第二回バス転落事故検討会(1)


 十二月に入ってすぐの水曜日、第二回検討会が新聞部部室にて行われた。

 まずは僕が調べた裁判の情報についてみんなに開示する。

僕は自分の鞄から裁判に関する情報をプリントアウトしたものを取り出し、みんなに配布した。

「書類送検されたバス会社の役員二名は検察によって略式起訴された。でも起訴内容は道路交通法違反で、罰金三十万円となっている。刑事裁判としてはそれで終わりみたいだ。ちなみに事故を起こしたバスの運転手の二名については容疑者死亡のまま不起訴となっている。よくある刑事事件の流れだ。でも被害者遺族によって結成された団体が一丸となって、今度は民事裁判を展開していて、それは二〇一七年十二月現在も続いている」

「佐倉の名前みたいな団体名だな」と糸山がチャチャを入れた。

「ほんとね」と星原さん微笑んだ。

 僕はそれをスルーし、本題を続けた。

「森さんもその活動に参加していたの?」

「ううん、参加しなかった」と森さんは首を振った。「でも被害者遺族みんなで情報共有をしたり、足並みを揃えていこう、みたいな枠組みらしいことだけは、なんとなく」

 確か彼女の両親は、この件から森さんを遠ざけている気配があるらしかった。

「事故原因の究明、そして同様の事故の再発防止がこの会の目的らしいようね」と星原さんが配布資料の内容を読み上げた。

「その裁判はどこまで進んでいるの?」と糸山が星原さんに訊いた。

「まだほとんど情報が出ていない。遺族一人につきそれぞれの両親がバス会社に損害賠償を求めた訴訟を行なっているみたいだ。おそらく調停が成立することになるんだと思う。被告側は賠償責任を認めているようだから」

 三人がレジュメに影を落としている様子を見ながら、僕は話を進めた。

「女子と男子で多少金額のずれは出てくるが、おおよそ一人当たり一億円ほどの支払いをすることになるのだろう。これでおそらくは他の遺族も足並みを揃えてくるはずだ。大学生の犠牲者は十三名だったから、賠償の総額はざっと十三億円ほどになる」

「小さなバス会社なんかに、それだけの支払い能力があるの?」

「いや、ツアー会社の入っていた保険会社が払うことになるね」

「さすが法学部」と糸山がまた僕を茶化した。

「裁判で責任を認めた以上、バス運行会社も運転手のミスを認めたことになるね」と星原さんが言った。

 確かにそれは、今回の事故を結論付けるに足る強度を持った事実であった。

「じゃあ結局、運転手がなんで操作を誤ったかは謎のまま?」と森さんが言った。

「それは本人にしかわからないんじゃないかしら。もっとも、もう本人の口から聞くことはできないけれど」と糸山。

「それを知りたい」と森さんは言った。「それを知るまでは納得できない」

「でもそれは無理だよ」と星原さんが言い返した。「だってもうその人は死んじゃっている。それにすべての物事に、合理的な説明がつけられるとは限らない」

「もっと多くの情報があれば、その時運転手の身に何が起こったのかを想像できるんじゃないかな」と僕は言った。「とりあえず、裁判の過程についてはこれで以上だ」

「じゃあ次は俺の番だな」糸山は自分のタブレット端末をローテーブルの上に置いた。「バスメーカーと車種の特定に成功した。佐倉、例の柿田さんの記事、今出せる?」

 僕はスマートフォンに柿田さんの記事を表示させた。

「これか?」

「サンキュー」

 糸山は僕の手からスマートフォンを受け取ると、それをタブレットの横に置いた。

「この記事には、『長野県上田市にある自動車メーカーの支店』と書かれていた。それで俺はグーグルマップで上田市にある自動車メーカーを一つずつ調べて行ったんだ」

 骨の折れる作業だったに違いない。

「柿田さんの記事にはそのメーカーの支店に運び込まれた事故車両の写真も載っていた。だからそこに写っている風景と一致する場所を、上田市の自動車メーカーの中から見つけ出せばいい。少し時間はかかってしまったけど、ようやくそれを見つけたよ」

「どこだったの?」と森が訊いた。

 糸山は森の方を見て、それからなぜか僕の方に目を向けながら、ゆっくりと口を開けた。

「光岸だったんだ」

 ワンテンポ遅れて、星原さんのくぐもった叫び声が部室に響いた。

 糸山はタブレットで証拠を提示した。タブレットに表示されたその場所は、柿田さんの記事に載っていた自動車メーカーの支店とそっくり同じ景観だった。

 光岸自動車上田支店。そこで十五人を殺したバスの検証がされたのである。

「車種は?」僕は訊いた。

「この前の第一回検討会で、すでにこのバスの特徴はたくさん出ていたから、メーカーさえ判明すれば車種の特定には時間がかからなかった。光岸の五十四人乗りの大型バスでフルエアブレーキ、二〇〇二年に初年度登録がされた車種、そしてバスの形状からして、これに違いない」

 糸山はタブレット上でその車種の名前をシークバーに打ち込んだ。

「エアースター」タブレットを持ち上げて彼は言った。「これがそのバスだ」

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