第196話 意識への潜入
☆
カレーナとのあれこれから1時間後。
俺たちはテンコーサの市壁に近い、集合住宅が集まるエリアにいた。
「それじゃあ頼んだぞ。二人とも」
暗い路地に隠れ、ターゲットの部屋に忍び込む二人に声をかける。
「おっけ。任せといて」
「けぷー!」
いつもの様子に戻ったカレーナと、なんか張り切っている謎生物。
……いや。
いつもとはなんか違うかもしれない。
「ねえ、ボルマン」
「?」
「手、にぎって」
そう言って、両手を差し出すカレーナ。
「えっ?」
「わたしを傷つけた罰だよ」
「ええっ?!」
「ほら、早く」
そう言って、自分の手を俺の胸に押しつけてくる金髪の少女。
こんな暗闇なのに、彼女の頬が赤くなっているのが、なんとなく分かってしまった。
「え、ええと……」
どぎまぎしながら、彼女の手を両手で覆う。
真っ直ぐ俺を見つめるカレーナ。
「なんか言ってよ。『いってらっしゃい』的なやつ」
ええい、ままよ。
「……無理はするな。無事に帰ってこい」
「ぶっ」
噴き出すカレーナ。
「もっと色々あるでしょうに」
彼女はそう言って笑うと、あらためて俺を見た。
「まあ、いいや。行ってくるね。……行くよ、ひだりちゃん」
「けぷー!」
ひだりちゃんは淡い光になるとカレーナの首に巻きつき、そのまま剣の形のペンダントになる。
「それじゃ、行ってきます」
「ああ。……いってらっしゃい」
カレーナはまたくすりと笑うと、俺に背を向け片手をあげ、表通りに出て行った。
☆
それからしばらく。
俺は息を殺して路地裏に潜んでいた。
「……大丈夫かな。あいつら」
手持ちぶさたのせいか、待つ身で落ち着かないせいなのか、ついついそんな言葉が出てしまう。
もっとも、カレーナの隠密レベルを考えれば、忍び込むこと自体は容易いはずだ。
それにミスター・アハーンの情報によれば、ヤーマシという名のターゲットは戦闘訓練も受けていない商人くずれ。
万が一にもカレーナが遅れをとることはないだろう。
唯一の不安要素はあの謎生物だが、短い付き合いの間に、あれでも頭は悪くないということがよく分かった。
いまだ一部しか知らない特殊能力も、とても頼りになる。
唯一の泣きどころが精神年齢の低さだ。
出会ったときから変わらず精神年齢が幼児並みなのも、この短い間で散々思い知ったのだった。
「……寒っ」
思わず身を震わせる。
春口とはいえ、深夜の屋外はそれなりに冷え込む。
その寒さと落ち着かなさで再び身を震わせたとき、何かが後頭部に触れた感覚があった。
「?」
何事かと頭に手をやった俺は…………次の瞬間、ぐいっ、と意識を引っ張られた。
☆
気がつくと、夕暮れどきの街に立っていた。
オレンジ色に染まるヨーロッパ風の街並み。
どこか見覚えのある光景。
どこで見たのか思い出そうと記憶を探っていると、突然後ろから、ばんっ、と背中を叩かれた。
「いっつぅ!」
突然の衝撃に驚いて振り返ると、カレーナとひだりちゃん(タコバージョン)がそこにいた。
「お待たせ。ここまでは楽勝だったよ」
そう言って誇らしげに微笑むカレーナ。
「ひだりちゃんもらくしょうだったけぷ!」
ドヤ顔する謎生物。
「おう。二人ならやってくれると思ってたぞ」
そう言って二人の頭をわしゃわしゃする。
「ちょっ、やめっ……子供じゃないんだからっ」
恥ずかしそうに俺の手から逃げるカレーナ。
だが、まんざらじゃなさそうだ。
「さて。問題はここからだな」
俺の言葉に頷く二人。
この街は、ヤーマシとかいう元商人の意識の中だ。
ひだりちゃんの力が、俺とカレーナの意識をダイブさせている。
「この街のどこに問題の手紙に関する記憶があるのか……」
周りを見回す俺に、カレーナが苦笑した。
「いやいや、たぶんそこでしょ」
そう言って目の前の店を指差す。
「なんで分かるんだ?」
尋ねた俺に彼女は、やれやれといったように首をすくめる。
「だってそこ、『彼』の店じゃない。ゲ◯バーになる前の洋品店」
「ええっ?!」
慌てて振り返り、店の看板を見上げる。
そこには確かに『ダイパース洋品店』と書かれた年季の入った看板がかかっていた。
「……本当だ。ブルーヲイスターのインパクトが強すぎて全く気づかなかった」
「ミスター キャサリン・アハーンの『愛と出会いの酒場』でしょ? なによブルーヲイスターって」
呆れ顔のカレーナに「青牡蠣の絵が描いてあっただろ?」と返すと、彼女はぽん、と手を打った。
「そういえば、たしかに。肝心なことには気づかないのに、変なところは覚えてるんだね…………(やっぱりわたしがいないとダメだね、ボルマンは)」
最後の方だけボソボソと呟く彼女に「え?」と聞き返すと、
「なっ、なんでもないっ」
と顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。
なんなんだ、いったい?
「それよりほら。『彼』が起きる前に探した方がいいんじゃない?」
「……そうだな。じゃあ、行くとしようか」
俺の言葉に頷くカレーナと、「けぷー!」と飛び跳ねる謎生物。
俺たちは店の扉を開け、中に入って行ったのだった。
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