第243話 社交デビュー

☆本業多忙により更新が滞り申し訳ありません。







 エステルと二人顔を赤くしていると、傍らのエリスがパンっと手を打った。


「はいはい。お熱いのはそのくらいにしときなさい」


「おあつい……」


 ぼんっ、とさらに顔を赤くするエステル。


「お、お前が煽ったんだろうがっ」


「フリード伯爵令嬢、よ」


 抗議する俺に、天災少女がすました顔で人差し指を立てて注意する。


「っ––––」


「貴方、こういうパーティーにほとんど出たことないでしょう?」


「……ほとんどどころか、全くないな」


 親父とお袋は年に一回、春の叙爵式とそれに付随するパーティーに出席しているが、俺自身は経験がない。


 東部地域の会合にしてもそうだ。

 子女同伴のパーティーもちょこちょこ開かれているらしいのだが、声がかかったことなど一度もなかった。


 まあ、当然か。

 あの両親にこの息子だ。


 品位は下がるし『ダルクバルトの子豚鬼(リトルオーク)』なんか呼んだ日には、パーティーがぶち壊しになりかねない。




「なにやら悪評が轟いてるみたいでな。残念ながらパーティーのお誘いなんか来たことないぞ」


 俺が苦い顔をしてみせると、エリスはふんと鼻で笑った。


「日頃の行いね。実際、こういう形で付き合いができなければ、私がパーティーを開いても貴方を真っ先に招待客のリストから排除してたわ」


 しれっとそんなことをのたまうエリス。

 ひどい。


 ––––まあ、俺がエリスでもそうするけどな。


「まさに悪評ここに極まれり、だな。じゃあ、今なら招待してくれるのか?」


 俺の問いに、今度はにやりと笑う天災少女。


「それは、今日のパーティーでの貴方の評価次第でしょうね。––––という訳で、挨拶に行くわよ。二人とも」


「おう」 「はいっ」


 こうしてエリスに先導され、俺たちは近隣領主家の人々の輪に入っていった。




 ☆




「お父さま」


「おう、来たか」


 さすが親子と言うべきか。

 エリスはすぐに父親……フリード伯爵を見つけ、声を掛けた。


 三人の紳士と歓談していた伯爵が、じろっ、とこちらを見て片頬を上げる。


「遅かったな。ボルマンよ」


「失礼しました、閣下」


 俺は立礼し、伯爵と三人の男性を見る。


 三人の内の一人、口ひげの紳士は見たことがある。

 ダルクバルトの北の領地を治めるミモック男爵だ。


 王国騎士団での騎士経験もある男爵は、こう見えて魔獣の森の討伐に自ら先陣を切って参加するほど勇敢な戦士でもある。

 決して大柄ではないが、正装をしていても普段から鍛錬を怠っていないのがよく分かる。


 久しぶりに顔を合わせた男爵は、俺を見て一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻す。


 俺は男爵に会釈すると、フリード伯爵に向き直った。


「遅くなってしまい申し訳ありません。我が家門はなにぶんこのような場所は不慣れなもので、身支度に手間取ってしまいました。両親も化粧を直しておりますので、間もなくこちらに来るはずです」


