第195話 ボルマンの思い、カレーナの想い④

 

 ☆カレーナとの話がちょっと長くなりましたが、次話から本筋に戻ります!




 ☆




 見知らぬ町で一人立ちつくす。


 ガヤガヤ ガヤガヤ

 ゴォオオオオ----


 周囲の喧騒が、遠い。

 行き交う人々は、その場に合わない格好をした私に気づくこともなく、ただただ前だけを見て歩いている。

 まるで、人形のように。


 おかしな光景だった。

 こんなにも人と物、音と光にあふれているのに、なぜか全てに人間味を感じない。


 つくりものの箱庭。

 そんな気がした。


「……?」


 ふと、自分に対して疑問に思う。


 見知らぬ町。

 つくりもののような人々。


 ふつうなら不安になるような状況なのに、なぜか私はほっとしたような安心感に包まれていた。


 ここに私を害するものはない。

 根拠のない確信。

 そして、『彼』の気配。


 私はなんとなく自分が行くべき場所が分かるような気がして、そちらに向けて歩きだした。




 ☆




「……?」


 しばらく歩いた私は、間もなくそこにたどり着いた。


 大通りから、一歩入ったところの路地。

 両側を建物にはさまれた薄暗い小道。

 その右手の壁に、看板もなく一枚の扉があった。


「……ここ?」


 誰に案内された訳でもない。

 けれど、中から彼の気配が……優しい空気が感じられる。


 まるで導かれるようにドアノブに手をかける私。

 その瞬間、扉が音もなく内側に開いた。




 目の前に、板張りの床の廊下があった。

 人が二人立てばふさがるくらいの狭い廊下。

 両側は白っぽい壁で、十数歩先の正面には開かれた木の扉がある。

 その先は、小部屋に通じているようだ。


 だけど、それらは問題じゃない。


 私の目をひいたのは、両側の壁に互い違いに掛けられた数枚の額縁だった。


 ––––いや、これは額縁なんだろうか?

 黒く華奢な枠には、とてもリアルな……まるで景色をそのまま切り取ったような絵が描かれていて…………


「……男の子? それにこっちは…………!」


 左の絵の中には、黒髪の男の子。

 右の絵の中には、幼いボルマンが映しだされ、動いていた。


 そこで私はやっと気づいた。


 ここは『彼』の意識の中なのだと。

 これらの絵は、彼の記憶なのだと。


 廊下の彼の記憶は、手前の子供時代に始まり、奥にいくにしたがって少年時代、青年時代と、成長したものになってゆく。


 きっと奥の部屋には、今の彼の意識があるのだろう。


「……っ」


 私は唾を飲んだ。


 ––––怖い。


 彼の意識。

 もし、そこに私がいなかったら?

 彼にとって私が、気にかけるほどの価値もない人間だったら?


 そう思うと、怖くて奥を覗く勇気が出てこない。

 体が震えた。


 その時だった。


『--------わたしは、あんたの仲間じゃないのかよっ?!」』


 奥の部屋から、聞き覚えのある声が聞こえた。


 ……あれは。あの言葉は!


 自然と足が動き出す。

 そうして私は、部屋に足を踏み入れた。




 ☆




 《ボルマン視点》


 気がつくと、目の前に少女の顔があった。

 涙に濡れた顔を上げ、吊り気味の細い目をまん丸に見開いている。


 ––––戻ってきた。


 彼女の意識に入り込む直前と同じ状況、同じ体勢に、瞬間的にそう思った。


「……カレーナ」


「っ!」


 名前を呟くと彼女は、はっとしたように俺の襟を掴んでいた両手を放し、顔を逸らした。


 俺はその手を拾い、自分の両手で覆う。


「!」


 びくん、と震える細い腕。

 だけど彼女は、その手を振りほどくことはなかった。


「カレーナ、すまなかった」


 俺の言葉に、固まるカレーナ。


「お前の意思も聞かず、俺の思い込みで勝手な話をして、本当に悪かった」


 彼女の手を引き寄せ、顔を寄せ、心から謝罪する。

 カレーナは、恐るおそる俺の顔を見た。


 涙のあとが残る、不安そうな瞳。

 本当に信じていいのか。

 ついさっき傷つけられた相手のことが信じきれず、迷う気持ちが伝わってくる。


 俺は腹をきめ、彼女の瞳を見つめて言った。


「どうか、これからもうちにいてくれ。お前は他の誰にも替えられない、大切な仲間なんだ」


 その瞬間、カレーナの両目から再び涙が流れた。




 ぐすっ ぐすっ


 しばらくの間、そのままの姿勢で俯いて泣いていたカレーナは、やがて俺が包んでいた手を動かすと、その手で涙を拭った。


 そして、上目遣いで俺を見ると、すぐにまた視線を落とした。


「……私がいた」


「え?」


 小さな声で呟いた彼女に、聞き返す。


「あんたの中に、ちゃんと私がいた。だから今回は赦してあげる」


「俺の中って…………まさか?!」


 はっとして、宙を彷徨っている不思議生物を睨む。


「けっぷけぷ〜」


 とぼけた顔で天井近くまで逃げる謎生物。


 くっ…………そりゃあそうだ。

 俺がカレーナの意識の中にいたんだ。

 逆もまたしかり、だよなあ。


「ま、まあ……そうか。とにかく、赦してくれるなら嬉しい」


 そう言いながら、ちょっと気まずくて、視線を逸らす。

 カレーナはそんな俺の袖を指でつまんだ。


「そのかわり、今度私が作った料理の感想を聞かせてよ」


 今度は彼女が顔を赤らめながら視線を逸らす。


「分かった。……楽しみにしてるよ、ポトフ」


 言った瞬間、カレーナの顔がさらに真っ赤になり……


「なっ、なんで知ってるんだよ!?」


 ドスッ


「ぐほっ!!!!」


 腹部に強烈な一撃をもらったのだった。








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