第212話 勲章授与式と任命式①

 

 オフェル村、村長宅にて。


「誰も関心がなかったらどうしようかと思っていたが、さすがにこれは……」


 そう言って窓の外を指差す俺に、村長が「はっはっは」と爽やかに笑った。


 授与式は午後だというのに、すでに広場は『盛り上がり最高潮!』という感じだ。


「いやあ、私もここまで大掛かりになるとは思わなかったんですけどね。村のものたちが張り切ってしまい、こういうことになりました」


 にこにこと悪びれもせずにそうのたまう村長。


「よく言ったものです。設営会議ではマシューラ様ご自身が前のめりに色々と提案されていたでしょうに」


 お茶を配りながら、呆れたようにツッコミを入れる老メイド。


「こっ、こらっ! ミターナ、しっ!」


 慌てて口の前で人差し指を立てる村長。

 が、もう遅い。


「お前もか……」


 俺はまるで祭りのようになってしまった授与式を前に、顔を引き攣らせるのだった。




 ☆




 今回俺が言い出したリードとティナへの勲章授与式は、村長と村人たちの申し出により、オフェル村が責任をもって会場設営をしてくれることになっていた。


 もちろん準備と警備のために執事のクロウニーや領兵隊長クリストフにも協力してもらったが、主力はあくまでオフェル村の村人たち。


 俺からは「ちょっとした表彰台を用意してくれればそれでいい」と伝えてあったのだが、ふたを開けてみればえらいことになっていた。




「さあ、次の出し物は、オフェル村少女合唱団による合唱『麗しきオフェルの花』です!」


 司会の青年による紹介に続いて、広場中央に設置された円形のステージにあがる少女たち。


 おおおおおおっ!!


 パチパチパチパチ!!!!


 少女たちの歌声が響く。


「なかなか本格的じゃない」


 二つ隣の席のエリスが、苦笑する。

 隣席のエステルはその言葉に頷くと、俺の方を向いた。


「素敵な授与式になりましたね、ボルマンさま」


 そう言って笑う。

 エステルの笑顔が眩しい。


「……そうだな」


 思った形とは違うが、あんな事件のあとだ。

 村人たちにもこのくらいの楽しみは必要だろう。


 そう思うと、悪くない気がしてきた。


「エステル」


「はい!」


「このあとの演目で『ダルクバルト恋物語』ってのがあるらしいよ」


「? 恋愛がテーマの演劇ですか???」


 くい、と首を傾げるエステル。

 可愛い。


 そんな彼女に、俺はさっき村長から聞いた内容を説明する。


「なんでも、実家で虐げられていた子爵家の娘が、ダルクバルトで恐れられていた領主のドラ息子と婚約して、互いに恋に落ちる、って話らしい」


「えっ、それって……?!」


「まあ、そういうことだろうな。名前は変えてあるらしいけど」


「は、恥ずかしいです……」


 ぼんっ、という擬音が聞こえそうな勢いで頰を赤く染め、両手で顔を隠すエステル。


 かく言う俺も、口にしてみるとあまりに恥ずかしい内容に、顔が熱くなり、あらん方向に顔をそむける。


「…………何やってんのよ、あんたたち」


 エリスの呆れたような声が聞こえてきた。




 ☆




 昼の休憩後。

 やっと俺の出番がまわってきた。


 え?

 例の演劇はどうだったか、って?


 美化200%。

 この世界に来て一番の羞恥プレイだった、とだけ言っておこう。


 ようするに『察しろ』ってことだ。




 話を戻す。


 俺は今、壇上に置かれた演台の前に立っていた。


 3歩下がったところにはエステルが控える。彼女には勲章授与のときに手伝ってもらうことになっている。


 司会の青年から進行を引き継いだスタニエフは、ステージの端に立ち、珍しく声を張り上げて今回の勲章授与の口上を読みあげていた。


「……以上述べた通り、オフェル村のリードとティナの活躍に対し、ボルマンさまから『救命勲章』が授与されることになった。––––リード、ティナ! 壇上に上がりなさい」