「ふん、締結式に間に合うなら良い。––––夫妻はまだだが、先に貴様たちだけでも紹介しておこう」


「ありがとうございます」


 伯爵はにやりと笑うと、三人の紳士を振り返る。


「諸君、紹介しよう。ダルクバルト男爵の嫡男ボルマンと、婚約者のエステル嬢だ」




 紹介された俺は姿勢を正すと、三人の紳士たちに立礼した。


「ゴウツーク・エチゴール・ダルクバルトが長男、ボルマンと申します」


「ボルマンさまと婚約させて頂いております、エステル・クルシタ・ミエハルと申します」


 俺に続いて、隣のエステルがカーテシーで礼をする。


「「おお……」」


 それまで俺たちを値踏みするように見ていた紳士たちが、感嘆の声を漏らす。


「ミモック男爵閣下。ご無沙汰しております」


 俺の言葉に、男爵は表情を変えず小さく頷く。


「久しぶりだな、ボルマン卿。以前会った時から随分成長したようだ」


「っ……。そのせつは、大変失礼致しました!」


 俺は嫌な汗とともに最敬礼で頭を下げる。




 二年ほど前。


 打ち合わせで男爵の屋敷を訪れた父親について行った俺(ボルマン)は、例によってそこで大騒ぎを起こしたのだ。


 確か『出された菓子が足りない』とかそんな理由だったと思う。


 癇癪を起こして暴れた俺は、使用人に皿やカップを投げつけて怪我をさせた挙句、男爵に取り押さえられたのだった。


 あの時はさすがにゴウツークからもぶん殴られ、すぐに領地に連れ戻された。

 そのまま地下牢に放り込まれて二日ほど飯抜きの罰を食らったはずだ。


 まあ、合わせる顔がない。


「顔を上げたまえ」


 頭を下げ続ける俺に、ミモック男爵は静かに声をかけてきた。


 顔を上げると、男爵はこちらに近づき俺の肩に手を乗せた。


「君の謝罪を受け入れよう。––––人づてではあるが、最近の君の活躍は聞いている。自領だけでなく、我が領でも街道周辺の魔物を討伐しているだろう?」


「っ! ご、ご存知でしたか……」


 男爵の言う通り、この半年、俺たちはレベル上げのために自領内だけでなくミモック男爵領にまで足を延ばして魔物を狩りまくっていた。


 もちろん、男爵には何の断りもなく。


 これはやはり、怒られるパターンだろうか。

 緊張する俺に、男爵はふっと笑った。


「おかげで我が領の南の村々では目に見えて魔物の被害が減っていてね。機会があれば礼を言おうと思っていたのだ」


「へ?」


 ポカンとする俺の肩を、ぽん、ぽん、と叩くと、男爵は言った。


「今回の水運協定の発案といい、君もずいぶん大人になったようだ。今度私の街に来た時には、ぜひ屋敷に泊まって行きたまえ」


「は、はいっ。ありがとうございます」


 そうして男爵は俺と握手すると、満足そうに元の位置に戻ったのだった。




 ☆




「ところでお嬢さん」


 俺とミモック男爵の挨拶が終わると、今度は三人のうち、背の高い人懐っこそうな紳士がエステルに話しかけた。


「はい」


 少しだけ首を傾げたエステルに、紳士は尋ねる。


「先ほど自己紹介をされた時に、クルシタという家名が聞こえた気がしたんだけど、合ってるかな?」


 その問いに、一瞬固まる俺の婚約者。

 だが彼女は、すぐに微笑を浮かべ頷いた。


「はい。ワルスール・クルシタ・ミエハルが八女、エステルです。––––大変ご無沙汰しております、コーサ子爵さま」


「おお、やはりミエハル子爵のご令嬢でしたか! ––––いやしかし、ずいぶんお綺麗になられましたね」


 長身の紳士……コーサ子爵がにっこり笑う。


「前回ご挨拶させて頂いた時には、その……かなり太っておりましたから」


「いやいや、そういうことではなく。大人っぽく綺麗になられたということですよ。––––これはひょっとして、ボルマン卿との婚約がきっかけなのかな?」


 さらりとそんなことを言うコーサ子爵に、ぼんっと顔を赤くするエステル。


「そっ、そんなことは……」


 そう言って、恥ずかしそうに俺の方をちら、と見る。


「…………ありますけど」


「なっ……?!」


 ぽそり、と呟いたその言葉に、今度はこっちの顔が熱くなる。


「ははっ! 仲睦まじくて良いですな。若いというのは素晴らしい!」


 楽しそうに笑うコーサ子爵。


 どうも悪気はないようだが、なんというか……ノリが軽い。


 一応、コーサ子爵家は旧王朝から続く由緒正しい家のはずなんだが。

 かの家は今でこそ子爵だが、旧王朝時代は伯爵家だったはずだ。


 だが現当主からは、それを窺わせる威厳や空気は微塵も感じられない。




 そういえば、子爵がエステルと面識があったというのは意外だった。


 旧貴族であるコーサ子爵家は、フリード伯爵の派閥だ。


 同じ子爵位でも現王朝に連なるミエハル子爵とは立場が異なり、派閥的な意味でも距離があるはず。


 まあ、コーサ子爵領は王国東部の交通の要衝、テンコーサの町を擁する有力領だから、勢力拡大を目論むミエハル子爵にしてみれば『交流しておいて損はない。あわよくば……』ということなんだろう。


 顔を赤くしながらそんなことを考えていると、残る一人、小柄な紳士が口を開いた。


「コーサ子爵、若い人をからかうもんじゃありませんよ」


「いやあ、二人が羨ましくて、ついね」


 悪びれもせずニコニコ笑うコーサ子爵。


 四人の領主の中で一番しっかりした身なりをしたその人は、コーサ子爵を見てため息をつくと紳士然とした態度で俺に手を差し出した。


「お初にお目にかかる。フリード領とコーサ領の間にあるアイーダ領を預かる者だ。ボルマン卿、エステル令嬢、以後よろしく頼むよ」


「こちらこそよろしくお願いします。アイーダ男爵閣下」


 俺は差し出された手を握り返したのだった。








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ちょっとだけCMです。


拙作、

「くたびれ中年と星詠みの少女 「加護なし」と笑われたオッサンですが、実は最強の魔導具使いでした 」

のコミカライズ一巻が3/22に発売となります。


よかったら見てみて下さいね!


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