第101話 港湾都市フリーデン

 

 翌朝未明。

 宿に頼んで用意してもらった軽食を腹に入れた俺たちは、日の出とともにテンコーサの街を出立した。


 テンコーサは、ダルクバルトとフリード領のちょうど中間に位置する交易都市だ。

 朝、街を出れば、順調に行けば陽が暮れる頃にはフリード領の領都・フリーデンに到着する。


 今回俺たちはその道のりを早駆けし、陽が傾く前にフリーデンに入ることを目標に出発したのだった。


 ちなみに昨夜話をつけた豚父は急遽予定を打ち切り、昼頃にダルクバルトに向けて出発することになっている。

 危機感はあるんだろうが、なんとものんびりした話だ。




 ––––数刻後。


 俺とエリスは、森を貫く幅広の街道を進んでいた。


 フリード領に入って最初の街で昼食をとり、そこから先触れのため領兵を先行させたので、今は少しだけペースを落としている。


 街道沿いには一定の距離ごとに兵士が配置され、辺りを見守っていた。おかげで盗賊などはまず出ないらしい。

 通商路を重視する伯爵らしい施策だ。

 実際、街道は多くの輸送隊が行き来し、フリード領がいかに交易を重視しているかが見てとれた。


「この森を抜けた先がフリーデンよ」


 隣で馬を歩ませるエリスが言った。


「初めての訪問だな。テンコーサより北には行ったことがないんだ」


「あきれた。それでよくテルナ川水運協定なんて言い出したわね?」


 ジトッとした目をこちらに向けるエリス。


 確かに、ゲームの知識と地図、クロウニーやオネリー商会の情報だけであんな提案をぶち上げたのは、今思えばかなり無茶だったかもしれない。


「あの時は、他に思いつかなったからさ。うちは何をするにしても時間と金がないから、綱渡りでもなんでもするしかない」


「あなたのその大胆さだけは尊敬するわ」


「禁忌とされた敵国の技術に手を出すエリスも大概だけどな」


「私も、目的を果たすためなら多少の無茶はするわ」


 天災少女は、ふん、と鼻を鳴らした。


 ––––ひょっとして、似た者同士とか。

 いや、そんなことは……。


 自問自答しているうちに、森を抜けた。




 突然周囲の視界が開ける。

 眼下には、巨大な港湾都市が広がっていた。


「すげえっ!!」


 それ以上の言葉が出なかった。


 西と南に高地、東をテルナ川に囲まれ、北の海に向けて大きく口を開いた港湾。

 湾内を行き交う大小の帆船。

 波止場に積み上げられた大量の交易品。

 その荷を運ぶ荷馬車の群れ。

 そして中央の広場を起点に四方に伸びる、無数の露店の屋根。


 テルナ川のほとりに立っている城……というか要塞は、フリード伯爵の居城だろうか?

 城からは湾内側と反対のテルナ川の両方に容易にアクセスできるようになっていて、それぞれに軍船らしき帆船が停泊している。


 隣のエリスが得意げに、ふふん、と笑った。


「ようこそ『物と文化が行き交う街・フリーデン』へ!」




「しばらくぶりだな、婿殿」


 城に到着するとすぐに客間に通され、待つことしばし。

 間もなく髭の海賊伯・ジャックス・バルッサ・フリード伯爵が姿を現した。


 立ち上がり、立礼する俺とエリス。


「閣下、ご無沙汰しております。……『婿殿』は勘弁してください」


 俺の言葉に、伯爵は大げさに驚いた顔をした。


「なんだ。まだ手を出してないのか?」


 ––––おいおい。


「閣下。成人前の私たちには、些か早過ぎるジョークかと」


 顔を引きつらせながら返すと、伯爵はニヤリと笑った。


「そんなことはあるまい。俺が貴様ほどの歳の頃には『仲の良い』女が何人もいたぞ。むしろ遅いくらいだろうに。––––なあ、エリス?」


 話を振られた天災少女は、笑顔で即答する。


「ええ。お父様は船とともに沈んで、鮫のエサになればいいと思いますわ」


「フハハハハハハハ!!」


 娘からやんわりと『死ね』と言われた伯爵は、面白そうに笑った。




「ところで、何やら面倒ごとらしいな?」


 ソファに腰を下ろすと、フリード卿は早速用件について話を振ってきた。


「はい。詳細は手紙に書かせて頂いた通りです。領内の森で『群れで動く狂化ゴブリン』の集落が見つかりました。放置すれば遠からず街や村を襲うでしょう。短期間で群れがさらに大きくなる可能性もあり、速やかに討伐しなければなりませんが……我が領だけでは戦力が足りません」


