第208話 カエデの見解とエリスの進捗


 エリスの質問に思わずたじろぐ。


 たしかにカエデとエステル、エリスがいれば、大抵の敵には対処できそうだ。が、それでもつい先日、ラムズたちにしてやられてしまった。


 まして、こちらに送り込まれてくるであろうミエハルの間諜に対応するには、防諜できる人材は不可欠。

 カエデとエリスが同時に狙われ、再びエステルが狙われる可能性を考えれば、護衛は絶対に必要だ。


 問題は、ミエハルが裏にいることを伏せたままで、どうやって彼女たちを納得させるかだが––––


「うーん…………」


 やばい。

 上手い理由が思いつかん。


 俺が頭を抱えたときだった。


「すみません。私からも一言、構わないでしょうか?」


 意外な声に、皆が彼女を振り返る。


「ああ、もちろんだ。思ったことがあれば遠慮なく言ってくれ」


 和風メイドの格好をしたアキツ国の皇女は、俺の言葉に頷いた。




「それでは少しだけ発言させて頂きます。……率直に申し上げて、エリス様とエステル様、私の3人だけでは、自身の安全を確保するのは難しいように思われます」


 カエデの言葉に、俺を含め全員が耳を疑った。

 皆がぽかんとして彼女を見つめる中、最初に反応したのはエリスだった。


「この場で一番武芸に秀でた貴女がそう考えるなんてね。理由を訊いてもいいかしら?」


 どこか面白そうに尋ねる天災少女。

 カエデはエリスの方を向き、話し始めた。


「この度の襲撃で、私はまんまと街の外におびき出されました。それは敵が私の素性と力を知った上で、それらを利用して仕掛けた罠だったからです」


 その通りだ。

 今回の件でカエデは見事に踊らされ、エステルを拉致された。

 その事実と原因を理解し、自らの失敗をしっかり受け止めている彼女は大したものだと思う。


「たしかに正面きっての戦闘であれば、私たち3人だけでもある程度の敵を退けられるでしょう。ですが先ほどボルマン様が仰ったように、私の秘密が本格的に帝国に漏れたのであれば、今後も同様の方法かそれ以上の方法で罠を仕掛けてくることが考えられます。正直なところ、そのような搦手に対応できるかと問われれば、私には自信がありません」


 カエデは俺の方を向いた。


「ボルマン様。先ほど仰った『護衛』というのは、そのような搦手への対処に長けた方なのですよね?」


「ああ、その通りだ」


 まあ、間の抜けた子らしいが。

 一応間諜のはしくれだし、きっと頼りになる……はず?


