第214話 新リーダー誕生と、仲間の帰還
俺の呼びかけに、ジャイルズはぎょっとしたようにこちらを振り返った。
どうも、自分の名を呼ばれるとは露とも思ってなかったらしい。
「ジャイルズ、ここに来い。今すぐだ」
俺は自分の横を指差し、もう一度言った。
「お、おうっ!!」
慌てて小走りに舞台に駆け上がってくるジャイルズ。
壇上に上がった子分は、俺が指差した場所に立つと、直立不動(きをつけ)の姿勢で俺を見た。
「前を向け」
観衆を指すと、「は!」と叫んで前方に向き直る。
俺はあらためて人々に向かって口を開いた。
「先ほど説明したように、新設する『郷土防衛隊』は俺の直轄組織だ。勤務規則は追って整備するが、基本的には俺の指示で職務に励んでもらうことになる。したがってこの新たな組織のリーダーは、俺の意を汲みながら任務に当たることができる人間でなければ務まらない。その点で俺は、俺との意思疎通、戦闘経験と技量、仲間とのコミュニケーション、そして使命感、すべてを考慮した上で、適任者は彼以外にいないと考える」
俺は演台の上の辞令を手に取り、彼の隣に立つ。
「ジャイルズ」
「は!」
向き直った子分は、とまどいながらも顔を紅潮させていた。
「『辞令』!」
「っ!!」
勢いよくその場で片ひざをつくジャイルズ。
「我、ボルマン・エチゴール・ダルクバルトは、ジャイルズ・ゴードンをダルクバルト郷土防衛隊、隊長に任命する」
「––––謹んで拝命いたします!!」
腹の底からの声。
その肩は、興奮で震えている。
「立て、ジャイルズ」
「は!」
立ち上がった防衛隊隊長に、俺は辞令を丸めて渡す。
「よく学び、よく教え、その力を民を守るために尽くしてくれ」
「––––我が剣にかけて!!」
再びの力強い声。
同時に、広場に歓声と拍手があふれた。
人々の歓声の中、俺は新任の隊長に話しかけた。
「突然で悪かったな」
「いえっ、そんなことは……!」
言葉を詰まらせるジャイルズ。
驚いたことに、彼の目じりは濡れていた。
「泣いてるのか?」
俺の問いに、ジャイルズは慌てて目元をぬぐう。
そうしてしばらく涙をこらえようと頑張ったあと、なんとか口を開いた。
「……ボ、ボルマン様は、俺より、他の者を頼りにされてるんだと、思ってました」
途切れとぎれにそう吐き出すジャイルズ。
––––ああ、そうか。
最近こいつが物思いに耽ることが多かったのは、そういうことか。
俺はやっと腑に落ちた。
思えばこいつの様子が変わったのは、遺跡攻略のあと。リードとティナに勲章を渡すことになったあたりからだ。
『なぜ、自分を差し置いて、あいつらが』
そんな風に思ったんだろう。
だが、その気持ちはよく分かる。
前世の俺も、幾度となくそういう気持ちを味わってきた。
そうした悔しさと迷いに追い討ちをかけるように、俺が彼の『騎士としての価値観』に反する判断を繰り返した訳だ。
カレーナの共同ギルド支部への潜入の件。
そして、昨日の帝国の間諜への対処方針もそうだ。
こいつが自信を失い、不信になるのも当然か。
俺はジャイルズのそんな思いを見抜けなかった。
自分の判断を否定する訳じゃないが、配慮が足りなかったのは間違いない。
きちんとフォローするべきだった。
俺は彼の目を見た。
「お前の努力と献身は、俺が一番よく知っている。お前が隣で共に剣を振るってくれるから、俺たちは道を切り開いてこれたんだ」
「っ……」
息を詰まらせるジャイルズ。
「これからも頼りにしてるぜ。戦友」
こぶしを突き出す。
「––––もちろんです!!」
涙を拭いたジャイルズはまっすぐ俺を見ると、久しぶりに彼らしい力強い笑みを浮かべ、俺にこぶしを合わせてきた。
わっ、と会場が沸く。
村人を救い、栄誉を与えられた少年少女。
そして新たに誕生した若きリーダー。
人々は明日を担う若者たちの飛躍を祝福し、村中に拍手と歓声を響かせるのだった。
☆
「なんか、色々すごい式だったね」
「!!」
式典の閉幕を宣言しステージを降りたところで、俺は突然背後から至近距離で声をかけられ、驚いて声の方を振り返った。
「––––カレーナ!?」
そこに立っていたのは、今や完全に封術士から隠密にジョブチェンジした金髪の少女だった。
胸元には、剣型のペンダントに変化したひだりちゃんが輝いている。
「やぁ、ただいま」
「おかえり。……って、驚かせるなよ! いつ戻ったんだ?」
ばくばくする心臓を宥めながら恨めしげに問うと、隠密少女は『してやったり』とでもいうように、少しだけ人の悪い笑みを浮かべた。
「こっちに着いたのはついさっきだよ。リードとティナが勲章もらってるとき。テンコーサからペントに戻ったら『オフェル村で授与式に出てる』って話だったから、そのままこっちに来たんだ」
つまり、テンコーサ→モックル→ペントと長距離を走破したあと、ここまで来た訳か。
「相当な強行軍だな。ひょっとして、昼飯はまだか?」
「もちろん。だけど、報告は早い方がいいでしょ?」
少しばかり疲れたように笑う隠密少女。
そんな彼女に、心が動かされる。
なんだって俺のまわりは、こんなに献身的なやつばかりなんだろうか。
「……分かった。それじゃあ、村長の家で話を聴こう。ミターナに何か食べるものを用意してもらうよ」
「あんがと」
そう言って笑うカレーナに、向き直る。
「あらためて礼を言おう。––––敵地での単身での潜入捜査、ご苦労だった。それと……」
俺は彼女の腕に軽く触れる。
「おかえり、カレーナ」
「ただいま、ボルマン」
少女は恥ずかしそうに微笑んだのだった。
☆
村長宅の食堂に、リードとティナを除く仲間全員が集まっていた。
ちなみに二人は今、ティナの父親ダリルを迎えに行き、村の馬車に荷物を積み込んだりしているはずだ。
彼らを俺の『仲間』として扱い情報共有するのは、もう少し様子を見てからにしようと思っている。
リードはまだ精神的に幼いし、ティナは俺に対する不信感を持ち続けている。
ある程度時間をかけて彼らと信頼関係を築かないと『機密情報は共有できない』というのが、俺の判断だった。
先日のフリード伯爵とのやりとりを通し、俺自身が情報に対し『慎重に考えるようにしなければ』と認識を改めていた。
「それじゃあカレーナ。長旅で疲れているところすまないが、報告を頼む」
俺が報告を促すと、彼女はちら、とエステルに視線をやってから、俺を見た。
「全部話しても?」
「大丈夫だ。クルシタ家の執事が関わっていることは、もう話してある」
「わかった。じゃあ、私が調べたことを報告するね」
カレーナはそう言うと、皆を見回した。
「結論から言うと、調査の半分は失敗だった。分かったのはクロかシロかだけ。––––クルシタ家の執事は完全にクロで、ミエハル子爵は限りなくクロ寄りのグレーだったよ」
「……え?」
彼女のあまりに微妙な言い回しに、俺は一瞬呆けてしまった。
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