「それで援軍が必要だと?」


「はい。少なくとも二個小隊は必要です。どうか閣下のお力をお貸し頂けないでしょうか」


 俺はこうべを垂れた。

 エリスのアドバイスに従い、今回は交渉はなしだ。


「ふむ…………」


 思案するように沈黙するフリード卿。

 やがて––––


「エリス、お前はどう思う?」


 娘の方に視線をやる伯爵。

 エリスは父親を見返した。


「質問が漠然とし過ぎですわ、お父様」


「漠然と、訊いている」


 伯爵の返事に、ふう、と小さくため息を吐くと、エリスは口を開いた。


「狂化ゴブリンの強さは平均的な兵士が一人では劣勢、二人では優勢なくらい。ただし集落の周りに奇襲用の隠し通路を作るくらいの知能があるわ。ダルクバルトの兵士はよく訓練されてるけど、人数が足りない。討伐するなら援軍は必須ね」


「婿殿の指揮はどうだった?」


 エリスは冷たく「婿じゃないわよ」と言いながら、こう続けた。


「数で勝る敵の奇襲を受けながら、十五名の分隊を誰一人欠けることなく撤退させてる。目立った被害は重傷者が一人だけ。元王都警備隊の隊長がいるとはいえ、並の指揮官ではこうはいかないでしょう」


 意外な高評価に、思わずエリスの顔を見る。

 伯爵も「ほう?」と表情を変えた。


「一緒に戦ったお前の目から見て、どうだった?」


「正直…………もうダメかと思ったわ。左右の林から次々に魔物が湧いてくるし。ボルマンは真っ青な顔で指示出しながら戦ってるし」


 いや、そりゃああんな状況じゃ誰だっていっぱいいっぱいにもなるだろうよ。


 ついつい恨み言がこみ上げてくる。……言わなかったけど。


 だが、エリスはこう言って締めくくった。


「それでも、私たちは無事に帰って来れた。こいつの指揮は最初から最後まで的確だったし、自分が殿(しんがり)になって皆を退却させた。––信頼に足る、優秀な指揮官だと思ったわ」


「ほう?」


 伯爵は片眉をつり上げ、面白そうに俺を見る。

 そして、何事か考えるようにソファの背もたれに寄りかかりながら目を閉じた。




 ––––待つことしばし。

 フリード卿は目を開き、こう言った。


「明日の朝、一個中隊を出発させる。半月以内に決着をつけろ」


 その言葉に、俺は勢いよく顔を下げた。


「ありがとうございます!!」


 これでダルクバルトは救われる。

 一個中隊、百五十人以上の大派兵だ。少なくとも目先の脅威には充分対応できる!!


「いいか、半月だぞ? 我が領も無駄な人員を抱えているわけではないからな。速やかに問題を取り除いて兵を送り返せ。被害分は補償してもらうが、それ以外は貸し出した日数分の費用を請求してやる」


「承知致しました。必ずや閣下のご期待に沿えるよう、全力を尽くします!!」


 こうしてダルクバルトに、援軍が派遣されることになった。


 費用面も、破格の条件と言える。

 伯爵には、もう感謝しかない。

 一昨日以来の肩の荷が、少しだけ軽くなった。




 その後、伯爵と夕食をともにした俺たちは城に一泊。

 翌朝、朝食を食べてすぐにフリーデンを出立することにした。


 エリスには「帰りは無理に付き合わなくてもいい。しばらく実家でゆっくりしたらどうか」と言ってみたのだが、


「嫌よ。早くエステルの顔が見たいもの」


 とすげなく却下された。


 どんだけ妹分が不足してるのかと。


 まあ、俺も早くエステルのもとに帰りたいから、気持ちは分かるがな。


 出発する際、フリード卿からは一発思いきり背中を叩かれた。


「気張れよ、婿殿!!」


「ですから、婿じゃないですってば!」


 そんなやりとりもありながら、俺とエリスは領兵とともに美しい港湾都市を後にした。


 援軍の約束という収穫とともに。


 領地(ダルクバルト)のことが心配な俺たちは馬を飛ばし、その日の夕方にはダルクバルト隣領のミモック男爵領モックルの街まで戻って来たのだった。




 翌朝。

 朝食をとり、宿を後にしようとロビーで会計していたところに、見覚えのある顔が飛び込んで来た。


「ぼ、坊ちゃん!!!!」


 ロビーに響き渡る大声。

 人々が何事かと振り返る。


 俺はつかつかと声の主のところまで歩いて行くと、そいつの頭をげんこつでぶん殴った。


 ガスッ!


「時と場を考えろ、このアンポンタン!」


「っっっいっってぇ!!」


 頭を抱えてうずくまるジャイルズ。

 が、打たれ強い脳筋(バカ)は、涙目ですぐに立ち直った。


「坊ちゃん、それどころじゃないんだ!!」


「……は?」


 確かに、こいつがこんな時間にこんな場所にいるなんて尋常じゃない。


 俺は怪訝な顔で子分を睨んだ。


「––––何があった?」


 ジャイルズは呼吸を落ち着けると、こう叫んだ。


「エステル様とカエデさんが、行方不明!!!!」

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