第123話 それぞれの覚悟

 

 ☆(ボルマン)


 一つ先にある祭壇の間からは、断続的に何かの衝撃音が響いていた。


 音だけじゃない。

 神殿そのものを揺さぶる振動まで、前室を挟んだ廊下(ここ)まで伝わってくる。


 そして、女の悲鳴。


(「––––ぁあああああああああああああああっ!!!!」)


 絶叫。

 間違いない。今のはカエデの声だ。

 一体、中で何が起こってる?!


「くそっ!」


 駆け出そうとするジャイルズ。


「待てっ」


 咄嗟に腕をつかみ、引き留める俺。


「ぼ、坊ちゃん!」


「……っ」


 焦る気持ちを必死で抑えつける。

 ジャイルズだけじゃない。俺を含めた全員、心が浮き足立っていた。


(落ち着け、俺。冷静に––––)


 自分に言い聞かせる。


 中の様子が分からない。

 敵の戦力も。配置も。


 下手に全員で動けば敵に気付かれる可能性がある。中の状況を確認するため、ここは偵察を出すべき場面だ。


 なんとか気持ちを落ち着けた俺は、彼女を振り返った。


「カレーナ、頼みがある」




「…………」


 一人先行し、開け放たれた扉から中の様子を窺うカレーナ。


 『隠密レベル7』。

 視界に入っているのに、気を抜けば仲間である俺たちですら彼女を見失ってしまいそうになる。


 この世界のスキルの最高(マスター)レベルは、ゲームと同じ『10』。それがどのくらいのものかと言うと「スキルを一つでも極めていれば、神話に出てくる英雄なみ」らしい。


 ちなみにゲームのキャラクターたちは、最終的にマスターレベルのスキルを一つ二つは持つようになっていた。

 ……どれだけ規格外なのかという話だ。


 一般的にはスキルレベルが『5』もあれば弟子がとれるこの世界。

 日常的に隠密スキルを発動して訓練してきたカレーナは、すでにその道のエキスパートの域に達していた。


 カレーナはしばらく中の様子を窺っていたが、やがてこちらに向けて手招きした。


 足音を忍ばせ、皆で彼女がいる扉の脇まで移動する。

 その間も室内から響いてくる、衝撃音と振動。

 これなら多少の雑音は紛れてしまうだろう。


 俺たちが合流すると、カレーナは中を覗くよう指で指し示した。


 一瞬、顔を見合わせる仲間たち。

 俺は頷くと、祭壇の間を覗きこんだ。




「フフフ……。フハハハッ! 邪神の力もこの程度ですか? 全っったく効かないですねえ! ヒャハハハハハハハ!!」


 高笑いしながら奥の祭壇に向かってゆっくり歩いてゆく小柄な男、ラムズ。


 あれは封術だろうか?

 奴の周りを、金色の粒子が舞っている。

 そしてその粒子は、神殿の結界からの攻撃を全て霧散させていた。


 ホール中に響く衝撃の嵐。

 その中を誘拐犯一行は縦列となり、ラムズを先頭にして歩いていた。


 殿(しんがり)は二体の狂化ゴブリン。

 最後尾の一体は、カエデを横抱きでかかえていた。


 目を閉じ、苦しそうに揺られるカエデ。

 一体、何があったのか?

