第171話 気まずい遠出、トーサ村の悩み

 


 ☆



 翌朝。


 早めに朝食をとり、支度を整えた俺が表に出ると、既にカエデが二頭の馬の横で待っていた。


「やあ、早いな」


 一礼する彼女に俺が話しかけると、カエデは表情を変えずにこう返してきた。


「今日が特別早いということはありません。いつもと変わらぬ時間で動いておりますから」


 その口調と所作は、よく躾けられたメイドのそれだ。

 先日も思ったが、どうやら彼女の方で俺やエステルとの関係を変えるつもりはないようだ。

 それはそれで、彼女の事情を知る俺としては少々やりづらくはあるんだが。


 例の事件で、カエデがアキツ国の皇女であることは確実になった。

 実際彼女はエステルの前で神祀りを行って遺跡の封印を解いてみせたし、皆にあらためて皇女であることを明かした時の所作は皇族のそれだったしな。


 ゲーム『ユグトリア・ノーツ』のパーティーメンバー、皇子タケヒトの妹である、という俺の仮説は、正しかった訳だ。


 であれば、せめて外部の人間がいない時だけでも彼女を皇族として扱うべきなんじゃないか、とも思うんだが、どうなんだろうか?


 彼女を見ながらそんなことを考えていると、カエデが口を開いた。


「ボルマン様。準備が整っていらっしゃるのであれば、早速出発したく思いますが、いかがでしょうか?」


「あ、ああ。そうだな。出発しよう」


 こうして微妙な気まずさの中、俺とカエデはテナ村の遺跡に向け出発したのだった。




 ☆




 領都ペントから南に30分あまり。


 先導するカエデがそこそこのペースで飛ばすので、ほとんど会話もないまま中継点のトーサ村に着いてしまう。


 村長宅の横の水飲み場でカエデが馬に水を与えている間、俺は村長と会談していた。

 先日のテナ村住民の保護について、村の人々の貢献に対し労いの言葉を伝えるためだ。


「この度のトーサ村の者たちの働きについては、クリストフからよく聞いている。避難してきたテナ村住民を村人総出で保護してくれたそうだな。本当にご苦労だった」


 開口一番に俺がそう言うと、頭頂部が禿げ上がった初老の村長は目を丸くした。


「なんと! ボルマン様直々にそのような言葉を下さるとは……。本当に光栄なことでございます。皆も喜ぶでしょう」


 興奮気味にそんなことを言う村長。

 まあ、嫌われ者のボルマンのことだ。

 話半分で聞いておこう。


「今回の村人たちの働きに対しては、俺個人として何かで報いたいと思ってる。が、何で報いるのがいいのか、いまいち思いつかないんだ。親父の権益を侵すわけにもいかないしな。……村長の方で何かいい案はないか?」


「そ、それはまた……」


 村長はさらに驚きとまどっている。

 まあ、それはそうだろうな。今までが酷かったし。


「うーむ、そうですなあ……」


 腕を組み、考え込む村長。

 しばらく考えた彼は、ぽん、とこぶしをもう片方の手のひらに打ちつけた。


「そういえば、村としてちょっとした悩みがあるのですが」


「なんだ? 叶えられるかどうかは分からないが、とりあえず言ってみろ」


 遠慮がちに口を開いた村長の、先を促す。


「実は…………」


 村長は、村の悩みについて話し始めた。




 数分後。

 話を聞いた俺は、村長の言葉を反芻した。


「なるほど。南の山のキラービーをなんとかできれば、山の奥に入って鉱石をとることができるようになるかもしれない、と」


「はい。その通りです。南の山の奥には、鉄鉱石をはじめとして、名前が分からない色んな模様の石が転がっているという言い伝えがあります。ですが……」


「山はキラービーの縄張りで、うっかり足を踏み入れると巨大蜂の群れに襲われる、と」


「はい。虫よけの草をすり潰して全身に塗りたくっていけばある程度までは山に入れるらしいのですが、奥に行くほど寄ってくる蜂の数が増えて、最後には……ということです」


「なるほど。それは悩ましいな」


 珍しい鉱石は、商人に売ればそこそこ金になる。

 ひょっとしたら目の前にお宝があるかもしれないのに、凶悪な魔物が邪魔して探索もできないというのは、なかなか切ないものがあるだろう。


 キラービーは、ゲームではレベル8前後の魔物だった。ホブゴブリンと同じか、やや強いくらい。

 単体で現れてもどうということはないが、こいつのやっかいなところは、仲間を呼ぶことだった。しかもゲームの特殊仕様で、数匹の群れで魔物1匹の扱いである。

 油断すれば、レベルが10も上のパーティーでもやられることがある。それがキラービーだった。




「実際、薬草をとりに山に入って迷った若いのが、キラービーに襲われて命からがら帰って来たことがありました。ですが縄張りに入らない限りキラービーは襲ってこないので、領兵も動いてくれんのです」


「そりゃあ、こちらが何もしない限り無害なら『放っておけ』となるわな」


 もちろん、山の奥に宝石が埋まっているのが確実なら、兵を動かして討伐することもあるだろうが、今のところ伝承に過ぎないからな。


「ふむ……」


 俺はしばし考え込んだ。


 しかしまあ、興味深い話ではある。

 もし本当に鉄鉱石や希少な鉱石がとれるなら『彼ら』を招くためにも、ぜひ道を拓いておきたい。


「……よし、わかった」


「えっ?!」


 勢いよく顔を上げる村長。

 俺は彼に言った。


「すぐに領兵を動かすことはできないが、近いうちに、俺と仲間たちで討伐がてら南の山を探索してみよう」








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