 内心、不安な気持ちを抱えながら、それでも彼女に頷いてみせる。


「であれば、ぜひ来て頂くべきだと思います。エステル様を護る意味でも、です」


 カエデはそう言い切った。




 意外な助け舟に救われた俺は、エリスに顔を向けた。


「まあ、そういうことだ。あんな事件のあとだし『万が一』を防ぎたい。……フリード卿と俺は、その点で一致した」


 俺の言葉に、ふっ、と笑うエリス。


「まあ、いいわ。そういうことにしといてあげる。その代わり、ちゃんとしかるべき相手に許可はとりなさいよね」


「当たり前だろ」


 そう言って俺は、傍らに座る婚約者に向き直った。


「エステル」


「はい」


 まっすぐ俺の目を見返す婚約者の少女。


「そういう訳で、エリスの侍女を君の屋敷に置かせて欲しい」


 俺の言葉にエステルは、


「もちろんです」


 と微笑んだ。


 胸の奥が、ちくりと痛んだ。




 ☆




「あ、ボルマン。ちょっといい?」


 会議が終わり、エステルに声をかけようとしたところで、エリスに捕まってしまった。


 微笑とともに一礼し、部屋を出て行ってしまうエステル。


 ……仕方ない。後で彼女の屋敷に出向こう。

 俺はため息を吐き、エリスを振り返った。


「何よ、その情けない顔は」


 苦笑する天災少女。


「こっちにも色々あるんだよ。––––それで、用件は?」


「あなたが呼び寄せた装飾細工師が『メダルのデザインができたから見て欲しい』って言ってたわよ」


「ああ、『ボルマンメダル』か」


 俺が言った瞬間、ぶっ、と噴き出すエリス。

 おい、下品だぞ。伯爵令嬢。


「ちょっと、『なんたら勲章メダル』はどこに行ったのよ?」


「『ボルマン救命勲章メダル』な。略して『ボルマンメダル』」


「……ひどい略称ね」


 嫌そうな顔をするエリス。


「俺だって『エステルメダル』の方がいいさ。けど、本人に全力で反対されちゃったからしょうがないだろ」


「作るなら、私たちにもまわしなさいよ?」


 私たちって……ああ、エステル可愛い同盟のもう一人の皇女さまか。


「善処しよう」


「そうこなくちゃ。あと、一応私の方の進捗を報告しとくわね」


 エリスの進捗というと、つまり封術陣側の進み具合か。


「ああ、どんな感じだ?」


 俺の問いに、天災少女は不敵な笑みを浮かべた。




「順調よ。まずは開発の第一段階、『爆轟(エクスプロージョン)』の封術陣の分解が終わったわ」


 そう言って、持参した書類をテーブルに広げるエリス。


「こっちが元の封術陣で、こっちが分解した封術陣ね」


 書類に目を落とした俺に、エリスの解説が続く。


「やってみると、元々あったいくつかの手順が省略できることが分かったの」


 そう言ってエリスは元の封術陣の一部を指差した。


「具体的には、こことここね。『爆轟』は、①封力石から一定量の封力を取り出して、②圧縮して、③エネルギーを固定して、④指定した方向に指定した速度で撃ち出して、⑤指定した時間が経過したところで、⑥起爆するんだけど…………」


 持参したペンとインク壺を使い、さらさらと手順を書き出すエリス。


「④撃ち出しと、⑤時間指定の手順は、省略できるわ。今回は爆発位置は動かないし、引き金と連動させて起爆させるから、時間カウントの必要もない。ただし、①、②、③、⑥の封術陣を繋ぐための簡易な『接続陣』がそれぞれの間に必要になるわね」


「つまり、2つ減って3つ増えて、封術板は合計7枚になる訳か」


「その通り。封術板の厚さを5mmとしても、合わせて40mm程度。その他に、封力がチャージできてるかどうかを確認する表示器(インジケータ)と、チャージ後に発砲中止する場合の封力解放機構の開発も必要だけど、それでも合わせて80mm以内には収められると思う」


 エリスは親指と人差し指で長さを示すと、俺の顔を見てニヤリと笑った。




「さすがだな、エリス。優秀過ぎて言葉もねーよ」


 俺が首をすくめてみせると、彼女は「このくらい大したことないわ」と言いながら、ドヤ顔で胸をそらした。


「さっき言った第二、第三段階の開発も一週間もあれば終わるけど、他に何かやることはあるかしら?」


「そうだな。これは急がなくてもいいんだが––––」


 俺は自分の頭の中にあったアイデアを説明する。


「自爆装置?」


「ああ。別に爆発させる必要はないんだが、正式な手順を踏まずに制御部を分解しようとすると中身が壊れるような、そんな仕組みが欲しい」


「それって、模造品(コピー)対策?」


「そうだ。無駄なあがきかもしれないが、帝国に鹵獲された場合でも、できるだけ製法と仕組みは秘匿したい」


「ふむ……」


 考え込むエリス。

 彼女はしばらくすると、「はあ」とため息を吐いて苦笑した。


「本体よりも、そっちの方が難しいかもね。……まあいいわ。考えとく」


「手間をかけるがよろしく頼む」


 そうして、エリスとの打合せが終わったのだった。




 ☆




 昼食後。

 俺の執務室にアトリエ・トゥールーズの装飾細工師、ルネが訪ねてきた。


 もちろん『ボルマン救命勲章メダル』のデザインの最終打合せのためだ。


 メダルの授与式は、明後日に迫っている。

 俺がペントを留守にしていたせいで余裕のないスケジュールになってしまった。


「短納期になってすまないな」


 前世での特急対応のしんどさを思い出しながら、そう声をかける。


 が、ルネは微笑してこう返してきた。


「事前にできるところまで材料の加工を進めてありますから、大丈夫です。この打合せでデザインを決めて頂ければ、明日の夕方までにはメダルをお持ちします」


 口数が少なく地味で目立たない彼女だが、状況の変化に応じて柔軟に対応してくれているのは素晴らしい。

 あまり意識したことがなかったが、彼女は意外となんでも器用にこなすタイプなんじゃないだろうか?


 ではデザイナーとしての腕はどうかな、と思いながら、彼女が差し出したデザイン画を見る。


「おお……!!」


 俺は思わず声をあげた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る