 不幸中の幸いか、息はあるようだ。が、出来るだけ早く治療した方が良いだろう。

 彼女ほどの遣い手を、ここまで痛めつけるなんて。


 ゴブリンの前には、ガタイのいい例の剣士、ジクサーがいた。

 左手にカエデの薙刀を持ち、右手は空。いざ事が起これば、すぐに背中の剣を抜けるようにしているのだろう。


 そのジクサーの前。

 先頭のラムズから少しだけ離れたところを、彼女が歩いていた。


 ––––エステル。


 しっかりした足どり。

 姿勢のよい毅然とした所作。


 拐われてきた時そのままなのだろう。白い寝巻き姿の上から、マントのようなものを羽織らされている。


 そしてその可憐な少女に似合わぬ、痛々しい手枷。

 枷とこすれたせいか、彼女の手首にはくっきりと赤い跡がついていた。


「くっ……!」


 俺はこぶしを握りしめた。


 頭に血がのぼる。

 彼女が無事だったことに安堵しながら、一方で胸の中で激しい怒りが渦巻いた。


「落ち着け、ボルマン」


 背中に、誰かの体が触れた。

 首すじにかかる温かい息。

 振り返ろうとすると、耳元で再びカレーナの声が聞こえた。


「気持ちはわかる。だけど今は冷静に。……あの子を助けるんだろ?」


 静かに諭すような声。

 その言葉が、俺を我に返した。


 そうだ。

 彼女は無事なのだ。少なくとも、今はまだ。

 このまま無事に帰れるかどうかは、これからの俺たち次第。


 今は、為すべきことを為さねば。


 皆を振り返った俺に、エリスがニヤリと笑ってみせた。


「号令を。リーダー」




 扉の影で円陣をつくる。


「作戦はさっき打合せた通りだ」


 俺は皆の顔を見回す。

 すでに大まかな手順は打ち合わせてある。


 急襲。


 前世世界で立てこもり事件などが発生した際に、特殊部隊なんかがやっていた方法に倣う。


 もちろん武器も道具も異なるこの世界では代替手段を使わざるを得ないし、俺たちはその訓練もしていない。


 成功する確率?

 はっ! 知るかそんなもの。


 何をどうやるにしろ格上の相手なのだ。どうせやるなら、少しでも知っている方法がいい。


 俺は言葉を続ける。


「カレーナが先行。タイミングを見て俺たちが突入する。エリスは敵がこちらに気付き次第封術発動。発動句はできるだけ大きな声で頼む。ジャイルズとスタニエフはゴブをやってくれ。俺は剣士に掛かる。エステルとカエデを確保次第、撤退する。……質問は?」


 首を振る仲間たち。


「よし、行くぞ。みんなで家に帰ろう」


 今度は全員が頷く。


 俺は、先陣を切る金髪の少女を見た。


「カレーナ。エステルを頼んだ」


 視線が、重なる。


 彼女は俺を見て少しだけ躊躇うと、何かを決意したような顔になり、音もなくすっと距離を詰めた。


 それは、一瞬の交わり。


 顔に添えられた両手。

 唇に感じる乾いた感触。


 突然のことに全く反応できない俺を置いてけぼりにして、少女は俺から離れた。


「お、おまえ……」


「あんた達のために体をはるんだから、このくらいはゆるしてよ」


 彼女は俺の言葉を遮りそう言って笑うと、次の瞬間には真剣な顔で扉の方に向き直った。


「じゃあ、行ってくる」


 そう告げたカレーナは、出会った時より少しだけ伸びた金髪を揺らして、祭壇の間に飛び込んで行った。




「ほら、ボケっとしてる場合じゃないでしょ」


 背中をドンと叩かれ、我にかえる。

 ど突いた犯人を振り返ると、天災少女は素知らぬ顔で詠唱にかかっていた。


 まもなくエリスの右手のこぶしを中心に、白色の封術陣が浮かび、回りはじめる。

 発動句を唱えれば、即発動する状態だ。

 そのまま放っておけばどんどん術の威力が減少し、約1分で封術陣そのものが消滅する。


 いつもならここで終了。

 が、今回は違った。


「準備完了っ。これから延長術式に入るわ。いつでも発動できるから、そっちはタイミングみて行っちゃって」


 飄々とそう言ったエリスはちらりとこちらを見ると、今度は左手首を右手首にクロスさせて詠唱を始めた。


「……………………」


 右手に浮かんだ封術陣と交差するように現れた、二つ目の封術陣。

 まるで最初の陣を補強するかのように、光の粒子が流れ込み始める。


 初めて見るその光景に目を丸くしていると、エリスが詠唱しながら眉をひそめ、あごで祭壇の間を指した。

 まるで「あなたには、あなたのやるべきことがあるでしょう」と言わんばかりに。


 俺と二人の子分は、再び部屋を覗きこんだ。




 ラムズたちは、最後の防御障壁を突破しようとしていた。


「さあ、これが最後です。私に道を開けなさい! フハハハハハハハハ!!」


 金色の粒子を纏った右腕を突き出し、ズブズブと障壁に侵入するラムズ。


 異物に侵入された障壁は、断末魔の悲鳴のように一度だけ大きく波打つと、跡形もなく霧散した。


「ヒャハハハハハハハッ!」


 それまで続いていた波動による攻撃が、止んだ。

 訪れる静寂。

 ラムズの高笑いだけが、広いホールに反響する。


「ハハハハハハハハッ!! …………さて。やっとここまで来ましたか」


 ひとしきり笑ったラムズは笑うのを止めると、目の前にある祭壇の上の棺のような箱を睨んだ。


 そして、祭壇に向かう小さな階段を一歩一歩上ってゆく。

 数段しかない階段は、何事もなくあっさり彼を通してしまった。


「私の推論が正しいなら––––」


 箱に手をかけるラムズ。

 触れたところが障壁のように、ドクン、と波打った。


 次の瞬間、箱の蓋がゆっくりと上に向かって開いていった。






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