第173話 そして伝説……え?

 

 トーサ村を出た俺とカエデ。


 彼女は先ほどにも増して早いペースで馬を走らせ、結局三十分もかからずにテナ村に着いてしまった。


 ゆっくり行けば、一時間ほどはかかる道のり。

 もちろんその間の会話はゼロだ。


「とりあえず、村長の家に顔を出して、馬を預けよう」


「……かしこまりました」


 ちら、とこちらを一瞥するカエデ。

 氷のような眼差しが俺を貫く。


 なぜに彼女は俺に冷たいのか。

 別に好いて欲しいとは思わないが、いちいち気まずいのは勘弁願いたい。


 そんなことを思いながら、村の門をくぐった。




「あっ、ボルマンさまだ!」


「ボルマンさまーー!」


 わらわらと寄ってくる子供たち。

 オフェル村ほどではないが、まあまあ歓迎してくれてるようだ。


 俺は馬を降り、


「おう、こないだは頑張ったな!」


 などと言って、肩をたたきながら馬を引く。

 寄って来るのは、もちろん子供だけじゃない。


「ボルマン様! 先日はありがとうございました!!」


 そのうち大人たちもやって来て、封術結界を解き帝国の間者をやっつけたことに感謝の言葉を述べ始める。


「人気者ですね」


 隣を歩くカエデが、ぼそりと呟く。

 俺は苦笑した。


「こっちの世界に来たばかりの頃を思えば、考えられない変化だな」


 そうして村人たちに囲まれながら、村長の家に向かったのだった。




 ☆




 テナ村の村長と再会してこれまた御礼の言葉をもらった後、俺とカエデは、テナ村南の森の入口にやって来た。


「ボルマン様!!」


 俺の姿を見た二人の領兵が、敬礼をする。


「やあ、ご苦労さま。あの後、村や森に変わったことはあったか?」


「いえ。一昨日は村人たちが戻ってきてバタバタしてましたが、昨日からはいつも通りです。まあ『ボルマン様は、どうやって婚約者を助けたのか』と会う者会う者に質問攻めにされましたが」


 そう言って笑う二人。


「え? それに何て答えたんだ?」


「正直に『分からない』と言うと、ひどくガッカリされましたよ。––––よかったら、そのあたりの話も今度教えて下さい。俺たちもぜひ知りたいです」


 おや、意外な反応。


 確かに俺たちはここ半年、領兵と一緒に訓練したり同行することも多かったので顔見知りも増えたけど……ひょっとして慕われてる?


 いや、自意識過剰だな。きっと。

 そんなことを思い苦笑する。


「俺なんかの話にそんなに需要があるかね?」


「もちろん! 吟遊詩人を呼んで歌にさせたら、絶対大人気になりますよ。なあ?」


「そうそう。領内だけじゃなく、国中に広めるべきですよ。ついでに俺らが狂化ゴブリンを刈ってオフェル村を救った話も一緒に歌にして下さい。英雄の部下として活躍したとなれば、子々孫々の誇りになりますから」


「おお! それいいな!!」


 なんかよく分からない方向に盛り上がる二人。

 だけどまあ、なかなか面白い提案ではある。


「分かったわかった。一応検討はするよ。だけど、あまり期待するなよ?」


「ええ、ええ! 楽しみにしてますから!!」


「右に同じです」


 はっはっはっ、と笑う兵士たち。


 こいつら、人の話を聞いてるんだろうか?

 甚だ疑問だわ。


「まあいいや。今日は遺跡の中に変化がないかを確認しに来たんだ」


「遺跡の中は分かりませんが、今朝までは誰も中に入っていないはずです。入口にも二人立っておりますから、彼らに訊いてみて下さい」


「了解した」


 そう言って頷くと、俺とカエデは領兵たちに見送られて森に入ってゆく。


 通常テナ村には領兵が二人常駐しているが、俺からの指示で現在は八人を配し、村と遺跡を警備している。


 さすがにダルクバルト全領兵の三分の一をいつまでも張り付けておく訳にはいかないので、屋敷に戻ったら速やかに対策を実行に移さなければならないだろう。


 ウワサを流したり、観光地化したりという、あれだ。

 どこまでやるかは決心がついていないが、いつまでも先延ばししている訳にもいかない。


 そんなことを思いながら、森の小道を進んだ。




 ☆




「あ、ボルマン様! お疲れ様です!!」


 遺跡の入口に立つ二人の領兵が、俺たちに気づいて敬礼する。


「ああ、お疲れさま。その後、異変はないか?」


「はい。近づく者はいませんし、いたって静かなものですよ」


「そうか。今日は、遺跡の中に変化がないかを確認しに来たんだ。お前たちは引き続き警備を続けてくれ」


「承知しました! ボルマン様なら大丈夫だと思いますが、お気をつけて行ってらして下さい」


「分かった。それじゃあ行ってくる」


 そんなやりとりをして、カエデと二人、遺跡に入ったのだった。




 ––––数分後。


「っ! 一匹、逃しました!!」


 振り向きざまに叫ぶカエデ。


 最初の一振りでサーベルタイガーを、続く一振りで二匹の採掘狂土竜(マッドワーカー)を斬り捨てた彼女だったが、残念ながら最後の一匹……地を這う巨大ムカデ『ジャイアント・ワーム』までは刃が届かなかった。


「問題ない。––––ひだりちゃん、ソードフォーム!!」


(けぷーー!!)


 首から下げていた剣型のペンダントが青く輝き、光の粒子となって俺の右手に殺到する。

 直後、光の粒は剣となり、俺の右手の中に収まっていた。


 キシャーーーー!


 大口を開けて迫る巨大ムカデ。


「はっ!!」


 一閃。


 頭から胴の途中までが真っ二つになったムカデは、そのまま床に崩れ落ちた。


「……申し訳ありません」


 こちらに戻って来て、頭を下げるカエデ。

 俺は「いいさ」と首をすくめた。


「それより、これじゃあ遺跡の観光地化はムリだな」


 俺は床に転がった魔物の死骸を見て、ため息をつく。


 攻略から二日。

 遺跡の中では、魔物たちが再出現(リポップ)していた。







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