第107話 解き明かされる真実
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今話から数話、本作の核心に迫っていきますが、やや展開が遅くなります。本日(7/14)連続投稿しますので、興味のない方は夜まで待って一気に流し読みされると良いかもしれません。
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馬に鞭を入れ、カエデさんの目撃情報があったトーサ村に入ったのは一時間後のことだった。
太陽は南中の位置にある。
つまり正午だ。
村長の屋敷の傍らで馬に水を飲ませている間に、執事のクロウニーが用意してくれたサンドウィッチを立ったまま頬張る。
意外……でもないが、エリスはそんな環境でも文句ひとつ言わずパンを口に詰め込んでいた。
––––どんな伯爵令嬢だよ。
「皆、食べながらでいいから聞いてくれ」
かく言う俺も水でパンを流し込みながら喋り始める。
行儀が悪い?
結構。俺はボルマンだ。
「今から話すのは、ほとんど俺の推測になる。だが、多分当たっているはずだ」
子分ズが頷く。
「昨晩、エステルが拐われどこかへ連れ去られた。カエデさんはそれを追って未明にテナ村に向かっている。状況から考えるに、犯人は二週間ほど前にうちに挨拶に来た、オルリス教会本庁の史跡調査部を名乗る二人組だと思う。奴らは一年ほど前から、テナ村の伝承を調査しに来ていると言っていた」
「教会が関わってるの?」
カレーナの問いに、俺は首を横に振った。
「あいつらが本当に教会関係者なのかは分からない。こんなことをやらかすくらいだ。俺たちに話したことが嘘だった可能性は十分にある。ただ、只者じゃないことは確かだ。––––エリス。カエデさんの出自は知っているか?」
「彼女が西方の島国出身ということは聞いたわ。あと、大怪我で倒れているところをエステルのお母様に助けられた話とか」
「そう、それだ」
俺はエリスを指差した。
「彼女はアキツ国の出身で……強力な禁術使いだ」
「禁術?!」
「ああ。以前、俺は狂化した野犬(ワイルドドッグ)に噛み付かれて二本の牙が腕を貫通し、そこに雷撃をくらったことがあるんだが––––」
「ちょっ……『撃て』って言ったのはあんたでしょ!?」
慌てて抗議してくるカレーナを手で制止する。
「そう。俺が『犬ごと撃て』って言ったんだ。カレーナ、あれはよくやったよ」
その言葉に、複雑な顔で怒りをひっこめるカレーナ。
俺は話を続ける。
「とにかく俺は大怪我をした訳だが、並の回復アイテムでは治癒できないその怪我を、彼女は僅かな時間で治してしまった。本人いわく『カンマツリ』という禁術を使ったそうだ。––ああ、この話はここにいる人間とエステルたちだけの秘密だぞ」
「他の人に話せる内容じゃないわね、それ。政治的に面倒くさ過ぎるわよ」
「ご理解頂けて嬉しいよ」
俺は頷いた。
エリスは顎に手の甲をあてしばらく考えていたが、やがて俺の方を見て口を開いた。
「それじゃあ、あなたがさっき言ってた『結界』っていうのは……」
「ああ。ただの呪(まじな)いじゃない。虎の子の勾玉まで使って禁術で構築した、おそらく世界最強レベルの結界だ。––––そして誘拐犯は、それを易々と破っていきやがった」
「禁術破り……」
スタニエフの呟きに、皆が息を飲んだ。
ここに至って、俺には躊躇いがあった。
それは、カエデさんの『本当の出自』を皆に話すか、ということ。
おそらく、この世界で数名しか知らない事実。
エステルでさえも知っているかどうか。
俺が転移者ゆえに気づけた真実。
だが、彼女たちの命が危険に曝されている今、その秘匿に何の意味がある?
俺は目を閉じ、覚悟を決める。
––––そして、その事実を口にした。
「繰り返して言うが、カエデさんの禁術は非常に強力だ。恐らくこの世界で五本の指に入るくらいに。……それは、カエデさんがアキツ国の皇女だからだ」
皆が一斉に息を飲んだ。
「……皇女? つまりお姫様、ってこと?!」
カレーナが、信じられない、という顔で訊き返す。
皆、同じような顔で俺を見ている。
続いてエリスが眉を顰め、俺を詰問しにかかる。
「あなた、適当なことを言ってるなら––」
「本人に確認した。彼女は否定しなかったよ。……殺されそうな雰囲気だったけどな」
今思い出しても、あの夜は怖かった。
そして同時に、とても幸せな夜でもあった。
その幸せが、ぶち壊されようとしている。
気がつくと拳を握りしめていた。
「彼女は親戚の反乱(クーデター)によって国を追われ、この国まで逃げてきた。そこで追っ手と戦闘になり、大怪我をしたところをエステルの母親に拾われ、匿われたんだ。ひょっとすると今回の犯人は、その件とも関わりがあるのかもしれない」
「そういえば…………」
エリスが何かを思い出すように、呟く。
「子供の頃、聞いたことがあるかもしれない。ずっと遠くの西の国で政変があった、って。それまではオルリス教の国も細々と交易ができてたけど、政変以来、帝国以外の国との交易は禁止されたって」
まじか?!
