第211話 大切なものを守る方法

 

 ––––なぜ敵だと分かってるのに、捕まえないのか。


 ジャイルズが口にした疑問。

 そこに疑問を持つことは、ある意味で正しい。


 敵ならば、脅威であるならば、なぜ放置するのか。

 こいつの感覚で言えば、『なぜ悪を斬らないのか』ということだろうか。


 丁寧な説明が必要だ。

 だが果たして、納得するだろうか。


 すでに最近、俺はジャイルズが納得し難い判断をしてしまっている。

 カレーナの共同ギルド支部への潜入の件だ。


 帝国の間諜に関する話をこいつに伝えたくなかったのは、こういう反応を予想していたからでもある。


 だが、もう決めたことだ。

 ジャイルズにも情報共有する、と。


 この先、俺とジャイルズがどうなるかは分からない。

 俺としては言葉と行動、そして結果をもって誠意を尽くすだけだ。


 例えこいつの心が、俺から離れようとも。




「スパイを捕まえれば、こちらが向こうを警戒していることがバレてしまう。そうなれば敵は力づくで俺たちを襲おうとするだろう。それを避けるためにあえてこちらは気づいてないフリをしてみせるんだ」


 俺の言葉に、ジャイルズは不審げな視線をぶつけてきた。


「でも、そのスパイ自体も危険なんだろ? カエデやエリスを狙ってるんだろ? それは放っておいてもいいのかよ」


 いつものジャイルズなら、『難しいことはわかんねーや』などと思考放棄投してしまっているところだ。


 それが今、自分の考えをぶつけてきている。

 こいつも成長してるんだな、と。そんなことを思った。


「ジャイルズ。俺はスパイを放っておくとは言ってない。そいつの動きを監視し、エリスたちを守るためにフリード伯に護衛の派遣を頼んだんだ。スパイ対策に長けた護衛をな」


「……なんか、しっくりこねえ。コソコソやってる気がして」


 すっきりしない顔でテーブルを睨むジャイルズ。


「卑怯者に振りまわされるのは、不快なものだ」


 俺の言葉に、直情型の子分は顔を上げた。


「だが、圧倒的に戦力が劣る状況で大切なものを守ろうとするなら、敵と正面きって戦ってはダメだ。負ければ全てを奪われてしまう」


「…………」


「俺たちは今、強大な敵に立ち向かおうとしている。『エルバキア帝国』という強大な敵だ。戦力も組織力も負けている状況だが、一つだけ優位に立っているものがある。––––何か分かるか?」




 俺の問いにしばらく考え込んでいたジャイルズは、やがて口を開いた。


「……仲間を大切に思う心?」


 ジャイルズの答えに、思わず苦笑する。


「それもそうだな。大事なことだ。……ただまあ、俺が言いたかったのはもうちょっと生々しいことで––––」


「情報よ」


 どう説明しようか悩んでいたところで、傍らの天災少女がなんの躊躇いもなく、俺の悩みをぶった切った。


「私たちは、敵の正体と目的を知っている。敵は私たちが知っていることを知らない。この差は、とてつもなく大きいわ」


「……さすが、よくお分かりで」


 ありがたさ半分、先読みされた悔しさ半分でエリスを見ると、彼女はドヤ顔で笑ってみせた。


「フリード伯爵家の人間を、舐めてもらっちゃ困るわね。貴方ほどじゃないけど、一応、商取引の『いろは』は叩きこまれてるんだから」


「それは失礼した」


 俺は大仰に頭を下げる。


 エリスは「ふん」と鼻を鳴らすと、再びジャイルズに向き直った。


「ねえ、ジャイルズ。あなたのその真っ直ぐなところは、騎士の心得としては美徳だわ。でも、それだけでは守れないものもある。大切なものを守るためには、ときに相手の弱みにつけこむことも必要なの。相手の弱みを見つけ、どう使うのかを考える––––それが『戦う』ということよ」


「…………」


 エリスの言葉に、視線を落とし考え込むジャイルズ。


 どうも、俺が言うより他の人間に言ってもらった方がよかったのかもしれない。

 そこまで頭がまわらなかったな。


 俺がポリポリと頰をかいていると、やがて騎士の卵は顔を上げた。


 そして、俺をまっすぐ見据える。


「正直、納得はできてないけど……わかったよ。坊ちゃんが言うように『しらんぷり』するようにする」


「……そうか」


「ああ、約束する」


 未来の騎士は、そう言って神妙な面持ちで頷いた。




 最近感じるジャイルズとの距離感。


 エステルを助けるために遺跡に潜ったときには、こんなではなかったと思う。

 だが数日後、カレーナとのいざこざがあった時には、すでにこうなっていた。


 一体何がきっかけだったのか。

 正直、分からない。


 今日はエリスに救われたが、いつかはっきりと亀裂が入る日が来るかもしれない。


 胸をよぎる漠然とした不安。

 元々俺は寝つきがいい方なのだが、その晩はなかなか寝付けなかった。




 ☆




 翌日。

 早めの朝食をとった俺たちは、オフェル村に向かった。

 リードとティナへの勲章授与のためだ。


 約束通り、装飾細工師のルネは素晴らしい仕事をしてくれていた。


『ボルマン救命勲章メダル』。


 出発前に実物を確認した俺は、その出来栄えに思わず息を呑んだ。

 ルネ曰く、俺を象徴するという剣と、ダルクバルトの風景が描かれたそのメダルは、光が当たると鈍く銀色に輝いていた。


 今日はさらにもう一つ、持参しなければならないものがある。


 それはスタニエフと相談の上で、執事のクロウニーに用意してもらったものだ。

 そちらも内容を確認し、メダルと一緒にスタニエフに預ける。


 さて。

 これらを渡される者たちは、一体どんな顔で受け取るだろうか。


 楽しみであり、不安でもあった。




 ☆




「あ! ボルマンさまだ!!」


 オフェル村の西門をくぐると、早速子供たちに見つかった。


 わらわらと寄ってくる子供たち。

 そして、大人たち。


 ––––だからなんで?!


「ようこそ、ボルマン様っ!!」


「エステルさまー!!」


「ありがたや、ありがたや……」


 例によって馬を降りた俺たちは、村人たちのテンションの高さに少々ドン引きしながら村長の家に向かうのだった。




 目的地である村の中心に近づくにつれ、村人たちのテンションが高い理由が、なんとなく分かってきた。


「ちょっと、何よこれ?!」


「すげえっ!!」


「ちょっとばかり、やり過ぎじゃないですかね?」


 驚き呆れる仲間たち。


「なにか……すごいことになってますね」


 隣で苦笑いするエステル。


「これは……」


 絶句する俺。


 立ち並ぶ出店。

 万国旗よろしく風にはためくカラフルな無数の旗。


 村の広場には特設のステージまで作られ、なんちゃらフェスティバルの会場のようになっていたのだった。








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