が付いたのかこちらに向かってくる足を止めたらしく、草が擦れる音は一人分となる。少し背が高い低木を挟んで向こう側、果たして森への侵入者はいた。体が小刻みに震えているのを見るに、どうやら怯えている様だった。


「お客人、…お前のことだ」


黒い翼を持つ者は侵入者に声を掛けた。その声色には一切感情が乗っておらず、更に縮み上がった相手をみて些か決まりが悪くなったかの者は、座り込んでいる侵入者の前に片膝をついて目線を下げる。あまりの恐怖からか、顔には水の流れ落ちた跡がまなじりから続いている。


「どうやってここまで来たのだ」


努めて、そうかの者は努めて声を柔らかくして問うた。しかし聞こえる声色は大して先程と変わらない。可哀そうな程目を見開いて、侵入者はどもりながら森の近くを散歩していたらいつの間にかここにいたという旨を話した。かの者は唇を親指でなぞりながら、ふむと一考する素振りをした。この場には霧がずっと立ち込めており、気温は低いため侵入者の体は冷え切って、今度は恐怖に加えて寒さで体の震えが大きくなる。それを見た赤の瞳は何を思ったか、すいと細められる。


「ここはお前のような人間が来るところではない。ましてや今は夜、人間と相容れない者たちが駆けまわる時間帯。早く出るべきだが…さて」


かの者は周囲を一瞥し、目に留まった体の比較的小さな梟を呼び寄せた。梟は器用に侵入者の肩にとまって一鳴きする。それの頭を軽く撫ぜながらかの者は続けた。


「これを貸してやる。出口は迷わないだろう…見失わないように追いかけることだ」


そう言って立ち上がると、かの者は踵を返して歩いていく。残された侵入者が顔をあげると、丁度かの者の背を覆うマントが翻ったところだった。左側には黒い大きな翼があったが右は見えないな、と思っていた侵入者は自分の目を疑うこととなる。右側に生えていたのは鳥の翼の、骨。先端や関節などに宝石のように輝くものが下げられており、それはうまい具合にマントに仕舞われていたことにより今まで見えなかったのだ。明らかに、かの者は人ならざる者。ひゅ、と息の詰まる音がしたが、案内役の小さな梟が焦れて飛び立つ。


─帰れ。

─帰れ。

─主の許しを受けた者よ。


同時に、人影もないのに声が響く。既にかの者の姿は見えなくなり、侵入者は果てしない恐怖におののいたが、思考を放棄した。振り返ると小さな梟は霧の奥で姿を消しかけている。急いで後を追い、侵入者も霧で見えなくなっていった。



とある森の奥、それは誰に会うことも無く暮らしている。噂が広まり、人々はこう呼ぶ。『梟の主』と。

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