第168話 封術銃の開発 ①

 

「なんだこりゃ? 筒っぽか???」


 ポンチ絵をのぞきこんだ鍛冶屋のオルグレンは、頭の上にいくつもクエスチョンマークを浮かべていた。


「ああ、これは弓矢に代わる新しい飛び道具なんだ。封術の爆発で筒の先端から入れた鉛玉を飛ばす」


 俺は開発しようとしている『銃』について、簡単に説明した。


「この武器の要となる部分……銃身と鉛玉の製作を、お前に頼みたい」


「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。こんな筒っぽの中で封術を爆発させたら、筒ごと破裂するんじゃないか?!」


 柄にもなく慌てるオルグレン。

 俺は笑って言った。


「まあ、そのあたりは試験を繰り返して工夫していこう。いきなり完璧なものができるなんと思ってないさ。破裂しようがしまいがちゃんと金は払うよ」


「そう言われてもなあ……」


 オルグレンは二の足を踏み、なかなか首を縦に振らない。


「作り方は、ちゃんとアドバイスする。まあちょっと聞いてみろよ」


 そうして自分が知っている製法の説明を始めた。




 ☆




 俺は火薬の作り方を知らない。


 知っているのはせいぜい、黒色火薬を作るのには木炭と硝石と硫黄が必要だということくらい。

 それらをどういう形で混ぜるのか。その比率はどんなものか。

 そういう具体的なことが分からないので、火薬の開発は早々に諦めた。


 だが、銃身の作り方なら多少はあたりがつく。


 別に前世で銃メーカーで働いていたとかではなく、ミリオタ趣味と本業関連の好奇心から、以前、火縄銃やライフルの製造方法を調べたことがあったからだ。


 その時の知識とこの世界の冶金技術を照らし合わせると、火縄銃レベルの銃身であればこの世界でもなんとか実現できそうだという結論に達していた。




「まず、銃身の作り方だが––––」


 俺は紙に絵を描きながら、オルグレンに手順を説明してゆく。

 なじみの鍛冶屋は、食い入るようにその絵を覗きこみ、説明を聞いていた。


 今回の開発では、銃身を鍛造で作る。

 鍛造というのは、鍛冶屋がハンマーで赤くなった鉄をトンカンやる、あれだ。

 マスケットと呼ばれる火縄銃なんかの伝統的な作り方にならう。


 鍛造での銃身製造には、次のようなメリットがある。


 ◯成形の自由度が高い。

 ◯異なる種類の『鉄』を叩いて繋ぐことができるので、柔らかい地に硬めの材料を乗せることで強靭な銃身を作ることができる。

 ◯叩いて成形するため金属組織の結晶を微細化でき、かつ外周からの圧縮応力を付与できるので、内側からの圧力に強く割れにくい。


 手間がかかり生産性は悪いが、品質的には良好なものができるはずだ。




 前世では青銅や鉄を鋳溶かして型に流し込む鋳造で作る場合もあったようだが、今回はパスする。


 鋳物には内部に『巣』という空洞ができることがある。その正体は、溶解した金属を型に流し込んだり、その後固まる過程でできるガスの気泡だ。


 前世現代では、温度のコントロールや工法の工夫である程度鋳造欠陥を抑えていたが、それでも巣ができるときはできる。

 これができると、強度的には一巻の終わりだ。爆発力に耐える銃身を作るのに、そんなリスクを負いたくはない。


 ちなみに、鋳巣をほぼゼロにしながらパイプを鋳造する方法に、遠心鋳造というものがある。とてもいい加減な説明だが、文字通り、筒状の型を高速回転させながら溶解した鉄を流しこむ。


 誰もが知っている遠心鋳造管と言えば、水道管や東京スカイツリーの柱などは、馴染み深いだろう。

 水道管は農機メーカーが、スカイツリーの方は工作機械メーカーが作っている。

 日本の遠心鋳造技術は世界トップクラスだ。




 話を戻す。

 今回俺は、鍛造による銃身製造として以下のような工程を考えている。


 ①まず、銃身を成形するための『芯』となる金属棒を作る。この棒はとにかく硬く、真っ直ぐである必要がある。


 ②次に薄い鉄板を作り、十分熱して赤めた上で、①の芯に巻いて筒状に叩いて成形する。


 ③長い、帯のような鉄板を作る。


 ④③で作った帯の板を十分に熱し、②で作った筒の外周に巻きつけ、叩いて下の筒とつなぎ合わせる。


 以上で終了だ。


 きちんと作れば、ものになるはず。

 ……たぶんね。




 ☆




「むぅ…………」


 ざっと説明したところで、鍛冶屋の顔を見ると、今まで見たこともない難しい表情で唸っていた。


「何か問題はあるか?」


 俺の問いに、さらに一回「むぅ」と唸ったあと、オルグレンは口を開いた。


「問題は、ない。確かに今、坊ちゃんが説明した方法なら、相当に強い筒っぽが作れそうだ。中で爆発しても耐えるくらいの。ただ、ひとつ問題があるとすれば…………」


 じろり、と不審な目を向ける鍛冶屋のおやじ。


「……なんで素人の坊ちゃんが、そんなものの作り方を知ってんだよ。坊ちゃんにそんなすごい提案されたら、俺がやってきた仕事は何だったんだ、ってえ気がするぜ」


 そう言って、はあ、とため息を吐き肩をすくめた。







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