第213話 勲章授与式と任命式②
スタニエフの呼びかけに、広場の喧騒が収まってゆく。
演壇に立った俺は、皆が落ち着いたところを見計らって口を開いた。
「この場で一つ、発表したいことがある。先の魔物の襲撃とも関わる話だ」
会場を見まわし、真剣に語りかける。
俺の表情を見た村人たちは、真面目な話をしようとしていることを感じとったのか、浮ついた空気を引っ込めてくれた。
「諸君の中には気づいている者もいるかもしれないが、近年、狂化した魔物の出現数が増えている。先の狂化ゴブリンはその最たるものだが、実は半年前にも俺と仲間たちは狂化したワイルドドッグに襲われている。……これはペントからこの村に向かうまでの街道上での話だ」
俺の言葉に、うんうん、と頷く村人たち。
あの事件の話は、カエデの禁術に関すること以外、特に隠してはいない。
むしろ討伐した狂犬の皮をペントの広場に吊るして、俺たちの戦果を喧伝したくらいだ。
知っている者も多いだろう。
「この環境の変化に対し、俺はこれまでの兵力だけでは対応が難しいと考えている。我が領の領兵たちは精強ではあるが、いかんせん人数が少ない。街と村を守るので精一杯で、街道や森、山での異常の調査にまで十分に手がまわらないというのが正直なところだ」
実際、狂化ゴブリンの集落の調査でも、俺たちが同行しなければ大きな被害が出ていただろう。
俺は声のトーンを上げた。
「そこで俺は、領兵を補完する新たな兵力を組織することにした。領内の異常発生時に真っ先に急行し、初動調査と、可能であれば脅威の排除を行う、俺の直轄部隊だ」
おおおお! と、どよめく村人たち。
「この部隊は直接はエチゴール家には属さず、俺が有志を募って立ち上げた『義勇軍』という扱いとなる。そのため、正直なところ領兵ほどの待遇は用意できない。寝る場所と飯、そして武器と防具を貸与するのが精一杯だろう」
村人たち––––特に若い連中が、がやがやと隣の者と言葉を交わし始める。
きっと待遇についてあれこれ言っているんだろう。
見た感じ、そこまで悪い反応ではなさそうだが。
ちなみにこの話は、一応、豚父(ゴウツーク)にも了解をとってある。
リードとティナ、ティナの父親のダリルをうちの使用人寮に入れるにあたって、そういう体裁をとったのだ。
父親は「お前の金から寮費を出すなら、好きにしてよいぞ」と上機嫌で許可してくれた。
まあ奴にしてみれば、ずっと空室になっていた寮の部屋を貸すだけで新たな家賃収入が発生するわけで、「お小遣いゲットだぜ?!」程度にしか考えていないんだろうが。
親父を含め、周囲には『狂化モンスター対策』と説明しているが、もちろんこの部隊の本来の目的は『対帝国』だ。
治安維持や王国からの派遣命令に対応する従来の領兵とは一線を画す、近代的な軍組織の整備。
いざとなれば、領地総動員の際に指揮命令系統を維持できる、核となる組織。
一朝一夕でできるはずがない。
だが、取り掛からない限り俺たちに未来はない。
小さく産んで、大きく育てる。
先を見据え、今できることをやるのだ。
俺はそんな決意を胸に、話を続けた。
「そんな訳で、将来的には待遇を引き上げて規模も拡大しようと思っているが、まずは少数精鋭、ごく少人数での立ち上げとなる。今日、勲章を授与したリードとティナはその初期メンバーになる予定だ」
おお、と、皆の視線が壇下の二人に集まる。
ぶっちゃけ『少数精鋭』というのは、金欠の言い訳だがな。
「もちろん、任務に必要となる各種技能の習得については、俺が責任をもって環境を用意する。戦闘訓練はもとより、読み書き、基礎的な算術、希望者には封術などの教育も行うつもりだ。最初の任期は5年。任期を終えた後に転職を希望する者には、俺が推薦状を書くことを約束する」
再び大きくざわつく村人たち。
新たな組織を立ち上げると言っても、潤沢に資金がある訳じゃない。
給金を低く抑えるかわりに、食住を保証し、教育を施し、将来の就職先を斡旋する。
果たしてこの条件に、皆は魅力を感じてくれるだろうか。
そんな中、一人の青年が手を挙げた。
「その義勇軍は、なんて名前になるんですか? やっぱり『ボルマン騎士団』ですか?!」
ぶっ
思わず噴いてしまった。
何が悲しくて自分の名前を冠した騎士団などを立ち上げなきゃならんのか。
ひと言言ってやろうと質問した青年を睨んだが……そいつは目をキラキラさせて俺を見返してきた。
よくよく見れば、目を輝かせているのはそいつだけじゃない。
会場全体から、何かを期待するような熱烈な視線が俺に集まっていた。
いや、ちょっと。
まじか?