「……フリード伯爵家の情報収集力は、とんでもないな」
「一応、我が国随一の貿易港を持ってるからね」
ふふん、と胸を張るエリス。
「話をカエデさんの話にもどすぞ。彼女はさっき言ったように国を追われた皇女だが……アキツ国の皇族は、実はただの王族じゃない。彼らが奉じる神々と交信する巫女であり、その力を現世に顕現させる術者でもあるんだ」
俺の説明に、エリスが納得したように頷く。
「あなたがさっき言ってた『エステルはカエデに言うことをきかせるための人質』っていうのは、そういうことね。犯人は、カエデに何かの禁術を使わせたい」
「そう。そしてこのことから分かるのは……犯人どもはカエデさんが禁術使いであることを知った上で、それを破る手段を用意して今回の事件を引き起こした、ということだ」
「計画的、ですね」
スタニエフが唸る。
「計画的。そう、計画的犯行だ。この事件は恐らく、何ヶ月も前から入念に準備を重ねて決行したものだ。そしてもう一つ。誘拐にあたって犯人どもが事前に用意して、仕掛けてきたと思われるものがある。––––何か分かるか?」
俺の問いにスタニエフは逡巡し、そして、はっ、としたようにそれを口にした。
「まさか、狂化ゴブリンですか?!」
「そうだ。あの妙に統率が取れた賢い化け物どもは、うちの領を撹乱させるために犯人が用意した、陽動の道具という可能性がある。ひょっとすると、犯人が何らかの方法で魔物を操っているのかもしれん」
そう。
一見関係なさそうな二つの事件。
証拠はない。
根拠は発生のタイミングだけ。
だけどそのタイミングが、あまりに出来過ぎている。
「操るって……魔物を操るなんて、そんなことができるのか?」
カレーナが訝しげに呟く。
「自分たちの集落の周りに罠を張り、統率がとれた集団行動ができる狂化ゴブリンがいるんだ。そいつらが自然に進化したと考えるより、人間が操っていると考える方が、まだ有り得ると思わないか?」
俺の言葉に、皆が顔をこわばらせた。
馬が水を飲む音が響いている。
ぎり、という音が聞こえた。
「––––エルバキア、帝国っ!」
そこには、今まで見たことのない形相で拳をにぎるエリスがいた。
「あいつら、兄様だけじゃなく、今度はエステルまで私から奪おうというの?」
ヤバい。
目が据わってる。
「エリス。なぜ犯人が帝国の人間だと思う?」
俺の問いかけに、エリスはギロリとこちらを見る。
「オルリス教会も、オルスタン神聖国も、魔物を操るなんて考えは出て来ないわ。『教義上』ね!」
「教義上?」
「オルリス教において魔物は忌むべき存在なの。存在自体が神の意思に背くもの、抹消すべきものとされているわ。……そんな魔物を操ろうなんて発想が、そもそもオルリス教の国に出てくるはずがない!」
叫び、俺を睨みつけるエリス。
俺は正面から彼女の視線を受け止めた。
「帝国なら『やる』ということか」
「そう。その発想は、世界の成り立ちを暴き、自らのものにしようとする、エルバス正教会……エルバキア帝国の発想よ!!」
エリスの叫び声を聞きながら、俺は内心で納得していた。
アキツ国の反乱。
政変後の帝国への交易許可。
エステルとカエデさん、それにうちの家と領地に対する、誘拐犯の異常に徹底した情報収集。
そして、カエデさんの結界の破壊。
影に帝国がいるとすれば、その全てに説明がつく。
「……エリス。相手が帝国の騎士と封術士だとして、勝算はあるか?」
俺の問いに、エリスは頷こうとし、途中で首を横に振る。
そして、俺を見据えた。
「…………違うでしょ? 勝算があるかどうかなんて、意味がない」
「「やるしかない(わ)!」」
俺は頷いた。
「テナ村に着くまでに各自敵との戦い方を考えておけ。––行くぞ! 出発だ!!」
俺たちは再び馬に乗り、東を、テナ村を目指して鞭を入れた。
それから一時間後。
俺たちはテナ村が見える丘の上に馬をとめ、茫然と村を––––村と隣接する森を、眺めていた。
「なんだあれ?」
カレーナが言葉を吐き出す。
その問いにエリスが答えた。
「たぶん、封術の結界ね」
森に沿って村からの侵入を阻むように、キラキラと金色に光る透明な壁が空に向かってそびえ立っていた。
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