第178話 食べてみた☆
カエデが紅茶を淹れて配り、テーブルの上には小さく切った黒パンの皿が置かれる。
「甘いので、紅茶で口直しをして下さい。それでは簡単にご説明しますね」
そう言ってエステルはお手製のジャムを指し示した。
「最初の瓶は『お砂糖をたっぷり使った、じっくり時間をかけて煮込んだジャム』です。おそらく世の中でジャムづくりに使われる一般的な製法だと思います。ふたを開けなければ、一年近く保存ができます」
エステルが説明している間に、カエデがパンの上にジャムを盛り、俺たちの皿の上に置いていく。
「よかったら、カエデも試してみてね」
「!」
給仕に徹しようとしたカエデに、笑顔で先手を打つエステル。
「……それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
秒で陥落するカエデ。
まあ、気持ちは分かる。
彼女は予備のカップに紅茶を注ぎ、いそいそと空いた席に腰を下ろした。
––––それでは、まずは一口。
「うん、普通のジャムね」
エリスが頷く。
俺も味と食感を確かめ、感想を口にした。
「なるほど。かなり甘いね。あとじっくり煮込んでるだけあって、ほぼ形がなくなってて、粘度が高い」
俺の言葉に、エステルは頷いた。
「甘くて保存がききますが、果物本来の風味や食感はあまり残っていません。あと甘いものがお好きな方でないと受け入れられないのかな、とも思います」
なるほど。これを出発点にするわけか。
考えたな、エステル。
「そこで、次の瓶です」
彼女は二つ目の瓶を指し示した。
俺とエリス、それにカエデは紅茶で甘くなった口を直しながら、エステルの説明に耳を傾ける。
「このジャムは先ほどとは逆に『お砂糖を控えめにして、煮込み時間を短くしたジャム』です。正反対に作るとどうなるかを試してみました。お砂糖の量、煮込み時間ともに先ほどの半分にしてあります」
例によってカエデがパンに乗せて配ってくれる。
が、これはもう見た目からして厳しそうだった。
「……ちょっと汁気が多いわね。あと、味が薄いわ」
顔をしかめるエリス。
俺はごろりと乗っかっているりんごを咀嚼した。
「確かに汁っぽいけど、りんごそのものはそれほど悪くないな。ほどほどに甘くてりんごらしさも残ってる。このかけらだけなら、よほど甘いのが苦手でない限り普通に食べられると思うよ」
俺たちのコメントに、エステルは頷いた。
「やはり、そういう評価になりますよね。実はそのジャムにはもう一つ不安な点があるんです」
「不安な点?」
「はい。これは私の予想なのですが……おそらくそのジャムは、とても足がはやいはずです」
「足がはやい……腐りやすいということ?」
「はい。その通りです」
エリスの問いかけに、頷くエステル。
「ジャムを長持ちさせるには、使う瓶を煮沸したり、瓶詰めした後にきちんと密封する必要があります」
「それは分かるよ」
加熱殺菌と密封は食品保存の基本だ。
むしろ細菌の存在が知られていないこの世界で、経験則からその手法が確立していること自体が俺にとっては驚きだったりする。
「でも、それだけでは不十分なんです。ジャムそのものも、作るときにお砂糖にきちんと水気を吸わせなければなりませんし、十分に加熱して湿気をとばす必要もあります」
なるほど。
エステルが何を言いたいのか分かってきた。
「つまりこのジャムは、砂糖も加熱時間も足りないせいで、十分に水気をとばせていない、ということかな?」
「おっしゃる通りです」
頷くエステル。
「なるほどなあ……」
おそらく彼女の予想は当たっている。
付け加えるなら、加熱時間が足りないせいで、そもそも十分に殺菌できていない可能性もある、ということか。
いずれにせよ、味だけじゃなく保存にも難ありということだな。
まじまじと、二つ目の瓶を見つめる一同。
エステルが口を開く。
「そこで、試してみて頂きたいのが、こちらのジャムです」
彼女は三つ目の瓶を指し示した。
例によって、カエデがパンの上にジャムを乗せて配る。
「これは……見た目も美味しそうね」
「たしかに。水っぽくもないし、かけらは小さいけど、ちゃんとりんごが原形を留めてる」
どうやらエリスも俺と同じ印象をもったようだ。
「ぜひ、召し上がってみてください」
にこり、と微笑むエステル。
可愛い。
俺たちは一斉にジャムを口に運んだ。
そして……
「「「おいしい!!」」」
三人同時に同じ言葉を叫んだのだった。
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