先日、装飾細工師のルネに言われた言葉が頭をよぎる。
『人々を守る剣』。
領民たちは俺のことをそう見ている、と。
彼らが俺に期待しているのはまさにそれなのだと、今、この場で理解させられてしまった。
そして彼らが期待しているのは『ボルマン騎士団』なのだ。
(買い被りすぎだろう)
重すぎる期待に、気後れしそうになる。
俺が立ち上げるのは、わずか数名の実力部隊だ。……少なくとも設立当初は。
最初からそんな立派な騎士団など、期待しないで欲しい。
そんな思いに駆られ、固まってしまう。
「あーー。ええと……」
ヤバい。
決めておいた部隊の名前が吹き飛んで出てこない。
その時、傍らから声が聞こえた。
「ボルマンさま」
ざわめく広場にあって、鈴の音のように響く声。
振り返った俺に、エステルは一枚の紙を差し出した。
「こちらを」
受け取った紙は、この後、しかるべき者に渡すことになっている書状。
そこには、今、俺が必要としている名が書かれている。
「ありがとう」
そう言うと、婚約者はにこっと微笑んだ。
肩の力が抜ける。
俺は息を吐き出すと、観衆の方に向き直った。
「新たに立ち上げる組織だが、これは確かに俺直轄の部隊ではあるが、騎士団ではない。あくまでダルクバルトの平和を、民を守るための部隊だ。その趣旨を踏まえ、俺はこう名付けようと思っている」
広場を見回す。
皆がこちらに注目し、発表を待っている。
俺は大きく息を吸った。
「『ダルクバルト郷土防衛隊』」
うぉおおおおっっ!!!!
地響きのような歓声。
ローレンティア王国辺境の領地の、ひとつの村。
その村の広場が今、期待と興奮に揺れていた。
ちらりと貴賓席を見ると、なぜかエリスが父親ゆずりの獰猛そうな笑みを浮かべてその光景を眺めていた。
彼女の脇に立つジャイルズは、こぶしを握りしめて観衆を見つめている。
こいつは今、何を考えているんだろうか?
俺の中で、色んな想いと感情が渦巻いていた。
新たな部隊に期待する領民たち。
様々な想いを胸に新部隊に参加するものたち。
そして、今から辞令を渡す相手。
この辞令については、実は本人には何も話していない。
本来なら事前に話しておくべきだったが、諸々のやりとりが俺にそれを躊躇させた。
騎士への憧れ。
強さと誇り。
素質は十分。
だが反面、一本気すぎて融通がきかないところもある。
まだ早いか?
いや、でも俺の周りに適任者はこいつしかいない。
できる、できないじゃなく、やってもらわねば俺たちに未来はないのだ。
そんな想いを胸に、俺はあらためてそいつを見据え、名前を呼んだ。
「ジャイルズ、前に出ろ」
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引き続き面白い物語をお届けできるよう頑張って書いてまいりますので、引き続き応援頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
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