 わぁあああ!! と観客が沸く中、リードとティナが壇上にあがってくる。


 リードはお調子者っぽく階段を一段とばしで。

 ティナはどこか気まずそうに、引き攣った笑みを浮かべながら。


 彼らが定位置まで来て観客の方を向いたところで、俺は口を開いた。




「まず最初に、今日は皆の協力でこのように素晴らしい式を開催できたことを嬉しく思う。ありがとう」


 一瞬のどよめき。

 そしてとまどい。


 領主家の人間が領民に感謝を口にすることは、滅多にない。

 ましてやここはエチゴール家の領地。

 領主やその家族が礼を言うなど、彼らは見たことも聞いたこともなかったはずだ。


 だからだろうか。

 観客たちのどよめきは、やがて拍手と小さな歓声に変わった。


 それらが収まるのを待って、俺は話を続ける。


「先ほど説明があったように、この表彰は、先の化け物の襲撃に際し、逃げ遅れた村の仲間を助けに戻った二人のその勇気ある行動を称えるためのものだ。––––だが俺は、村に一人の犠牲者も出さなかったことは、諸君ら一人ひとりの献身的な行動の結果だと考えている。今回勲章を授与するのはリードとティナの二人だが、危機のさなかに声をかけあい、全員を無事に避難させた諸君の行動もまた、称賛されるべきだ」


 会場中の視線が、自分に集まっているのを感じる。


「もちろん、様々な助けがあったことも忘れてはならない。我がダルクバルトの領兵たちは命を賭して化け物と戦い、友領のフリード伯爵領は大規模の援軍を送ってくれた。まさに全員で勝ち取った勝利と言えるだろう」


 ここからでも、皆が頷いているのが見える。

 俺は大きく息を吸った。


「皆、どうか胸を張ってほしい。諸君はこの村を守ったのだ! そして前に立つ二人の勇気と献身を讃えよう!!」


 うぉおおおおおおおおおおおおおっ!!


 地響きのようにこだまする歓声。




「リード」


 俺の呼びかけに、こちらを向くリードとティナ。


 俺は彼らの前に立ち、傍らのエステルが差し出した小箱からメダルを取り出し、リードの首にかけようとする。


「!」


 少しばかり身長差があるせいで、リードのツンツン茶髪にひもが引っ掛かる。


「おい、もうちょっとかがめ」


 俺が言うと、主人公野郎は「ぶっ」と小さく噴き出しながら大きく頭を下げた。


 ––––くそ。主人公補正め。


 無事メダルをかけ終わり、頭をあげたリードと向き合う。


「うちに来る決心はついたか?」


 そう尋ねると、リードは顔を顰めた。


「そんなの、最初からついてるよ」


「母親の了解は?」


「『しっかり鍛えてもらえ』ってさ」


「そうか。守るべきものを守るために、一層の研鑽を期待してる」


 にやり、と笑って手を差し出す。


「言われなくても、わかってるよ!」


 しっかりと手を握り返すリード。


 その目は、まっすぐに俺を見ている。

 やはりこいつは主人公だな、と思わずにはいられない。




 俺は手を離すと、リードの後ろで気まずそうにしている少女の名前を呼んだ。


「ティナ」


「!」


 リードと場所を替わり、俺の前に立つピンク髪の少女。


 俺は再びエステルからメダルを受け取り、ティナの首にかける。

 今度は身長差もほとんどなく、スムーズにメダルをかけられた。


「荷造りは終わっているか?」


 俺の問いに、目を合わさず、ただこくりと頷くティナ。


「お前と父親は俺たちがあらゆる手を尽くして守ってやる。だからお前はリードと一緒に一日も早く自分の身を守れるようになってくれ」


「…………(こくり)」


 彼女は相変わらずのだんまりだ。

 どうやら口をききたくないらしい。


 俺は、はあ、とため息をついた。


「預かったペンダントは、安全な場所に隠してある。帝国との戦いは5年と経たずに決着がつくはずだ。そうなれば勝とうが負けようがちゃんとお前に返すと約束しよう」


 その瞬間、ティナが顔を上げた。


「本当に?」


「ああ。先日の所有権の契約に付記する形で、正式な契約として取り交わそう。もし俺に何かあって契約を履行できなくなった場合は、エステルの侍女のカエデが隠し場所を知ってるから、一緒に取りに行くといい」


「……わかった」


 しぶしぶ頷くゲームヒロイン。


「何はともあれ、よろしく頼む」


 差し出した俺の手を、彼女は恐る恐る握ったのだった。




 こうして授与式は終わった。


 観衆の温かい拍手と歓声に包まれてステージを降りるリードとティナ。


 本来なら、これで終わりだ。

 だが今日はもう一つ、ここでやらなければならないことが残っている。


 俺はステージの端に立つスタニエフに目配せした。

 頷くうちの商会長。


 観衆の拍手と声が落ち着いてきたところで、スタニエフが口を開いた。


「勲章授与式はこれで終了となりますが、これよりボルマン様より大事な発表があります。皆さん、静粛にお願い致します!!」


 この場にいる皆の視線が、再び俺に集まった。








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