4枚目:一夜の記憶
今宵は満月。雲一つない夜空で、美しい真円の月が地上にその光を惜しみなく降り注ぐ。
その光の下、ささやかな輝きの恩恵を受けて咲き誇る、一輪の大輪の花。そこには小さな妖精が座って、月を眺めていた。
煌めくような絹の髪が風に揺れ、彼女の翅はそっと開いたり閉じたりを繰り返す。辺りが静かな暗闇にのまれる中、その花だけは自ら光を放っているようにも見える。
生まれたばかりの彼女はため息をついた。彼女はこの花の化身である。そして、自らのこの先を知っていて、それに憂いているのだ。
立った一夜だけ咲き誇る、大輪の花。それが儚さを引き立てて、人間にとっては人気であるのだが、彼女は出会いを望んでいた。このまま独りで枯れていくのは、あまりにつまらない。誰か、来ないものだろうか、そう心の中で思いながら空を見上げていた。
月が真上に来た頃、彼女は誰かが近くにいるのを聞き取った。それは瞬きのうちに彼女の目の前までやってきた。黒い髪が特徴の、自分とはまた異なる羽をもった者だった。
「こんばんは。素敵な夜だ、そう思わないかい」
初めてみる別の同族。声をかけられたのも、それと同時に微笑みかけられたのも、全て初めてな彼女には、どうしたらいいのか見当もつかなかった。驚きに目を瞠りながら声も出せないでいると、やってきた黒い妖精はお構いなしに隣へやってきた。
「随分美しい髪だ」
笑いかけられ、初めてうまれた感情がくすぐったくて顔を綻ばせる。それを見た黒い妖精は一層笑みを深くして、花に座った。
「退屈だろう?僕がいろんなお話をしてあげるよ」
長い間、様々な知らない話を聞いていく中、彼女は段々と強くなる眠気を覚えた。
いつの間にか、月は沈みかけて、地平線から明るい青が広がり始めた。月とはまた違った強い輝きに、彼女は思わず感嘆の息を漏らした。閉じかけてきた瞼がいよいよ重たい。頭の重さに抗えず、隣の肩にもたれかかると、ふっと笑うのが聞こえてきた。
「眠いかい?いいよ、このままお休み」
ゆったりとした声がさらに眠気を誘う。何度かゆっくりと瞬きを繰り返し、彼女の瞼は完全に閉じられた。同時に座っていた花がうつむき、張りがなくなって座っていられないほどになった。ずり落ちかける彼女を、黒い妖精が持ち上げる。この花の下、地面にそっと寝かせ、明るくなってきた空を見やる。
「僕が覚えていてあげるよ、だから心配しないで」
誰も聞いていない中でそう零すと、黒い妖精は飛び立った。目指すは明るくなっていく空とは反対の方角。真っ黒な中に小さな煌めきが散らばる髪を靡かせて、黒い妖精は飛んで行った。
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