第99話 援軍の依頼先は?
「なあ、クリストフ。王家に依頼すると、どのくらいかかるかな?」
俺の問いに、クリストフは腕を組み、むむっと唸った。
「そうですなあ……。国内の魔獣対策ということで多額の謝礼を求められることはないでしょうが、戦費の負担は求められるでしょうな」
「二個小隊の派遣を求めると?」
「二個小隊六十名。作戦期間を一ヶ月とすると、ざっと60万セルー(約6千万円)というところですかな」
「60万!?」
思わず叫んでしまった。
60万セルーといえば、我が領の年間予算のおよそ倍の金額だ。
とてもじゃないけどすぐには用意できない。
仮に五年の分割払いにしてもらうとしても、年12万。
年間予算の実に三分の一超が借金返済では、さすがに領地が運営できない。
「……やめとこう」
「我が国最高の戦力なんですがなぁ……」
クリストフも肩を落とした。
そうなると、あとは二択だ。
エステルの実家か、エリスの親父さんか。
まあ、考えるまでもないんだがーーーー
「エステル。君の家はどうだろう? 援軍に応じてくれるだろうか?」
俺の問いに、可愛い婚約者はきょとんと目を瞬(しばたた)かせたが、やがて何かに気づいたように穏やかに微笑んだ。
「ミエハルの家を頼られるのは、やめておかれた方がよいでしょう。父は身内にも厳しい人ですから」
「ーーそうか」
「はい。エリス姉さまの家にご相談される方がよい、と思います」
「ふむ」
エステルの優しさ、聡明さにはあらためて驚かされる。
彼女は俺の配慮をちゃんと理解して受け止め、その上で一番いい形で返してくれた。
彼女が婚約者(フィアンセ)になってくれて、本当によかった。
ーーちょっとだけうるっとしてしまったのは、皆には秘密だ。
「確かに、父なら支援するでしょうね」
名前を出されたエリスが『当然』といった顔で言い放つ。
「断られることはない?」
俺の問いに、エリスは少しだけ思案すると、目を細めた。
「そうね。……でも、いつもの調子で交渉するのはやめた方がいいかも」
いつもの調子ってなんだ。いつもの調子って。
「なんか、俺が口先だけの詐欺師みたいな言い方だな」
「『みたい』じゃなくて、そうでしょ?」
「「「ぶっっっっ!」」」
噴き出す子分ズ。
お前ら…………。
「激しく納得がいかないが、まあそれはいいさ。『交渉しない方がいい』っていうのは?」
何ヶ月か前に、親父さんにすんごく厳しい交渉に付き合わされた気がするんだが。
「色々あったけど、あなたはもう『父の側(がわ)』ということよ。……少なくとも父の中ではね。だから小細工せずに率直に『助けて欲しい』と訴えた方がいいわ。きっと悪いようにはしないから」
「でも、お高いんでしょう?」
「そりゃあ派遣に必要な費用は請求するわよ。それでも王家に依頼するよりはよほど安くなるはずよ」
確かに王都から騎士団を派遣してもらうよりは距離も近いし、人件費も安いだろう。
何より俺は一応エリスの恩人だ。
うちの領兵隊と共同で作戦を行うにしても、見ず知らずの相手よりはやりやすい気がする。
「まあ、まずは相談してみたらどうかしら。父も今さらあなた相手に腹芸することはないと思うわよ?」
「フリード卿、か……」
そう。最初から選択肢はない。
ならば行動は早い方がいいだろう。
俺は皆に向き直った。
「ーーよし。明日早朝に出発しよう。一度、領都(ペント)に戻る。クリストフは領兵をまとめて民を守れ。やり方は任せる」
「は。承知しましたぞ!!」
「フリード領へは俺とエリスで行く。護衛の領兵を一人連れて行く。他の皆は、悪いが留守を頼む」
「ええ?!」
不満げに声をあげるジャイルズ。
「今回は緊急かつ公式な訪問になる。政治的な意味も含めてその方がいいと俺は判断する。ーージャイルズ。いつ、何が起こるか分からないんだ。もしものときは、お前がエステルを守ってくれ」
「う……。わ、分かったよ」
次に、エステルの方を向く。
彼女は俺が口を開く前に、静かに頷いた。
「ペントでボルマンさまがお帰りになるのをお待ちしております」
「すまない」
「謝られることはありません。しっかりお務めを果たしていらして下さいね」
そう言って自らの胸に手を当て、微笑んだ。
「エステル……」
「ボルマンさま……」
「ーーはいはい。それはまた明日おやりなさいな」
そう言ってエステルに抱きつくエリス。
「エリス姉さま……」
顔を赤らめ、俯くエステル。
ーーくそお。代わりたい!!
会議がお開きとなり、割り当てられた部屋に戻った俺は、早速フリード卿への手紙をしたためた。
エリスのアドバイス通り、簡潔に経緯を説明し、直球で『討伐の兵力が足りないので、助けて欲しい』と書いた。
最後に直接お願いに行く旨を記し、封をする。
この手紙は、明日ペントから早馬でフリード卿に届けさせるつもりだ。
俺とエリスは途中のテンコーサの町で豚父(ゴウツーク)に会って一連の報告をしなければならないので、手紙が届いた翌日にフリード卿に面会することになるだろう。
悪くないタイミングのはずだ。
あとはフリード卿次第。
「ーーしかし、なんでこう色んなことが続くかな」
俺はため息を吐き、天井を見上げた。
この世界、ユグトリアに転生して半年ちょっと。
エステルとの婚約。
カエデさんとのあれこれ。
盗賊の襲撃。
領民との関係改善。
贋作事件。
狂犬との死闘。
テルナ湖デートと遺跡。
フリード伯爵との交渉。
エステルたちの同居。
そして今回の狂化ゴブリン事件。
思い返せば、色々あった。
いや、ありすぎじゃね?
ついでに今後の予定もいっぱいだ。
来月には王都で例のテルナ川水運協定の会議と調印が行われる。
ついでに、アトリエ・トゥールーズの件でもやることがあるし。
デッドラインの魔物の襲撃まであと三年と少し。
そこまで余裕がある訳じゃないがーー。
「生き急いでるなあ……」
いや、違うか。
むしろ周りの環境に行き急がされてる、と言うべきか。
「エステルとスローライフしたいなあ」
つい本音がこぼれ、ひとり苦笑した。
翌日の早朝、俺たちはオフェル村を出立した。
手早く朝食を詰め込み、皆の準備が整うや、飛び出すように村を出たのだ。
まだ肌寒い朝霧の中、馬を駆けさせる。
幸いなことに、狂化ゴブリンどもの夜襲はなかった。
だが、今日、昼間に襲撃がないとも限らない。
悠長に構えている余裕はなかった。
飛ばしに飛ばし、領都ペントに戻った頃には、まだ街は目が覚めたばかりというありさまだった。
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